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1-1. その日あの場所で

初投稿です。一話目はちょっとシリアスですが、徐々にコミカルになります。

よろしくお願いします。

 市川和泉(いずみ)の七月は地獄だった。


 きっかけは所属する中学バスケ部の夏の地区大会メンバーに選ばれたことだった。

 中学二年生で選ばれた和泉。

 中学三年生で選ばれなかった先輩たち。

 不満が和泉に向かうのはある意味必然であった。


 最初は言葉だけ。

「先輩に譲れ」

「チビのお前じゃ役に立たない」

「遠くにパスできないひ弱なくせに」

 面と向かって、あるいは陰から囁かれた。


 元々和泉がメンバーに選ばれたのは、大会緒戦の対戦校が地域有数の高身長メンバーを揃えているからだった。

 和泉は中学二年生のバスケ部選手としては、異質なほど小柄。しかし持ち前の瞬発力とスピード、低いドリブルや相手の死角からのボールカット技術は部の中でも群を抜いていた。

 監督の狙いは、ポイントに直結しなくても和泉の強みを活かして相手を撹乱し、ゲーム主導権を握ることだった。


 しかし、先輩たちの気がそれで収まるわけがない。

 悪口では効果がないと分かれば、練習中の接触に巧妙に隠された陰湿な嫌がらせが始まった。

 相手校の高身長選手を想定したフォーメーション練習。

 スタメンと、スタメンを外された部員での対抗戦。

 敵味方関係なく全方位を囲まれ、全身を痛めつけられる日々が始まった。


 ボールをつかんだ手首に叩きつけられる腕。

 走り出そうとする先に突き出される足。

 転んだ後に起きあがろうと床についた手を踏みつけるシューズ。

 ドリブルしながらターンした瞬間の視界を覆う肘。

 身体中があっという間にアザだらけになった。



 同じ二年生のチームメートは当てにならない。自分が標的になりたくないから。

 監督は当てにならない。部内でいじめが起こっているのを認めたくないから。

 親は当てにならない。部活を辞めて勉強に集中しろと言うだけだから。



 そして夏休みが始まり、すぐに開催された強化合宿。


 コートに倒れ込んだ和泉の上にのし掛かる数人の先輩。

 ゴリっという嫌な音と激痛。

 たまらず口から漏れる呻き。

 体の上から退かない重み。

 左膝を抱えて朦朧とする意識の中、誰かの嘲笑が聞こえた気がした。



 左膝半月板損傷。

 学校の強化合宿中の事故という事で、養護教諭に付き添われて行った病院でそう診断された。

 左足全体をサポーターで硬く覆われ、松葉杖を渡される。


「今後の治療について説明したいので、数日中に親御さんといらしてください」

「どれくらい治療がかかりますか? 来週の試合には出られますか?」

「また説明するけど、試合は無理だよ。リハビリには三ヶ月かかると思って。残念だけど、ゆっくり治していこう」



 二日後、母親の仕事の合間に病院へ一緒に行き、再度同じ説明を受けた。

 三ヶ月。試合に出られない。

 三ヶ月。練習できない。

 三ヶ月。夏休みが終わってしまう。

 一ヶ月。いつか試合に出たいという、バスケを始めた時からの和泉の夢は、たった一ヶ月も保たずに終わった。

 確かに来年もある。だが、秋まで本格的な練習ができない上、部内でいじめに遭い怪我をした和泉をあの監督がもう一度起用してくれるとは思えなかった。



 病院にいる間も仕事のやりとりをしていた母親は、和泉を中学まで送ったあと、言葉もかけずに慌ただしく仕事へ戻っていった。

 慣れない松葉杖でなんとか職員室に向かい、近くにいた先生に頼んでバスケ部部室の鍵を開けてもらう。

 すでに昨日合宿が終わり、部室はがらんとしていた。

 ロッカーから置きっぱなしになっていた合宿用のバックパックを取り出して背負う。

 他の部員の、先輩たちのロッカーが目に入るのが嫌で、息を止めて部室から逃げるように飛び出した。



 駅まで車で送ってくれるという先生の言葉に甘え、ロータリーで降ろしてもらう。

「ありがとうございました」

「本当に家まで送らなくって大丈夫か?」

「薬を受け取らないといけないので、ここで大丈夫です」

「なら仕方ないな。段差には気をつけるんだぞ」

「はい、ありがとうございます」


 走り去る先生の車を見送ってから、駅横の商業施設にある薬局で一週間分の薬を受け取る。医師の説明の通り、ほとんどが炎症を抑える薬や痛み止めのようだ。

 こんな足ではしばらく買い物に出るのも面倒だろうと思い、数日分の惣菜やインスタント食品、さらにはやけになって普段食べないスナック菓子を買い込む。

