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霊童〜Lost of memory looking for end〜  作者: 秋桜
第一章『イカれたお茶会と死体愛好家』
4/41

我輩はチェシャである

 

 カチ カチ カチ カチッ


 少し音の外れた時計の音が鳴り響く。

 ──そうだ、昨日服を着たまま寝たんだった。

 眠気眼を擦り、左手で欠伸を抑えて右手を天井へ伸ばす。

 とても不思議な夢で、楽しかった……あれ?

 何かを教えてもらった気がするんだけどうろ覚えだ。

 チラッと時計の針を見ると時刻は六時。

 窓から見た景色は薄らと光が差し込んでいるため、陽が昇っているということ。

 随分と朝早くに目が覚めてしまったからか、二度寝をしたい気分。

 でも、夢の内容も思い出したい。


「確か……」


 シャム、シャム、ジャム? 悪戯っ子?

 違う、シャムじゃない。チェシャ?

 魚は食べない、季節柄で手に入りにくくて好物がケーキ。ブルーベリー、レアチーズ、ケーキ。

 よく音が外れているものになりすます、だっけかな。

 音の外れたもの。音の外れたものは、時計?

 確かに僕がこの部屋に入ってきた当初から音が外れた時計だとは思ったが、まさか。


「チェシャ、悪戯っ子」


 魚を食べないで、ケーキが好き。

 しかも、ブルーベリーレアチーズケーキ。

 ────本当に、()なのか?

 猫? 猫なんて、いたのか? 否、違う。

 今日も変わらず音の外れた時計を見つめている僕も不思議なんだが、どうなのか?


「今日も? もしかして『チェシャ猫は今日も悪戯っ子』?」


 ふと頭の中で完成した言葉を口ずさむ。

 曖昧ではあるけれど、なんとなくそんな感じだった気がして。

 ……反応がない。やはり、夢の中での出来事か。

 時計が猫になるなんて現実ではあり得ない。


「ほほう? 我輩の変装を見破るとは思わなかった」

「っ!? だ、誰!?」

「ここだ、ここ。お主の目の前におる」


 声のする方向へ視線を合わせた先には置き時計。

 人知れず、触れてもいないのにガタガタ揺れている。


「この姿では見えにくいか。仕方ない」


 突如、置き時計から煙が上がって部屋全体を包む。

 左手で咳き込む口を抑えて、右手で仰ぐ。

 何事なのかわからないため、成す術もない。

 薄らと晴れてきた視界で左右を見渡す。

 先ほどの置き時計が姿形もなくなっている。

 一種の幻か、それとも未だ覚めぬ夢の中なのか?


「だーれだ?」


 刹那、両目の視界を奪われる。

 生暖かいもので覆われて後ろから女性の声が響く。

 それに背中越しで抱きつかれている感覚もある。

 カリプ? 否、まだ知り合ったばかりだけども彼女がそんなことをするはずはないと思う。

 では、誰が……あっ。


「チェシャ猫?」

「大正解♪ おはよう、ア・リ・ス♪」


 背中越しで左頬にキスをされた。

 反射的に飛び降りて恐る恐るベッドの上を見る。

 半袖の白いブラウス、コルセット付きのスパイダーレース、薄紫色のフリルスカート。

 紫と黒の縞々模様のニーハイソックスが片足だけに履いていて────。


初心(ウブ)だねぇ〜、キスくらい普通なんでしょ〜?」


 ゆっくりと近づいてくるチェシャ猫から逃げる事も出来ず、ベッドの上へと強引に戻されてしまう。

 しかも、逃げられぬように今度はがっしりと首に抱きついてきて対面する形で密着される。


「とても不思議だね。こうして会うのは()()()()

「何度目、って……僕は初めてなんですけど」

「ん? ……ふむふむ、なるほど。アリスが我輩に慣れていない訳がわかったような気がする。でも、姿は変わらないから良かった」


 僕のことをチェシャ猫はアリスと言った。

 何度も面識があって、このやり取りに慣れていた。

 もしかしたら、カリプは仮の名前ではなく僕の本当の名前を知っていたから付けたのか?

 ……ダメだ。いくら考えても頭の中に一つも思い浮かばない。


「チェシャ猫は僕の名前を知ってるんですか? その記憶がないんです、気づいたらこの屋敷の前に」

「知ってるよ。我輩とアリスの仲だもの、忘れるわけない」

「あの、よかったら僕に教えてくれませんか?」

「イ・ヤ・だ・ね。我輩が教えるのは簡単だけど状況というものがある。まずは『お茶会』を思い出してごらん?」

「お茶会? そういえば────」


 夢の中で見た景色が鮮明に蘇る。

 足の長い椅子に座って帽子を被ったマッドさんと兎のサリーさん、犬のルーカスさんと話をした。

 それからマッドさんは僕に死が近づいているって言われて。


「僕、死が近づいているらしいんです。マッドさんが言う通りだと」

「うん。続けて」

「それから、チェシャ猫によろしくって。あと、()()()()さん? の部屋を訪れるといいって」

「マッドが、ねぇ────面白いね〜。それで肝心の部屋は見つかったの?」

「いえ、さっき起きたばかりで。……あっ、それとたぶん」


 スカートのポケットを漁ると、ひび割れた懐中時計が出てきた。

 夢の中で見た通りに銀色で時計の針は金色。

 あれ、でも、時間が『十一時二十分』で止まっている。

 午前か午後か、それすらもわからないまま時計の針は固定されているかの如く動かない。

 チェシャ猫も僕の手に持っている懐中時計を見つめてどこか知ってるようで教えてくれない、小悪魔のような笑みを浮かべる。


「案内してあげようか? 『フィリア』の部屋に」

「いいんですか?」

「うん。このままじゃ、アリスが危ないからね」

「どういうことなんです? マッドさんも教えてくれなかったんですが」

「それは、たぶん……本人に聞いたほうが早いかな」


 コンッ コンッ


 二回扉をノックする音が室内に響き、慌ててポケットへと懐中時計をしまう。

 チェシャ猫も空気に溶け込むように消えていなくなる。

 ガチャリと開いた扉から礼儀正しく一礼してカリプが入ってきた。


「失礼します。アリス様、朝食の準備が整いました」

「ありがとう、カリプ」

「食堂へご足労願うのも大変かと思いまして、朝食をお持ち致しました。ふんわり卵のプレーンオムレツと焼きたてパン、山菜のヨーグルトサラダでございます」


 一度廊下に戻り、サービスワゴンを押して再度入ってくると部屋の中に香ばしい匂いが広がる。

 待っていたと言わんばかりにお腹の虫も鳴き始めた。

 まずは朝食を済ませてからカリプに話を聞こう。

secret file 01

本来、お茶会メンバーは四人いる。

だが、その中にチェシャ猫は後から参加しているため含まれていない。


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