9.モコちゃん失踪事件
クロイツ伯爵家にお世話になってニ週間が過ぎた。
お屋敷にもすっかり慣れて楽しく過ごしている。
いきなり環境が変わってホームシックにならずに済んでいるのは、カイルがよく面倒を見てくれるからだ。
いつも何か足りない物はないかとか、辛い事はないかと聞いてくれる。
奥様も強引に見えて実は相当に私の事を気遣って下さっている。
伯爵様も娘の様に可愛がってくださるので、ホームシックになる暇がないのだ。
貴族といえども、いろんな人がいるだろう。中には意地悪な者もいるはずだ。本当に良い人達に巡り会えたと日々感謝していた。
それと、感謝している事がもう一つ。
なんとモコちゃんはお屋敷のアイドルとして皆が可愛がってくださるのだ。
今もモコちゃんはつぶらなおめめをキラキラさせてメイドさん達から木の実をもらっていた。
モコちゃんはとってもお利口さんで、胸前で手を合わせて、“いただきます”ができるのだ。
皆モコちゃんの“いただきます”見たさに日替わりで餌を与えてくれていた。
そんなこんなで皆に癒しを振りまいていたモコちゃんなのだが、突然居なくなってしまった。
きっと広いお屋敷で迷子になっているのだろうと、使用人の皆さん総出での捜索が始まった。
「モコちゃーん。」
「モコー!」
モコちゃんは賢いから直ぐに現れると皆が高を括っていた。
しかし夕方になっても見つからず、私は不安から泣き出してしまった。
「ああ、ルシアちゃん。大丈夫よ。必ず見つけてあげますからね。」
奥様はそう言って抱きしめてくださる。
「奥様、ひっく。モコちゃんが見つからなかったらどうしましょう……」
奥様の胸で泣いてると、カイルがやってきて私に力強く言った。
「モコは必ず俺が探し出してやるから安心しろ!」
カイルの力強い言葉に勇気づけられる。
きっとカイルなら見つけ出してくれるだろうと安心する。
カイルは私の頭を撫でると、颯爽と捜索に戻っていった……
*****
すっかり日も暮れて外は真っ暗になってしまった。
未だにモコちゃんは見つからず、伯爵様も奥様も私を励ましてくれていた。
〈ああ、こんなに遅くまで外にいたら他の動物達に食べられてしまうわ……〉
悲観的な想像ばかりが頭を過り、涙がほろほろと溢れて止まらない。
自分の中でいかにモコちゃんが大切な存在だったのかと、まざまざと突きつけられた。
私は夕食を取る事も出来ず、ずっと泣いていた。
───そうこうしている内に夜の9時を回ってしまった。
皆が諦めたその瞬間、カイルが居間に駆け込んでくる。
「ルシア!見つかったぞ!」
「!!!!」
慌ててカイルの掌を除くと、モコちゃんが血を流して震えていた。
「とにかく医者を!」
「カイル、大丈夫。私に任せて!」
私はモコちゃんに【ヒール】をかけた。
するとみるみる怪我が治っていく。
「「「おおおお!」」」
あっと言う間に治ったモコちゃんを見て、どよめきが起こった。
固く絞ったタオルでモコちゃんの体を拭くと、すっかり元通りの姿になった。
「「「はあーーー。」」」
皆が一斉に安堵の溜息をつく。
「モコちゃん。とても心配したんだからね。」
そう言うとモコちゃんはごめんねとばかりに私の頬にスリスリした。
「カイル、本当にどうもありがとう。」
私は満面の笑みでカイルにお礼を言う。するとカイルはまるで眩しいものでも見るかのように私を見つめたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
──〈カイル目線〉──
ある日俺は“お姫様”に出会った。
そのお姫様は平民の服に身をやつしていたが、溢れ出る気品と美貌を隠し切れていない。
ガラの悪い男達に絡まれている所を保護した。
お姫様の名前はルシアというそうだ。
色々あって、ルシアは叔父上の所に住む事になった。
叔母上の用意した可愛らしいドレスを着ると、本物のお姫様にしか見えない。
俺も一緒に住む事になり、毎日顔を合わすようになって知ったのだが、
ルシアはとても内気で天然で鈍感だった。
今まで俺にとって“女”言えば、
俺の顔と地位目当てに纏わりついてくるうざったい生き物だと思っていた。
だがルシアはちょっと近づくだけで顔を真っ赤にして逃げていく。心も純真でまるで生まれたての様に無垢だ。
そんなルシアに惹かれないはずがない。いつしか俺はルシアを目で追うようになっていた。
ルシアは“モコ”というムートを飼っている。美少女と小動物の組み合わせに、屋敷中の皆はメロメロだ。
特に叔母上はルシアを気に入り、本格的に自分の娘として教育しようとしている。
王都から超一流の教師を招いて、ルシアを“本物のお姫様”にするつもりだ。
……ルシアは泣くだろうか?
厳しい教師に叱られて泣いているルシアを想像するだけで胸が苦しくなる。
ルシアにはいつでも笑っていて欲しい。
*****
ある時、モコが居なくなった。屋敷総出で探しているが見つからない。
夕方になり、日がどっぷりと暮れてくると、ルシアはついに泣き出してしまった。
ああ、お前の涙を見るのがこんなに辛いとは……
俺は光魔法を駆使してモコを探し出した。モコは怪我を負って小岩の影に隠れていたのだ。
おそらくカラスにでもやられたのだろう。俺を見つけると這い寄ろうとするが体が痛むのか動けない。しかも声も出ない様だった。
モコは瀕死の重症だった。……残念だが、こうなってしまったらこのまま死ぬしかない。
……ルシアに会わせるべきか悩んでしまう。
諦めムードで屋敷に戻りルシアにモコを見せると、ルシアは慌てず騒がずモコに“ヒール”をかけた。すると、瀕死の重症が見る間に治っていくではないか!
ヒールの威力に驚いていると、ルシアが以前言っていた事を思い出した。
『オルタンレースの職人になってお金を稼いだら、医学校に行くつもりです!』
ルシアはスキルを活かして治癒師になるつもりなのだろう。
肝も座っていて、モコの無惨な姿に狼狽えるでもなく、冷静に措処置を施していた。
ただのうぶなお嬢様だと思っていたのに意外としっかりしてるし、ちゃんと将来も見据えている。
一瞬、ルシアが大人の女性に見えた。
〈ああ……お前は眩しいな。〉
俺も負けていられない。そう思った。