 ただでさえ合宿の荷物で重かったバックパックがずっしりと肩に食い込み、松葉杖をつく右脇が擦れて痛い。



 普段は気にもとめない段差に苦労しながら、使い慣れた駅の階段を目指す。

 改札を通ってホームへと降りる階段の一番上に立つと、ふとわずかに恐怖を感じる。

 背負った荷物の重さ、今もジクジクと苛む膝の痛み、バランスの悪い松葉杖。

 こんな状態で長い階段をスムーズに降り切れる気がしなかった。


 ――仕方ない、エレベーターを使おう。


 いつも使う車両からすぐの場所に、エレベーターがあったはず。記憶を頼りに階段の裏へ回ると、ほんの数十メートル先にエレベーターがあるのが見えた。

 エレベーターを見つけるのと同時に、その場所に数人が座っているのにも気づく。

 どうやら男女四人の高校生が、床にカバンを置いてその上に座り込んでいるようだ。

 松葉杖を当てずに彼らを避けて、エレベーターのスイッチを押せる気がしない。

 こちらに気づいて退いてくれたら一番いいのだが、大声で盛り上がっていて、近づいてくる和泉に気づく様子は全くない。


 ――困った。声をかけるか、階段に戻るべきか。


 地下鉄駅構内に反響する女子高生の甲高い笑いに若干顔をしかめ、諦めて元の階段に向かおうと決めた時、


「君たち、申し訳ないがそこを退いてもらえないか」


 少し後ろから、大きくはないがよく通る男性の声がした。

 左足に体重をかけないようにしながらそっと振り返ると、小ぶりのスーツケースを引いたスーツ姿の男性が立っていた。

 歩くのに必死で、すぐ後ろのスーツケースの音すら耳に入っていなかったようで慌てる。


「は?」

「そこのエレベーターを使いたいんだ。乗らないなら場所を開けてもらえると助かる」


 短く聞き返した男子高生に、男性が再度頼む。

 その時、女子高生の一人が和泉に気づき、先ほど声を上げた男子高生の腕を引っ張る。


「ね、こっちの子も使いたいみたい」

「お? まじか?」

「気づかんかった」

「ごめんね〜。お姉ちゃんたち邪魔だったね〜」


 幸い、最初に抱いた印象より悪い人たちではなかったようだ。口々に和泉に向かって謝ってくるので、緊張を緩めて和泉も返事をする。


「いえ、ありがとうございます」


 高校生たちにお礼をした後、後ろの男性にも軽く会釈をしてエレベーターボタンを押すと、すぐに短いチンという音がして扉が開いた。

 高校生陣もホームへ移動するらしく、スーツケースを持った男性に続いてゾロゾロと乗り込んできた。

「大きいバックパックに背負われちゃってて可愛い〜」

「手を出すなよ、変態」

 小さな声で交わされる高校生たちの恥ずかしい会話に、なるべく下を向いて目を合わせないようにする。

 ほんの少しの揺れと共にエレベーターがゆっくりと降下を始める。



 その瞬間、強い光が狭い庫内を埋め尽くした。



「きゃあ!」

「まぶしっ!」



 目を閉じても瞼の奥に突き刺さる光に、眩暈がして涙がにじむ。

 更には、たった一階降りるだけのエレベーターのはずが、いつまで経っても降下が止まらない。

 それどころかどんどん降下、いや、落下するスピードが速くなっているように感じる。

 相変わらずの光の中、落下の浮遊感に踏ん張りが利かなくなり、たまらずふらついた和泉は誰かにぶつかってしまう。


「大丈夫か!?」


 左肩を支える手と共に聞こえた声は、おそらくスーツ姿の男性のもの。

 なんとか返事をしようとしたと同時、



 ――ドサリ



 突然大きな揺れが起こり、和泉は飛ばされるような勢いで床に放り出された。



「――は?」



 倒れた衝撃で開けた目に映る状況に、知らず声が漏れる。



「――え?」



 すぐ横からも同じような声が聞こえてくるが、和泉は正面に向けた顔を動かすことができなかった。

 無様に床に倒れ込んだ自分とは違い、お互いを支え合うようにしっかりと立った高校生四人の体のその向こう。

 和泉の視界に映ったものは――


 どこまでも高い天井。

 白く輝く太く長い柱。

 光を纏ったかのよう輝く宝石を身につけた男女。

 遠い扉のそばには、鈍い銀色の鎧を着た兵士が並んでいた。



 そこはどう見ても、自分が乗ったあの狭いエレベーターではなかった。






主人公 市川和泉の性別は女性ですが、ストーリー上あえて性別が出ない表現で描写が続きます。

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