5月4日 02:00 「夢の中、あるいはこの世界のどこか」
目を開けるとそこはいつもの円形闘技場だった。
まあ、そんな気はしてたけどな。
三回連続で同じ夢を見るとか。
よっぽどこのゲームが好きなんだろうな。
……いやまあ、自覚はあるけど。
闘技場の反対側を見るといつも通り対戦相手がいた。
いたのだが……なんだろう? 紙?
やけにペラペラでヒラヒラしてて、それが何重にも分身したみたいになっている。
ちょっと例えが思いつかないが、しいてあげれば背表紙がなくなってページだけになった本だろうか。
二つの本のような物体が、お互い向かい合ってヒラヒラしている。
会話? なのかな? 音は聞こえないけど、紙の表面に光の筋が流れているから、何らかの意思疎通をしているのかもしれない。
というか、ここで戦う相手って毎回見たこともないというか、俺の知るどの生き物と似ても似つかない。
いったいどういう基準で出てきてるんだろうか。
相変わらず名前には読めない言語で表記されており、レベルだけが45だと判別できる。
相手の観察をやめて、視線を前に向ける。
そこにはいつも通りリラがいて、ニコニコと俺を見上げていた。
なぜかやけに上機嫌だが、いったいどうしたんだろうか。
不思議に思って見つめていると、やがてリラの顔がだんだんと不満そうになってきた。
「もしかしてお兄さん、約束忘れていませんか?」
約束?
……あ。そういえば。
これからは毎日手を握るとか言った気がする。
リラの方をいると、むーっと頬を膨らませていた。
ヤバい。怒った顔もかわいい。ぜんぜん怖くない。
なんならずっと怒られたままでもいいまである。
でもそういうわけにはいかないので、手を伸ばそうとした。
……うん。
なんか、自分から手をつなぐってめちゃくちゃ恥ずかしいな。
だけどそれは男ととしてさすがに情けない。
なんとか勇気を奮い起こして、リラの手を握りしめた。
「……えへへ」
不満そうだった顔が、あっという間にふにゃ~っとゆるんだ笑みになる。
「今まではこの時間がずっと怖かったんですけど、今はとても楽しみなんです。
寝るのがこんなに楽しみなんて、夢みたいです」
つながれた手に、少しだけ力が込められる。
それが自分のうれしさなんだと伝えるように、体温が少しだけ高くなる。
それは電子回路の発熱なんかじゃない。
リラが普通の女の子としてそこにいるんだという、確かな存在証明だった。
夢の中ならリラにさわれる。
当然だろう。夢なんだから。
なんだって自分の思い通りになる。
抱き締めると、指先だけじゃなく、全身で体温を感じられた。
これが夢なら、二度と覚めないでで欲しいと、そう思うのはおかしいだろうか。
「ど、どうしたんですかお兄さん」
なんか、こうしないともう二度とリラに会えなくなる気がして。
抱きしめる俺をさらに包むように、リラの腕が俺の背中に回される。
「大丈夫です。お兄さんは、私のことを信じてくれるっていったじゃないですか」
それは今でも変わらないけど。
「でしたら大丈夫です。会えなくなるなんて事は無いです。
それに、たった今たくさん元気をもらいましたから。
今ならきっと、神様にだって負けません」
……それは頼もしいな。
「ふふふ。そうでしょう。私は強いんですよ。それだけお兄さんにたくさんのものをもらってますから」
そう笑顔で告げると、俺を抱きしめていた腕を離す。
「だからお兄さんは、私の帰りを待っててください。
それだけで十分ですから」
そして闘技場へと向かっていった。
いつか見た震えている女の子と同じとは思えない、堂々とした足取りで。
対する相手は紙の姿のまま、バラバラになって飛んできた。
そのままリラを包み込むように広がっていく。
まるで紙のドームで包まれたかのようだ。
そして、紙がいっせいにビームのようなものを中央に向けて放った。
逃げ場のない一斉放射。
しかしそれがリラに当たることはなかった。
リラが煌めく指輪の一つに手を当て、祈りを込める。
星明かりのような光がリラを包みこんだ。
殺到するビームはすべて弾かれ、リラに届くことはない。
その後も何度もビームを打つが、リラを包む星の守りを破ることはできなかった。
紙が使える攻撃はそれだけのようだった。
唯一の攻撃を防がれた以上、もう勝ち目はない。
一枚、また一枚と切り裂かれていき、最後の一枚が両断されると同時に戦いは終わった。
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次回「5月4日 09:00 「カンストレベルとゲームの始まり」です。