5月1日 26:00 「夢の中、あるいは世界のどこか」
目が覚めた瞬間にこれが夢だとわかることがある。
明晰夢ってやつ。
それがまさに今だった。
俺は円形闘技場のような場所の端っこにいる。
理由はわからない。どうやってきたのかもわからない。
でもまあ夢なんてそんなもんだ。
何もかもが突然に始まり、突然に覚める。
夢ってそういうものだろう?
客席には誰もいない。
いないはずなのだが……。
何かの存在を感じる。
目に見えない、あるいは、俺程度では存在を感じ取れないような、超高位の何かが。
そして俺の目の前には、この1日でよく見慣れた女の子がいた。
セーラー服を着て、両手には木製の剣と盾を持っていて、そして、涙でその瞳が震えている。
「あ、あの、お兄さん……」
よくわからないけど不安そうだったので、とりあえずその頭を撫でてあげる。
「………………っ!!」
リラはそのまま俺に力一杯しがみついてきた。
その腕まで震えている。どうやらよっぽど怖いらしい。
だからそのまま撫で続けてあげた。
その顔は俺の胸あたりまでしかない。
リラはこんなに背が小さかったのか……というか、夢なんだから俺が勝手にそうしたってことなんだろうけど。
まあ正直これくらいの身長差がドストライクなんだけどな!
しかし夢とはいえ、状況がわからない。
なんで闘技場にいるんだ?
しかもリラと一緒に。
ていうか、なんでこんなに怯えてるの?
よく見ると、闘技場の反対側にも誰かいるようだった。
誰か、というか……なんだろうあれ。タコの頭に3本の腕がついた、謎の存在がいる。
その背後にはモヤモヤした……ガス? みたいなのがある。
何かを話している声は聞こえてくるのだが、それが明らかに地球上のどの言語でもない。
まあ夢ではよくあることだよな。
夢の中で本を開いたら、全く知らない言語で読めなかった、みたいな。
よくよく相手を見ると、タコの頭の上に何か書かれている。
多分名前なんだろうそれはまったく読めないけど、その後ろに書かれている「Lv.2」の意味は俺にもわかった。
なるほど。
だんだん状況がつかめてきた。
これからリラはあれと戦うんだろう。
よく見たらリラの頭のところにも文字が浮かんでいて「リラ:Lv.8」と書かれていた。
勝ったな。
相手は3本腕とはいえ装備なし、こっちは剣と盾を持っている。
加えてレベル差は4倍もある。
負ける方が難しくない?
リラは俺にしがみついたまま、くぐもった声を出す。
「お兄さんは、怖くないんですか?」
怖い? どうして?
「だって、私が負けたら、地球が……」
ふむ。
よくわからないが、どうやら重いものを背負わされている設定のようだな。
「怖くないよ」
「どうして?」
「リラなら絶対勝つって信じてるから」
「……!」
このレベル差で負けたらクソゲーすぎだし。
「それにさ。実は俺、明日早いから、早起きしないといけないんだ」
「それは、お疲れさまです……」
「だから明日誰かに起こしてもらいたいんだよね」
「……えっと、それって」
「リラみたいなかわいい子に起こしてもらえたら、きっとすぐ目覚めると思うんだよなあ」
「か、かわ……っ! ええと、私なんかでよければ……」
「じゃあ約束だ。リラはもちろん、俺との約束を破ったりはしないよな」
「………………もう、お兄さんは仕方がない人ですね」
顔を上げたリラの瞳には、もう涙は残っていなかった。
「そういうことなら、お兄さんのために、ちょっと世界を救ってきます」
ああ、頼むよ。
「……ふふっ。不思議ですね。お兄さんのためだって思ったら、急に怖くなくなりました」
それは良かった。
……あれ、一瞬美談っぽいって思ったけど、それって単に俺の方が価値が低いから緊張しないってだけなんじゃ?
「そんなことありません。私、一緒にいてくれたのがお兄さんでよかったです」
俺もリラでよかったよ。
こんなかわいい子と話をしたのなんて初めてだし。
「……っ! だ、だから、すぐそういうこと言わないでください……!」
真っ赤な顔を隠すように背中を向ける。
「と、とにかく、行ってきます!」
ああ、行ってらっしゃい。
リラが闘技場の中央に向けて走り出す。
同時に相手も謎の言語で雄叫びを上げながら走り出した。
勝敗はもちろん最初からわかっていた通り。
リラの一太刀が相手を頭から切り裂き、それで勝負は終わった。
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次回「5月2日 8:00 「約束は大切に」です。




