6.カイルとの出会い
その美青年を見て男達は眉間に皺を寄せた。
「カイルか。Sランク様が俺達に何の用だ?」
「見ての通り取り込み中なんだ。邪魔するなよ。」
すると美青年は怒りも露わに言い放った。
「何が取り込み中だ!彼女を連れてどこへ行くつもりだ!」
「ガキには関係ないところだよ!」
「お前いい加減にしねぇと痛い目見せるぞ!!」
男達はヒートアップしていく。掴まれた腕が痛くて涙が溢れた。
「その手を離せ!」
カイルと呼ばれた美青年は掴んでいた男の腕を捻じ上げると床に叩き伏せた。
「何しやがる!!」
激昂した男達が美青年に次々と襲いかかっていく。
美青年はいとも簡単に男達の拳を受け流すと、圧倒的な強さで次々に倒していく。
あっと言う間に伸びた男達が床に積み上がっていたのだった。
〈この人、凄く強い!〉
私が呆然としている間に、美青年は男達を外に放り出す。
美青年は振り向くと優しく微笑んだ。
「大丈夫か?」
そう声をかけてくれるも、放心状態で言葉が出なかった。
美青年はアメジストの様な美しい瞳でじっと私を見つめている。
艶やかな黒髪を掻き上げる仕草が男っぽい色気に満ちていて見惚れてしまった。
ハリウッドスター顔負けの美形に、イケメンに免疫の無い私は狼狽えてしまう。
目の前のイケメンによる緊張と悪漢から解放された安堵感から、へにゃりと床に崩れ落ちてしまった。
「大丈夫か?」
美青年が慌ててお姫様抱っこをしてくれる。
「女将!彼女はここの宿泊客か?」
「そうだよ。二階の一番奥の部屋だから連れて行ってやっておくれ。」
美青年は私を抱え上げると、二階の部屋へと向かった。
部屋に着いた途端、一気に緊張から解放されて号泣してしまった。
「もう大丈夫だ。」
美青年の彼はそう言って頭を撫でてくれる。ひとしきり泣いて落ち着くと、お礼を言おうと彼を見上げた。
すると、彼は「うっ。」と口元を抑えて真っ赤になった。
〈……?〉
「あの、さっきは危ない所を助けていただきありがとうございました。」
ペコリと頭を下げると、モコちゃんも真似をして頭を下げた。
「くくっ、そいつ可愛いな。改めて俺はカイルだ。どうぞよろしく。」
そう言って手を差し出してきた。
〈これって握手?ハリウッド級のイケメンと!?〉
頭が沸騰してしまい、あわあわと狼狽えてしまう。前世の記憶が有るとはいえ、今の私はただの14歳の少女なのだ。
狼狽えたまま固まる私を見て、カイルさんは拒絶と受け取ったのか、悲しそうに目を伏せた。
私は慌てて言い訳する。
「あの!わ、私はルシアと申します。その、あなたみたいな素敵な人に会った事ないので緊張してしまって……わ、悪気はないのです。」
顔から湯気が出ているのではないかと思う程真っ赤になって必死に話した。
「クスクス。ルシアは奥手なんだな。」
そう言うと彼は私の手を取り、貴族がするみたいに手の甲にキスをした!
〈はわわわわわ!!!〉
ボンッ!!!
「おい、ルシア?しっかりしろ!」
私は頭がパンクしてしまい、目を回したまま意識を失ってしまったのだった……
*****
翌日。
目が覚めると宿の部屋のベッドの上だった。
カサリと手が何かに触れたので見ると、枕元に手紙があった。
『向かいの部屋にいるから、起きたら声をかけてくれ。カイル。』
突然気を失ってしまってさぞ迷惑をかけたのだろう。慌てて身支度をすると、向かいの部屋をノックした。
「おはよう。」
カイルさんが出てきてにっこり挨拶してくれる。「どうぞ」と部屋へエスコートしてくれた。
「昨日はご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません。」
深々と頭を下げていると頭を撫でられる。背の高いカイルさんを見上げると、
「……そんな潤んだ瞳で男を見上げるな。襲われるぞ?」
カイルさんは顔を赤く染めていた。
「……?」
「……天然てやつか。」
それから勧められるままソファーに腰掛けると、カイルさんから質問を受けた。
「お前はどこの御令嬢なんだ?」
「……あの、普通の村娘ですが。」
そう言うと、カイルさんは半眼になった。
「そんな嘘をついても無駄だぞ。お前の手が証拠だ。」
「手?」
私は自分の手をまじまじと見た。
「傷ひとつない、“働いた事がない”手だ。村娘ではあり得ない。さらに、お前のその髪も肌も生まれたての赤子の様だろう?幼い頃から使用人に傅かれ、大切に育てられなければそうはならない。そんな事ができるのは貴族の令嬢でしか有り得ないだろう。」
〈14歳だけど、転生したばかりだから体が生まれたてなんだわ!〉
私はしどろもどろになって狼狽えた。
「大丈夫だ。場合によっては助けてやる。どこから家出してきたんだ?」
〈ううっ。こんな時はどうすれば……〉
私は渾身の言い訳をした。
「き、記憶にございません!」
ぴるぴるしながら震えていると、カイルさんは、
「お前、記憶喪失なのか?」
と勘違いしてくれた。私はこの流れに乗るために、コクコクと人形の様に頷く。
カイルさんの尋問に、気がついたら森の中にいて、それまでの記憶が一切無くなっていたと話すと信じてくれたようだった。
「よくわかった。お前は俺が保護する。」
そう言うと、魔法で出来た伝書鳩を何処かに飛ばした。
それから一緒に食堂に降りると朝食を食べた。
昨日は夕飯を食べ損ねてしまったのでお腹がぺこぺこだ。
カイルさんはモコちゃんが気に入った様で、木の実で餌付けしている。
「ルシア、これからこのオルトスの領主であるクロイツ伯爵家に向かう。そこでならお前の情報もあるだろう。良い人達だから安心するといい。」
そう言って微笑んだ。
〈イケメンの上に凄く面倒見の良い人だなぁ。〉
改めてカイルさんに見惚れてしまった。
しばらくして伝書鳩の返信が返ってきた。どうやら伯爵様からの来訪の承諾の返事だったようだ。
そんなこんなで、いきなりこの街の領主様に会いに行くことになってしまったのだった……