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霊童〜Lost of memory looking for end〜  作者: 秋桜
第一章『イカれたお茶会と死体愛好家』
7/41

フィリアの部屋 下

 

 実際に人間の死体を見たことはたぶんないはず。

 知らぬ一つから見ればよく作られた標本。

 でも、確実に僕の中では違和感を感じて仕方がない。

 本来、人形の瞳はガラスと同じく光を反射して瞳孔も固定されている。

 だけど、目の前のこれは違う。

 瞳孔が反射せず、ハイライトで……()()()()()()()()


「もし、チェシャ猫が言っていた標本がこれなら」


 三日後に人が消える。つまり、標本に?

 だとするとカリプはこのことを知っていたからこの屋敷からは出ないようにと忠告したのか。

 ……いや、それだとどうやって部屋から消えた?

 カリプが停電時の準備をしている最中に退室するとしても、ランタンが必要。

 さらに天気も荒れていたと聞いたからマッチも必須になるから、そんな用意周到には動けない。


「仮に準備万端でも足元は暗いから部屋からは出られない」


 チェシャ猫が案内したとしても、初対面で喋る時計には誰だって疑いを持って素直に聞いたりしない。

 マッドさんもあのお茶会に参加したのは僕が『初めて』だと言っていた。

 じゃあ、一体どうやって消えた?


「考えてもまた新しい疑問が生まれる。何か他に────」


 ────────ゴトッ


 部屋の中で何かが落ちる音がした。

 随分と重量感を感じる音だ。

 人間の剥製に白い風呂敷を上手く被せて暖炉側へと移動。

 暖炉のほうには灰と引っ掻き棒、ソファーが3つで変わった様子は見られない。

 入り口付近へ視線をずらすと床に本が一冊、落ちていた。


「これが落ちた?」


 本棚を見ると真ん中の部分が空いていて丁度、本の大きさと同じに見える。

 タイトルは……全く読める気がしない。

 達筆な字で一本の線からなる文字なため、何と書いてあるのかすら不明。

 手に取ってみると少し重い、辞書に近い重量感。

 両手でやっと持つことができるくらいだから、この部屋の住人は男なのか?


「勝手に入ってしまったから散らかしては悪い」


 手を伸ばして落ちた本を棚へと戻す。

 本同士の間が狭いため、強引にはなる。

 半分くらい入ってもまだ全部が収まりきれない。

 爪先立ちになり、両手で力一杯押し込む。


「あとちょっとで入るのに、なんで」


 何かが挟まっているのか、どうにも半分より上がどうしても入らない。

 確実に入れやすくするなら椅子が必要か。

 椅子、椅子……確か、人間の標本が座っていた椅子がこの部屋にあったはず。

 もしくは、ソファーを一つ持ってきて台に。

 両手と腕を肘先まで確認すると何故かため息が出てきた。


「こんな細い腕じゃダメか」


 それか、別の部屋から椅子を持って来る。

 勝手に入って勝手に出て行くことにはなるが、背丈の都合上やむを得ないだろう。

 入ってきた扉に向かってドアノブに触れて捻る。


「あれ? 開かない」


 施錠をする鍵穴も見当たらない。

 押しても多少の風が通るほどの隙間しか開かず、全く開く様子もない。

 チェシャ猫の悪戯にしては度を過ぎている。

 この部屋のどこに消えたのやら。


「先に本を戻そう」


 持ち主がきっと困ってしまいそうだ。

 何のタイトルなのか想像しながら、ゆっくりと背後を振り返る。

 ────刹那、冷たい風が身体を通り過ぎる。

 部屋の中が急に温度が下がったのか、さっきまでの感覚とは違う。

 不思議と心臓の鼓動が早くなるのが耳元まで響く。

 本を掴む両手に手汗まで出始める。


「とりあえず、本は床に置いておこう」


 暖炉とカーテン、ソファーが3つと何ら変わっていないはずなのに。

 小さな足取りで周りをじっくりと見渡していくと、左のソファーに半分に折り畳まれた白い手紙が一つ。

 こんなもの入ってきた当初はなかったはずだが?


『いらっしゃい、いらっしゃい。

 ようこそ私の部屋へ。可愛い、可愛いお客さん。

 おや? 見覚えのある顔じゃないか』


 森に潜んだ人間を招く案内板のように拍子に乗った文章。

 綺麗に書かれた黒い文字の右下には右方向を示す矢印。

 白い手紙を畳んで元に戻して矢印の方向を見る。


「二枚目の手紙?」


 右のソファーにも同じように置かれた白い手紙。

 いつ置かれたのかすらわからない不自然さ。

 それなのに不思議と好奇心が背中を押す。


『おかえりなさい、可愛い子ども。

 おかえりなさい、可愛い友人。

 今日は何しにこの部屋へ?』


 こちらも同じく右下には右方向を示す矢印。

 なんだか不気味さが徐々に足元を暗くしている。

 周辺の明るさもなんだか先ほどよりも薄くなっている気がしてならない。

 部屋を出ることもできない僕はただ進むだけしかできない。

 白い手紙をソファーに戻して矢印の方向を向く。


「────ぇ」


 ────人間の標本が()()()()()()()

 白い風呂敷は床に投げ捨てられていて、誰もいない寂しげな椅子とその上に白い手紙が一つ。

 あの手紙を読んだら何かある。

 本能的に身体が警笛を鳴らす。

 早く逃げろ、と叫んでるのに足が自然と前へ歩く。

 左手の指先が手紙に触れて折り畳まれた部分を開いていく。


『い さ な り え か お』


 どういう意味だ? 

 質問とは違う、これはもしかして────。


()()()()()()()


 耳元で囁かれた透き通った声。

 背中を撫でる冷たい風が悪寒へと変わり、膝がガクガクと震え出す。

 この部屋には僕とチェシャ猫が入って、今動いているのは僕で喋る人間はいない。

 じゃあ、今後ろに立っているのは……()()

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