2.転生の真実
「思い出したかね?」
長い前前世の記憶から現実に戻ってくると、私はこの中年の男性に以前会っていた事を思い出した。
「しっかり思い出しました。その節はお世話になりました。」
頭を下げてお礼をすると、男性は目を細めた。
「なら君がここに来た訳もわかるね。君はこの地球の人間ではない。元々は“アストロス”という異世界の人間だったのだよ。」
「……はい。思い出しました。」
───私は前前世で階段から落ちて死んだあと、お迎えと共にあの世に昇天した。
連れて行かれた先は黄昏時の雲の上の様な不思議な世界で、そこで“アストロス神の使徒”に会ったのだ。
神秘的な美貌の彼はヨム様と言って、アストロス神から人間の魂の采配を任された方だった。
「さぞ無念だったろう。今世では残念な結果に終わってしまったがまだ機会はある。次の転生を用意してあるから心配はいらないよ。」
私は強張った顔で首を横に振る。
訝しむヨム様に、はっきりと「ここでは無い別の世界に転生したい」と告げた。
「こんな腐った世界にまた生まれ変わるなど嫌です。違う世界に行かせて下さい。」
私は戦争による鬱で心が疲弊しきっていたのだ。
ヨム様は黙考した後、私に“世界と魂の適合”ついて話した。
異世界から来た魂はその世界の理と適合しないため、仮に転生出来たとしても長くは生きられないと言われたのだ。
しかしその時の私は人生に絶望してきたので、この世界を出れるなら何でもいいと、異世界行きを希望した。
ヨム様は渋々私に手をかざすと、天から神々しい七色の光が降り注ぐ。空間がぐにゃりと歪み、異世界地球へと旅立ったのだった……
───長い思考から戻って、改めて目の前の男性を見つめる。
彼はアストロスからやって来た私の魂を受け入れてくれた、例えるなら“入国管理局の局長”だった。
「全てを思い出したなら重畳。君が若死にした理由は君が異世界から来た魂だったからさ。」
そうあっさり言われて、私は憤りが爆発した。
「確かに、長く生きられないと知りながら異世界への転生を希望した私にも非はあります。しかし、まだ高校生ですよ?あんまりです!」
ポロポロと悔し涙が溢れる。
局長さんはソファーに座ると、呆れた表情で腕を組んだ。
「……君、それはお門違いだぞ。まあ、落ち着いて聞きたまえ。」
そう言って、迎いのソファーを薦める。私も向き合って座ると、局長さんは「これは裏話なんだがな。」と前置きして話し始める。
「君は元々5歳までしか生きられない魂だったんだ。しかし、ヨム様は君に自分の力を分け与え、せめて15歳程度まで生きられる様にしてくれたのだよ。」
更に裏話は続く。
しかもヨム様は地球の神様に頼んで、この地球でも比較的平和な日本に転生させてくださったそうなのだ。
「神の使徒とは全てにおいて公平なもの。一人の人間に肩入れするなど前代未聞だ。君は余程ヨム様に愛されているようだね。」
真実を知った事で私の胸にじわりと後悔が湧いた。
ヨム様はご自分の力を分けてくださってまで私を影で守ってくださっていたのに、私はあの世界を“腐った世界”だと否定してしまったのだ。
物事には両面がある。
戦争という一面だけを見て、あの世界の全てを悪だと否定してしまった自分が恥ずかしい。
そんな私を見て局長さんは目を細めた。
「ははは、君は本当に愛されている様だ。まさかこんなに早く“迎え”が来るとはおもわなかったよ。」
局長さんの言葉と同時に扉がノックされる。
秘書が扉を開けるとヨム様がいた。
「やあ、お久しぶり。迎えに来たよ。」
私はヨム様に前世での無礼を詫びた。
「もう気にしなくて良いよ。それより、君にプレゼントがあるんだ。」
ヨム様が指を鳴らすと、目の前に私の大好物であるイチゴ大福が現れた。
「それは君の好物に似せた、私の力の一部だよ。それを食べると私の力を君に貸す事が出来るんだ。」
「どう言う事ですか?」
「例えば君が空を飛ぶ力が欲しいと願ってこのイチゴ大福を食べれば、私の力で君は空を飛べる様になる。ただし、イチゴ大福の効果は一時間限定、一日一個までだけどね。」
「そんな特別な力をいただいても良いのですか?」
「君がアストロスから居なくなってしまって寂しかったんだ。これで帰ってきてくれるなら安い物だよ。」
「ヨム様、私は反省しました。もうアストロスの世界を嫌いになったりしません。なので特別扱いしていただかなくてもアストロスに帰ります。」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。しかし、私が君に力を貸し与えるのは贔屓している訳ではなく、ちゃんとした理由があるんだ。」
「何でしょうか?」
「君の魂は代々人を救ってきたので、聖女並に徳を積んでるんだ。私がイチゴ大福を与えるのは、これまでアストロスの人々ために代々尽くしてくれたご褒美だよ。」
「ありがとうございます。ではありがたく受け取らせていただきます。」
「そのイチゴ大福を食べるとアストロスに転生する様になっている。君を送り出す前に言っておく事があるんだ。」
ヨム様は仰った。
──『神様の思惑というのは、人間には理解出来ない程の深慮遠謀に満ちているのものなのだよ。』
──『目に見える事だけが真実じゃないんだよ……』
──『良い事をすると徳が増え、悪い事をすると徳が減ってしまう。徳が多いと幸運に恵まれ、徳が少なくなると行き詰まってしまう。』
──『人を恨むと心が疲れてしまうから、なるべく恨んではいけないよ。』
他にもたくさん教えてくださった。その一つ一つを真摯に心に刻んでいく。
「ヨム様、ありがとうございます。」
「ふふふ、どうか幸せにね。」
「はい。では、いただきます。」
イチゴ大福を一口いただいて目を見開いた。
雑味やえぐ味といったマイナス面が全くない、ただひたすら甘美な味わいなのだ!我も忘れて大福にかぶりつく。
あっと言う間に食べ終わると、体が七色の光に包まれた。
「うちの魂を長らく預かっていただきありがとうございました。」
「いえこちらこそ。貴重な経験をさせていただきました。」
ヨム様と局長さんが和やかに挨拶を交わしている。
ヨム様が微笑むと視界がぐにゃりと歪み、極彩色の光の奔流へと飲み込まれて行った……