2-1. 宣告
本日より第一部第二章です。
前日は本編とサイドストーリーの二話をアップしていますので、読み飛ばしにご注意ください。
「そちらのお二人、成人の儀を受けにいらしたのですか?」
「あ、僕だけです。あと、今日はまだ受けられなくって……
親父が俺が隠してた成人の儀のお金、勝手に使ってしまって。だからまた貯めないと……」
「にいちゃん、ボクも出すよ!」
「お前だって来年には成人だろ。お前の金は取っとけ」
「でも……」
「お二人ともご兄弟でとても仲がよろしいんですね」
「お袋がいないので。親父はあんなんだし。
そ、それで、今こんだけ貯まったんです! あとどれくらい必要ですか?」
「おや、もうあと少しですよ。この茶色い硬貨、あと二つで足ります」
「本当に? にいちゃん、やったね! あとちょっとだって!」
「お、おう! やったな!」
「おじちゃん、ありがとう!」
「おじ……ゴホン。私のことは、神父と呼んでいただければ嬉しいです」
「神父サマ!」
「はい」
「あのね、今日は成人の儀は無理だけどね、にいちゃんにとびっきりのスキルくださいって女神様にお願いしたいの。
あそこの女神様の前に行って、お願いすればいい?」
「そうなんですね。それはとても良いことです。
では、どうぞこちらにいらしてください。
そう、そこに座って、こう手を組んで……そう、合ってますよ。
女神様は心を見通されるお方です。声に出さずとも、心の中で願いを言えば、きっと聞き届けてくださいますよ」
「本当? 女神様はすごいんだね。
父ちゃんなんか、ボクが何度話しても、キイテネェって言うんだもん」
「おい、そのくらいで……」
「あ、にいちゃん。にいちゃんもこっち座って! 手はこうだよ」
「では、お祈りの場を邪魔してはいけませんので、私はこれで。お二人に女神様のご加護があらんことを」
「神父サマも! ゴカゴウがアランことを!」
王都の端にある小さな神殿で、二人の兄弟が並んで女神像に祈りを捧げている。
成人の儀を控えた兄はヒョロリとしているが、顔つきはしっかりしており真面目そうだ。もしかしたら、文官向けのスキルを授かるかもしれない。
弟の方は、来年が成人と言っていたがやや体つきも喋り方も幼さが残る。
二人とも茶色の髪をきれいに整えており、服装にもくたびれた感じはないので、父親に問題があっても周りが何とか二人を育てているのだろう。
兄が成人の儀を受ければ、彼らの境遇もさらに改善されるかもしれない。
そんなことを思いながら神父は日々の務めに戻っていった。
「ぷぷっ、ゴカゴウって。ぶふっ」
「うっさいよ、にいちゃん。早くお祈り済ませて行くよ」
「おう。ぶふふふっ」
笑いが止まらない高田――ハルを横目で睨みつけながら、和泉――イーズは祈りのポーズを取って目を閉じる。
二人が王城を出て、王都内に生活の場を変えてから十日ほどになる。
初日に王城近くをうろついたが、高級住宅ばかりで特に何もなさそうだと、とっとと下町に活動場所を移した。
今は王都にある三つのギルド――商人ギルド、冒険者ギルド、生産者ギルド――の情報が少しずつ集まってきたところだ。
旅に必要な装備は王城でほとんど整えたため、あとは一般人が移動する際の手段や持ち物、ルートの確認と、一番重要なハルの成人の儀を受けるだけとなっている。
順調にいけばあと一週間以内には、タジェリア王国に向かって出発できるだろう。
「本当にみんななんで幼い子供扱いするかな。失礼しちゃうよね。
知ってます? この前職人街のアンジーナさんに十歳に見えるって言われたんですよ。
無理して大人の真似して喋らないでいいんだよ〜、それも可愛いけどねって言われても!」
「それでその喋りね。まぁ、似合っちゃいるけど」
「嬉しくない! ヒッジョーに甚だしく遺憾である!」
祈りをするはずの指をほどき、握り拳を震わせるイーズに、ハルも少し同情を覚える。
最初は年子の兄弟としてほぼ対等な感じに振る舞っていたが、下町で買い物を何度かした時に、イーズが思った以上に幼い子供に見られているのに気づいた。
大人と話す際に丁寧な言葉を使うイーズを皆、とても奇妙な目で見るのだ。
仕方なく子供っぽい喋りと仕草をするようになったイーズだが、偽装スキルの熟練度が上がっているためか、どんどん演技力に磨きがかかっている。
二人で話し合ったりする時には、砕けてはいても元のキチンとした話し方をするイーズに、ハルの方が切り替えられず戸惑ってしまうほどだ。
「永遠のショタ候補だな」
「ショタ! ロリババァよりはるかに需要がないやつぅ!」
「いや、あるんじゃないか、需要。神様キャラとかによくいない?」
「いますけど! 絶対、死なせちゃいけない人をうっかり死なせて、主神に内緒で異世界転生させるウッカリ駄神とかだし!
