5月2日 26:00 「夢の中、あるいは世界のどこか」
目を開けるとそこは円形闘技場だった。
目の前には夏服のリラがいて、そして反対側には、やっぱり謎の生命体がいる。
今度はクマみたいな怪物だ。
熊と違う点は体の大きさが2メートルくらいあり、頭は二つあるという点だ。
頭から腕が生えてた前回のタコに比べたらはるかにまともだな。
レベルは12と書かれている。
ちなみにリラはレベル27だ。
ふむ。これは勝ったな。
リラを見ると、昨日みたいに緊張している様子もなく、リラックスしているみたいだった。
「なんででしょう。なんだか、体の中から力が湧いてくる気がするんです」
リラの頭上に書かれた名前をよく見てみると、バフアイコンみたいなのがついていた。
・鶏肉のシチュー:攻撃が一時的に上昇する。
・アップルパイ(半分):知力が一時的に少し上昇する。
・オレンジのスムージー:素早さが一時的に上昇する。【追加効果】再生を付与する。
なるほど、いわゆる料理バフってやつだな。
ただでさえレベル差がすごいのに、バフでさらに強化されているんだから、そりゃあ負ける気もしないだろう。
それにしても、二回連続で同じような夢を見るなんてな。
夢は自分の願望が現れるっていうけど、だとしたらこれは俺の願望が現れた結果ということになる。
かわいい女の子と二人きりで、世界の運命をかけて化け物と戦う。
俺たち二人だけの秘密と、様々な試練を残り超えることで深まる絆。
やがて絆は愛情へと変わり……
うん。最高のシチュエーションじゃないか。
これ間違いなく俺の夢だわ。
それにしても。
あのゲームは作った料理を現実に生み出すことができた。
どういう理屈なのかわからないが、あの美味しさが夢なんかじゃないだろう。
奇跡も、魔法も、この世界にはあったってことなんだ。
だとしたら、もっとすごいことだってできるんじゃないか。
例えば、化け物と戦うフィールドを作ることだって……
なんて考えてたら、リラが俺の袖を遠慮がちに引っ張ってきた。
「あの、お願いがあるんですけど……」
どうした?
「手を握ってもいいですか?」
えっ?
「きっと勝てるってわかってても、やっぱり少し緊張しちゃって……
でも、お兄さんの体温を感じてると、すごく安心できるんです。
……ダメ、ですか?」
も、もちろんそんなことはない。
手を繋ぐくらい、全然いいぞ。もちろん。
「えへへ、よかったです」
そうはにかんで、リラの手が俺の手をつかんできた。
小さくて、柔らかくて、あたたかい。
俺の手をつかむ柔らかな強さが、リラが普通の女の子なんだと伝えてくる。
自慢じゃないが、女の子と手を繋いだことなんて人生で一度もない。
心臓がバクバクと鳴り響き、なんだかよくわからない汗までかいている。
何か大事なことを考えていた気がするが、そんなものは全部吹っ飛んでしまった。
ただただ繋いだ手の温かさに頭の中がいっぱいになる。
やがて時間になったのか、リラが手を離した。
そのまま数歩歩いて立ち止まると、背中を向けたまま話しかけてくる。
「あの、もしよかったらなんですけど。これからもこうして手を繋いでくれますか?
地球を守るために戦うなんて、私にはまだ怖くて、そんなすごいこと、とてもできる気がしないんですけど……
明日も、明後日も、そもまた次の日も。お兄さんと会える。こうして触れ合える。
そう考えたら、何も怖くなくなるんです」
……あ、ああ。もちろんいいぞ。
「……ありがとうございます。それじゃあ、行ってきます!」
リラが軽やかな足取りで闘技場の中央に向かう。
反対側からは、巨大な熊が襲いかかってきた。
足音が地震のように鳴り響く。
と、その音が突然消えた。
熊の背中に巨大な翼が生え、浮き上がっていたのだ。
翼をはためかせて、熊の巨体が砲弾のような勢いで突っ込んでくる。
その恐ろしい姿を前にしても、リラは一歩も引かなかった。
強力な突撃を盾で受ける。
木の盾はあっさり粉々になってしまったが、多分レベル差がありすぎるからだろう、リラの腕には傷ひとつつかなかった。
逆に熊の方が押し返されてよろめいたくらいだ。
その隙を逃さず、リラが剣を真横に振り抜く。
2倍近い巨体が軽々と宙を飛び、闘技場の壁に叩きつけられた。
それで戦いは終わった。
お読みいただきありがとうございます。
がんばって毎日複数回更新していきたいと思いますので、ブックマークや、評価などで応援していただけると大変励みになります!
次回「5月3日 09:00 「朝が放置ゲームで一番楽しい時間」です。