〜板橋城の戦い〜 #10
敵は全く撃って出ない。
こちらの攻撃を防ぐことに注力している。
そして、我々はその守りを崩さずにいる。
良くない流れだ。
迅速な攻撃が全くできていない。
このままでは敵の援軍が到来し、我らは終わる。
堀北は相対する尾上軍を見ている。
アイツらは我が軍を上らせまいと躍起になってはこなかった。
戦い途中で気づいたが、奴らは中途半端に我が軍を城壁に上らせ、逃げ場を失った我らを叩いていた。
おそらく、城壁上での布陣もそれに準ずるものになっているのだろう。
最初から一生懸命戦うのではなく、一定の狩場を作り、誘い込んだ上で瞬間的に叩く。
巧妙な戦い方だ。
さすがは上律第一将ということか。
「全軍撤退」
この4文字が堀北の脳裏によぎる。
このままでは間違いなく負ける。
一度、城の包囲を解き、来たる援軍に備え、布陣を整えたほうが良いのではないか。
そうすれば無駄な被害を出さなくても済む。
無論、尾上と鈴山を討つという当初の目的は失敗に終わるわけだが。
だが、俺がそんなことを冨樫さんに進言できるはずがない。なにせ、俺が負けているのだ。
俺が負けているから引きましょう、なんざ口が裂けても言えない。
戦略的意味のある撤退だが、それは俺が負けているからだ。勝っているならそんなもの必要ないのだ。
戦う以外の余地はない。
こんな考えだった。
1日目が終わった俺の脳裏にあったものは。
だが変わった。
冨樫さんの伝言によって。
「半数を連れて、俺と合流しろ。」
明日からの北門の攻めは俺の副官らにやらせる。
俺は南門に出向き、冨樫さんと共に攻める。
聞いた話によると、南門の将、鈴山は多くの私兵を別の城に置いてきているらしい。
どうやら冨樫さんは此度の戦のターゲットをその鈴山1人に絞ったようだ。
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2日目。
天候は雨。
敵の攻撃は朝9時から始まった。
今朝、1通の伝来が届いた。
「本部より援軍出撃。到着は2日後。」
朝の7時頃だっただろうか。
伝令兵も相当急いできたようだった。
到着は2日後。つまり明後日。
明後日のいつ到来するかはわからないが、少なくとも今日と明日は私たちだけで耐えなければならない。
いけるのか。
おそらく、敵は戦い方を変えてくる。
昨日のように上手くはいかない。
援軍が来るまで、本当に敵の苛烈な攻めに耐え続けられるのか。
そも、敵の狙いは私自身だ。
自分の命が明後日まで持っているという保証もない。
自分の命を守りつつ、仲間達も守り続けられるのか。
嫌な雨だ。
天は何もかもお見通しのようだ。
私はそういう信仰物は嫌いだが、今はそれに拍車がかかっている。
よりにもよって嫌いな雨を降らすとは。
神は私の焦りを知ってか、おちょくっているようだ。
今に見ていろ。
板橋城の城壁を敵の血で染め上げてやる。
猛華のクソ共の希望なんざ、根っからぶち壊してやる。
澄ました顔をした堀北とかいう男の首を刎ね上げ、天高く掲げてやる。
そしたら、さすがにお天道さんも雨を止ませてくれるよなぁ?
尾上は機嫌が悪かった。
敵の襲撃、雨などの理由があるが、大きな理由は別に。
「あの野郎。全部予想済みだったんだな。これが終わったら絶対殴る。」
今朝の伝令書に描かれていた、とある文字。
そして、伝令書を送りつけてきた本人と尾上がかつて決めた暗号で書かれていた此度の戦の全容。
「腹が立つ。今にでもぶん殴りたい。ただ、コイツの作戦が上手くいけば事は大きく動く。本当に腹が立つが、何としてもここを守り抜く。きょーか、頼むよ。」
朝の会議から既に尾上はイライラしていた。
「誰から?誰からその伝令が来たの?」
石松も流石にビビっていた。でも聞いた。
尾上は息を吐く。ため息。そして、呼吸を整えた。
「はぁっ!アイツは多分全部わかってたんだ。ここに敵が来ることも。だから私たちを置いた。どういう理由かはわからんけど、猛華の主力を誘き寄せるためだろう。あぁ、腹が立つ!」
石松は予想がついている。そも、この事態に状況をひっくり返せる人間など、上律には彼しかいない。
「松田だ。あの能面野郎だ。表情が乏しくて気味が悪い。絶対女にモテないバカな松田だよ。あいつが全部仕切ってる。援軍にもあいつの軍が来る。」
「皆もわかってるだろうが、松田の軍だ。板橋城を守り抜きさえすれば、あとはあいつらが勝手に猛華軍を蹴散らしてくれる。それまでだ。それまで必ず耐える。わかったな!」
尾上が見た、伝令書の文字。そして暗号。
紛れもない。同期の松田のものだった。
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南門の前に2人は集う。
「これより我々は南門を攻める。狙うは鈴山。ただ1人。
討ち取った後は速やかに城門から立ち去るよう。」
堀北に冨樫は言った。
「はい。わかりました。それで、作戦は?」
「作戦というほどでもない。ただ黒い甲冑の兵士を狙う。それが鈴山の私兵だ。そいつらがいなくなれば、軍の統率は自ずと失われる。」
「わかりました。では、そのように。」
「南門を制した後のことは後々考える。そも鈴山を消すだけで充分な戦果。無理に戦い続けることもないからな。」
「お任せします。」
堀北が離れようとしたその時だった。
1人の兵が馬を走らせ駆け寄ってくる。
我が軍の兵ではない。
なぜ我が軍の包囲の中をかいくぐり、ここまで来れたのか。
その理由は、当の兵士が話す伝言にあった。
「冨樫さんですね。玲穣、菊池軍の者です。伝令を申し上げたく。」
息が上がっている。
「言え。」
冨樫はその兵を見ず応えた。
「ありがとうございます。我が菊池軍ですが、現在、板橋城に向けて進軍中。明日には到着いたします。それまではくれぐれも善戦されたし。そして……、菊池の方から、勝手な行動で申し訳ない、と。」
冨樫の目は城に向いたまま動かない。
ただ俺にはわかる。明らかに戸惑っている。
「承知した。進軍には気をつけろ、と伝えろ。」
「はい、ありがとうございます。では、これで。」
「冨樫さん、菊池とは確か昔からの馴染みでしたね。」
「あぁ、あいつに話をしたのが間違っていた。まさか、こんなにも情が働いているとはな。少なくとも、これで我々はかつての敵対大学と手を組んだことが明るみに出る。勝たなければ、非難の目に晒されるだろうな。」
「えぇ、間違いなく。」
「すまないな、俺が菊池に話したばかりに。」
「ほんとですよ。」
「作戦を変更しよう。今日、南門を叩いた後、明日以降は玲穣と共にさらに総攻撃をかける。もはや隠す必要もない。徹底的にやってやろう。」
「やけくそ、ですね。」
「なんとでも言え。」
「敵は玲穣を見て、動きを変えるでしょうか。」
「さあな。少なくとも、城から打って出る事はしないだろう。自殺行為になり得る。それに我々が唯一恐れていた敵の援軍も玲穣の到来によって相殺できる。敵に今のところ、戦局を変えうる決定打はない。」
「我々の損害も相対的に減りますね。」
「玲穣の援軍は体裁的にはよろしくないが、戦局を見るならばこの上ないわけだ。」
「そろそろいきますか。」
「あぁ、そうだな。やろうか。」
「ご武運を。」
「お前もな。」
進撃の銅鑼が鳴り響く。