11.ダンスレッスン
クレイン先生の指導は更に厳しさを増した。
レッスンの内容もどんどん高度になっていき、それに伴い覚える事がたくさん増えてパニックになる事もしばしばだ。
毎日頭がショートしそうになるほどだったが、なんとか食らいついていった。
奥様が私への“甘やかし”を解禁したのか、伯爵様が可愛い物をプレゼントして慰めてくださったり、カイルが息抜きに遊びに連れて行ってくれる機会が増えた。
おかげで気持ちがへこみ過ぎる事もなく、上手く精神バランスが取れている。
奥様も私の体調を気遣ってくれて、いつも栄養のある食事を用意して下さっているし、ちょっとでも体調が悪い時は直ぐに察してくれてレッスンを休ませてくれた。
〈赤の他人なのに実の娘のように愛してくださって、本当に私は恵まれているなぁ。〉
皆の温かい優しさに心から感謝した。
最近は進んで予習復習もする様になった。お勉強はカイルが見てくれている。
カイルは頭が良く、平民なのに貴族のマナーも完璧なので、どうしてそんなにできるのかと尋ねた。
するとカイルは、「父さんから学んだんだ。」と自慢気に言った。
なんでもカイルのお父様は、貴族が学ぶ王都の学院一の秀才だったとか。
平民になった後も、息子であるカイルに勉強を教えていたのだという。
更にカイルは父親に似て地頭が良かった。
乾いた土が水を吸うがごとく学問をすらすらと身につけていったので、12歳で地球でいう所の大学までの勉強を終えてしまったそうなのだ。
更に幼い頃からクロイツ家に出入りし、父親の指導のもとマナーも学んでいたので、平民だがお勉強もマナーも完璧だったというわけだ。
そういうわけで私の練習に付き合ってくれる事になったのだが、カイル先生のマナーレッスンは優しく丁寧で、お勉強も要点を得てわかりやすかった。
そのおかげもあってクレイン先生の授業にもついていける様になっていた。
その日、カイルとお勉強した甲斐あって初めて合格点に達した!
「良く出来ましたね。」
普段厳しい先生が、嬉しそうな目をして微笑んでいる。
私はやっと合格出来たのと、先生の微笑みが嬉しくて、心の中で花をとばしながらぴょんぴょん飛び跳ねた。
「ほら、気を抜かない!背筋が曲がってますよ!」
次の瞬間には叱咤され慌てて背筋を伸ばした。
*****
今日はダンスレッスンの日だ。
ダンスのパートナーをカイルが務めてくれる事になり、朝からドキドキしている。
冒険者のやんちゃな雰囲気のカイルも素敵だが、本気を発揮した時の王子様みたいなカイルはめちゃくちゃカッコいいのだ!
マナーの練習に付き合ってくれる時の貴公子然とした雰囲気に毎回ときめいてしまっていた。
〈いけないいけない。カイルはあんなに素敵なんだもの。きっと恋人くらいいるはずだわ。〉
頭を振って自重した。
ダンスホールに入ると、正装をしたカイルと目が合う。
〈!!すごくカッコいい!〉
普段のラフな服装と違い、まるで王子様みたいだ。
あまりのキラキラしさに見惚れたまま固まってしまう。
するとカイルはクスクスと笑ってこちらにやってきた。
「お姫様、お手をどうぞ?」
そう言って手を差し出してくれる。
カイルの王子様の様な仕草に頭がポンコツになってしまった私は、ボーッとしながらカイルの掌に手を乗せた。
繋がれた掌からカイルの熱が伝わって真っ赤になってしまう。
「ふふ、お前って本当に照れ症だな。」
カイルの微笑みにときめき過ぎて、ふらりとよろめいてしまった。
するとカイルは私の肩を抱いてエスコートしてくれる。
〈ち、近い!〉
ボンッと音を立てて頭がパンクしてしまった。
ソファーに案内されるとそのまま倒れ込むように座る。
爆発しそうな心臓をおさえて呼吸を整えていると、遠くの方で、
「今日はレッスンになりそうにないですわね。」
と、先生の呆れた声が聞こえた。
*****
「はい、そこでターン。そう、その調子ですよ。」
先生の指導のもと、優雅なダンスの踊り方を猛練習している。
前日に予習していたので基本のステップは頭に入っているが、この世界のダンスは細かな足運びが難しい。
頭がこんがらがりそうになりながら懸命についていった。
難しい曲目にも関わらず、カイルは堂々と完璧なステップを踏んでいる。
〈凄い。やっぱり幼い頃から学んできただけあるわ。〉
カイルと目が合うと、気遣う様に微笑んでくれた。その思いやりにキュンとなる。
一度カイルを意識し出すと、繋がれた掌や腰に回された手の温もりに顔が赤くなってしまう。
〈いけないいけない、今はダンスに集中しなきゃ。〉
先生の叱咤を聞きながら、私はダンスを頭に叩き込んでいった。
ダンスレッスンは思いの外すんなりと進んだ。
カイルのリードが巧みなのですらすらと動けた事と、日舞で体幹を鍛えていた事もあって、ダンスに関しては早々に合格が出たのだ!
〈日本のお婆ちゃん、本当にありがとう!おかげでレッスンをクリアできました!〉
先生は私にいくつかダンスの注意をした後、所作についても言及した。
「ルシアさんは時折異国の所作が出てしまいますが、そこはあなたの魅力の一つでもあるので普段はそのままでも良いでしょう。しかし、貴人に拝謁する際はしっかり我が国の作法通りにしなくてはいけませんよ。
公の席でマナーを間違えれば、一歩間違えば国際問題にもなりかねないのですからね。それだけマナーとは大切なものなのです。いざという時に失敗しないためには、日頃からレッスンを欠かさず行っていく必要があります。」
「はい、先生。」
さすがは妃教育まで務められた方だ。視野がワールドワイドだ。
それから細かい所の修正をしてダンスレッスンは無事終わったのだった。
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