12.盗難事件
気がついたら、お気に入りのブローチが無くなっていた。
「おかしいわ。昨日ちゃんとアクセサリーケースにしまったはずなのに。」
そのブローチはカイルに買ってもらった大切な物だった。
しかもピンクダイヤモンドが付いた高価な物で、簡単に無くしましたでは済まない代物なのだ。
しょんぼりしながら階下に降りると、ちょうどカイルが出掛ける所だった。
気まずくてカイルから目を逸らせると、カイルは驚いた表情で駆けつける。
「ルシア、どうした?何かあったのか?」
私は正直に話す事にした。
「なんだ、良かった。何かあったのかと心配したが無事ならいい。ブローチはまた買ってやるから心配するな。」
「カイル、本当にごめんなさい。せっかくプレゼントしてくれた物なのに、無くしてしまって申し訳ないわ……」
カイルは私の頭を撫でて微笑む。
「またプレゼントする楽しみが出来て返って良かった。今度一緒に出かけよう。その時はブローチでもネックレスでも欲しい物を買ってやるからな。」
そう言うと、カイルは意気揚々と出かけていった。
*****
先生の授業を受ける様になって三ヶ月が過ぎ、季節は晩秋を迎えていた。
クレイン先生の授業は相変わらず厳しい。
しかし厳しさの裏には深い愛情があって、私が将来困らない様に愛の鞭をふるってくださっているのだと、今なら理解でる。
ふとした時に先生の愛情が伝わる事があって、だからこそ厳しさにもついていけていた。
「先生、この国の医学校は何歳から受験出来るのでしょうか?」
「王都の医術専門学校は16歳からですよ。」
「ではあと一年半で受験できる様になるのですね。」
先生は驚きに目を開く。
「……ルシアさんは医療の道に進むのですか?」
「はい。将来は王宮医務官を目指しています。そこでキャリアを積んで、いつか個人の診療所が開けたら良いなと思っています。」
「まあ、そんなしっかりと将来を考えていたなんて。」
それから私は先生に、人の役に立てる様になりたい。病気に悩み苦しむ人々を助けたいと、夢を熱く語った。
私の話しを聞いていた先生はしばらく熟考される。
「ルシアさん、私は今後の教育方針は変えるつもりは有りません。あなたには今後も貴族令嬢としてのレッスンを受けてもらいます。何故かわかりますか?」
「……いいえ、わかりません。」
「学問やマナーは心を磨き豊かにするからです。学問は身につけた分だけ人生が豊かになります。
マナーのレッスンは、どんな相手に対しても敬意を持って接する人格を作ってくれます。」
私は王宮でキャリアを積んだ先生の言葉は貴重だ。一言一句もらさぬ様に心に刻む。
「豊かな人格こそが人生を豊かにしてくれるのです。」
「ありがとうございます先生。」
私は素晴らしい先生に出会えた事をますます感謝していた。
*****
───数日後。
「あれ?またペンダントが無いわ。」
昨日まであったはずのペンダントが無くなっているのだ。あちこち探してみたが見つからない。
こう紛失が続くと、さすがに怪しくなってくる。
「とにかくカイルに謝らなくては。」
階下に降りると、皆朝食の為に食堂に集まっていた。
「ルシアちゃん、今日は遅かったわね。どこか具合が悪いの?」
奥様が心配して尋ねてくださる。
「ご心配をおかけしてすみません。ちょっと探し物に時間がかかってしまったのです。」
それからカイルにペンダントの紛失を謝った。
「前回のブローチに続き、今回も無くしてしまって、本当に申し訳ないわ。」
頭を下げて謝ると、カイルは「気にするな。」と頭を撫でてくれる。
「しかしこう何度も続くと、盗難の可能性もあるな。」
「まあ!」
カイルの意見に心が締め付けられる。もし盗難なら、犯人探しが始まってしまうだろう。すると皆が疑心暗鬼に陥って、人間関係がギスギスしてしまいかねない。
「……あの、仮に盗難だった場合でも、私は犯人を咎める事は出来ないと思います。簡単に取られる様な所に置いておいた私にも非がありますから。奥様、残りのアクセサリーを預かっていただけないでしょうか?」
「ええ、それは構わないわ。」
こうしてアクセサリーを預かってもらったのだが、しばらくすると今度はドレスが無くなっていた。しかも、奥様が今度のお茶会にと新調して下さったドレスだった。
「どうしよう。事を荒立てたくないけれど、報告するしかないわ。」
奥様に報告すると、その場に同席していた伯爵様やカイルまで怒った。
「せっかくルシアちゃんに着てもらおうと楽しみにしていたのに!」
「屋敷内に泥棒がいるなど言語道断だ!犯人を探し出せ。」
伯爵様が執事に命令すると、犯人探しが始まってしまった。
───数日後。
犯人が見つかった。よく私の部屋に出入りしていたメイドだった。
執事に取り押さえられて伯爵様達の前に突き出されたメイドは、青ざめてガタガタと震えている。
「あの、伯爵様。本当にこの方が犯人だったとして、盗むには何か理由が有るはずです。理由を聞いてみてもよろしいですか?」
メイドに尋ねると、親の借金を返済する為だったと、泣きながら白状した。
そのメイドの親は博打にはまってしまい、たくさんの借金があった。
このままでは幼い妹が借金の形に売られてしまうので、やむなく私のアクセサリーやドレスを盗み、借金の返済に充てていたという。
「ちなみに、あと借金はどれくらい残っているのですか?」
すると、私の手持ちのお金でも足りる事がわかった。
「少し待っていてください。」
部屋に戻り、マジックバッグから巨大蛇を売った時のお金を取り出す。
それを持ってメイドのもとに戻ると、そのお金を渡した。
「このお金は私の個人的なお金なので伯爵家の物ではありません。このお金で借金を払って下さい。」
そう言うと、メイドはお金を握りしめて泣き崩れてしまった。震える肩をさすって慰める。
「カイル、お願いがあるのだけど、私達と一緒に借金取りの元に行ってもらえないかしら?変な難癖をつけられないように、強い味方が必要なの。」
カイルは快く引き受けてくれたが、私の同行は拒否した。
「金貸しの破落戸共にお前を会わせたくない。」
カイルは借金取りの対応を引き受けてくれる事になった。
伯爵様も奥様も、私に何度もそれでいいのかと聞いて下さった。
「いいんです。このお金があれば幼い妹さんが救えます。ちょうど使いどきなのだと思うのです。なので、他の物についても、どうか責めないでやって下さい。」
……その後、カイルによって難癖をつけられる事もなく、無事に借金を返済し終えた。
「ルシア様。この度はなんと言ってお礼をすれば良いのか……ただただありがたく、申し訳無い気持ちでいっぱいです。」
あまりにも憔悴しているので、私はヨム様から聞いた話しをした。
「この世界の仕組みって、良い事をすれば徳が貯まるそうです。もし、あなたが私のした事を喜んでくれたら、私は良い事をした事になり、徳が貯まります。利己的かもしれませんが、是非喜んで受け取っていただきたいのです。」
するとメイドはくしゃりと笑って泣き出してしまった。
「ありがとうございます。ありがとうございます。このご恩は決して忘れません!」
その後、メイドは屋敷を自ら退職し、妹を連れて家を出る事にしたそうだ。
その後、屋敷の皆が更に優しくなり、親しく声をかけてくれる様になった。