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霊童〜Lost of memory looking for end〜  作者: 秋桜
第一章『イカれたお茶会と死体愛好家』
8/41

カウントダウン

 

「どうしたの? ねぇ、こっち向いてよ」


 額から一つ、また一つと冷や汗が頬を伝う。

 チェシャ猫でもカリプでもない誰かの声。

 この部屋にいる人間は僕以外にいない。


「こうして二人になるのも久しぶりだね。私も暫く工房に引きこもってたから()()()()人間に会えて嬉しい」


 生きてる人間に?

 どうして名前を知っているのかも不明だけど、それ以上にこの部屋から五体満足で立ち去れるのか?

 振り返ってしまえば……終わる、確実に。


「ねぇ〜、意地悪してるの〜? そういうところも好きだな」


 手櫛で解くように上から下へと背後の誰かが僕の髪の毛に触れる。

 咄嗟に逃げればそのまま髪ごと掴まれて捕まる。

 振り返らないよう逃げても扉が開かなければ捕まる。

 どちらにしろ、捕まって強制的に振り向かされてしまう。


「ホント、羨ましい。お人形さんみたいに可愛くてサラサラで背丈も小さくて、私の憧れそのもの。ねぇ、こっち向いてくれる?」


 左肩を掴まれる。

 男のように硬い手よりも細くやや冷たく感じる。

 視線だけをなんとか肩へと向けると、その手には()()()()をしていた。

 自分の髪の毛が長いおかげか気づかれてはいないようだが、やっぱり背後にいるのは────標本、本人。


「ねぇ、なんで?」


 左肩を掴む手に力が入ってきた。

 強く握るようにだんだんと増していく。

 痛いどころでは済まない、肩が外される。


「ご、ごめんなさい。勝手に入って」

「なんで見てくれないの? ねぇ、どうして?」

「そ、それは……」

「教えて、私の顔を見て話して」


 物凄い力で身体が強引に動かされる。

 このままでは、さすがに不味い。

 何か、何かないのかっ─────。


『────黒い手袋に()()隠してるの?』


 突如、頭の中に響いてきた謎の声。

 黒い手袋に、()()? 何のことだ?

 今は迷っている暇はない。一か八か────!


「く、黒い手袋に、まだ隠してるの?」


 ピタッと左肩を掴む手の動きが止まる。

 背後からの声や言葉もなく数秒待った後、意を決して振り向くとそこには()()()()()()()


 ♢


 ……その後、扉はなんとか開きどこに隠れていたのかわからないチェシャ猫は悪戯に笑う。

 猫であり時計にも化けることのできるチェシャ猫と背後にいた()()()似てるのか?

 否、まだそう決断できる材料がない。

 それと、俄には信じたくないが現実であると未だ残る肩の痛みが物語っている。

 あの部屋と僕がどう関係してるのか、よくわからなくなってきた。


「その顔だと『フィリア』に会えたんだ」

「え?」


 チェシャ猫がニヤニヤと笑い、僕は立ち止まる。

 もしかしてあれがフィリアさん?


「い、いや、でも、信じられないんだけど」

「吾輩は相手が普通の人間とは一言も言ってない。価値観や固定概念はこの屋敷では通用しないし、死へのカウントダウンはもう始まってる」

「……っ!?」


 冗談じゃない。そう怒りが込み上げてきたが、これでは八つ当たりになる。

 チェシャ猫はあくまでも案内と説明、僕はそれにただ従う客人。

 答えを出すには、もう少し情報が欲しい。


「そこで吾輩からの提案。マッドに聞いてみればいいよ」

「どうやっ……あっ」

()()()()()お茶会に行ける。ただし、死が近づくと行けない。やっと行けた時はアリスの死を意味するから()()()まで。吾輩が特別に連れて行くよ〜?」


 マッドさんなら、何か知っているかもしれない。

 会えるのは三回までか。

 それまでに死を回避しないといけなくて、問題も解決しないと。

 ひとまず部屋へ戻ってベッドに座る。

 表情一つ変えないチェシャ猫は僕の前でくるりと身体を回転させる。


「チェシャ猫、お願い」

「わかった。マッドによろしく〜」


 強力な睡魔に抗うことなく、無意識の海へと落ちていった。


 ♢


 ガヤガヤと騒がしい音が鳴り響く。

 割れるガラスの音、口論する声、笑う男の声。

 重たい瞼を開いてゆっくりと顔を上げていく。

 左のルーカスさんと右のサリーさんは互いにティーカップや皿を投げ合い、口論。

 それを見て笑うマッドさんという本人曰く、イカれたお茶会。


「おや? アリスじゃないか! 嬉しいね、こうもまたすぐに会えるなんて」

「ん? アリスだ!」

「お? アリスだね!」

「マッドさん、一つお聞きしたいのですが」

「当ててみようか? フィリアのことだろう。その顔だと初見での印象が悪かったみたいだな。それにしっかりとカウントダウンも始まってしまった」

「チェシャ猫も言ってました。カウントダウンが始まったって。背後にいる誰かに肩を掴まれてその時、僕の頭の中に声が響いて」

「なんと言ったんだい?」

「『まだ黒い手袋に隠してるの?』と」


 刹那、場の空気が凍りついた。

 口論をして互いに投げ合っていた二人は椅子に座り直して、マッドさんは帽子を被り直す。

 何か言ってはいけない言葉だったのか?


「アリス。君のいる場所で何が起こるのかは俺にはわからない。現実で生きる君とここでは時間は違う、それは理解して欲しい。これから質問することをよーく聞いてくれ。まず一つ目、フィリアの部屋で何を見た?」

「本棚、ソファー、暖炉……それと人間の標本です」

「二つ目。何かに触った?」

「はい。辞書みたいに大きな本を棚に戻そうとして触って、なかなか押し込めなくて標本の座っている椅子を借りようとしたらソファーに白い手紙が置いてあって」

「三つ目。()()()呼ばれた?」

「呼ばれ、ました。それが何か────」

「─────アリス。今のままだと君は明日の夜、()()()()()()()


 明日? 三日後に消えるではなくて、明日の夜?


「明日? 冗談ですよね?」

「君と出会ったのが一日目で今日が二日目。故に明日がその三日目だ。誰に聞いたかは知らないが誠に残念だよ……と! 言いたいがそんなものは関係ない! まずはフィリアのことだが、これについては少し話が長くなる。サリー、ルーカス」

「任せて!」

「任せろ!」


 二人が席から立つと左側に集まってガサガサとテーブルの下から物を出す。

 小さな囲いとカーテンが敷かれた手押し車を用意してその後ろへ隠れる。


「一体、何が始まるんですか?」

「言っただろう? イカれたお茶会だって。これより始まるは喜劇と悲劇、そして終幕を描いた悲しき人間のお話です。どうかご静聴に願いたい」


 マッドさんの掛け声と共にカーテンが左右に開かれた。

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