いいんです、成長期は遅れてやってくるはずです。スキルのことと一緒に身長もくださいって祈っときます」
「キャラがブレブレだな」
「……中学二年生は常に本当の自分を探しているものです」
「なるほど。それは失礼」
相変わらずの調子でポンポン会話をしながら、二人は祈りのポーズを取る。
今日は神殿の場所、内部と喜捨代の確認に来ただけだ。
先ほどの神父の様子から、成人の儀に親がついていなくても良さそうだし、喜捨代も手持ちのお金ですでに十分払える。
出口で神父とすれ違う時に、祈りの時間が短すぎても不審に思われるだろうから、ここはちゃんと祈ったふりをしてから出よう、と思ったその時――
二人の視界は、
まるであの時のように、
真っ白な強い光で埋め尽くされた。
「残念だけど、イーズちゃんの身長は伸びてもあと数センチってとこね〜」
「嘘だああああああ!」
視界が戻った直後かけられた言葉に、イーズは反射的に叫びを上げた。
目の前の広い空間には、想像していたよりもふくよかな女性が立っている。
おそらくこの人が、この世界の女神だろう。
「あーっと、それは確定?」
「そうね。あなたたちの体は地球産だから、私ではいじれないのよ、ごめんなさいね」
「体はいじれなくてもスキルはいじれる?」
「そうそう。界を渡る時にね、体以外は再構築されるの。
記憶も能力も持ち物も全て。だから、それらに手は出せても、体に直接何かを組み込むことはできないのよ」
「だ、そうだ。諦めろ、イーズ君」
「な、なんて非情な神様なんだ……! せめて予言してくれなければ、まだ希望はあったのに!」
「まぁ! 現実を早く分からせるのも本人のためだと思ったのに」
「その通りですね」
「あんたら酷い!」
女神の前でも相変わらずの二人である。
まだまだ言い足りない気持ちはあるが、いつまでも自分の身長の話ばかりしてはいられないと、イーズは意識を切り替えようと数回深呼吸をする。
一方ハルは、イーズが落ち込んでいる間でも、女神に聞きたいことを直接聞いていくことに決めたようだ。
――ハル、酷い。
「成人の儀を待たなくても会えてよかったです」
「成人の儀の前に伝えたいことがあってね。だから成人の儀はまたちゃんと受けてほしいの」
「分かりました。話とは召喚やスキルのことですか?」
「そうね。それこそ二人がこの世界に来た時から全部よ」
「分かりました」
場の雰囲気が真剣なものに変わったため、イーズもハルの隣に用意された椅子に腰掛けた。
――っていうか、いつの間に机と椅子?
「ふふっ、長い話をするには必要でしょ」
「そ、そうですね」
やっぱりカミサマはコワイと思うイーズであった。





