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霊童〜Lost of memory looking for end〜  作者: 秋桜
第三章『トイ・ボックスと招かねざる客』
39/41

慈しみが消えた日

 

「聞いた? お嬢様が────」

「随分と甘やかして─────」


 扉越しに聞こえてくるメイドたちの囁き声。

 根拠のない噂話で花が咲いていく。

 茎から伸びる棘が心に刺さるようでとても痛い。


「お嬢様? どうされました?」

「……なんでもないわ、プティシュシュ」

「何やら浮かない顔をしていらっしゃいますが……このプティめに悩みの一つや二つ、打ち明けてくださいませんか? お嬢様のお力に────」

「────私に理解者なんていないのね。今更考えてもしょうがないことなのに」


 幼少期から言われてきた戯言ばかりでうんざり。

 誰もお嬢様(アナタさま)を見て会話をしない。

 当主様の顔色を伺っている卑怯者たち。


「ごめんなさい、プティシュシュ。またね」


 震える指先と頬に伸びる涙の一本線。

 ────あぁ、どうしてこうも運命とは残酷なのか。

 この作られた身体で、この手袋越しの指でお嬢様を慰めることもできない。

 どうか叶うのなら、お嬢様のお傍で私は────。


『────お前の望みを叶えてやる』


「え? だ、誰ですか!? あなたは!?」

『叶えて欲しいのだろう? お前の望み、願い、心。お前の全てを捧げろ。さすれば望んだ結果が現実となるだろう。無論、手や足を自分自身で動かすこともできるのだ。主人のずっと傍にいられる』

「ずっと、傍に……」

『そうだ。ずっと傍にいられるのだ────永遠にな』


 ─────あ、ァ……どうしてこうも思えてしまうのか。

 私、プティシュシュは今初めて抱いたものが込み上げてきます。

 赤黒く歪な姿をした物体がやがて形を成していく。

 真っ赤なドレスと赤や黒といった薔薇が咲いて裾には蔦が伸びている。

 花嫁姿、というよりも────。


「どうして、こんなにも()()()()()()()と思えるのでしょうか? お嬢様、お嬢、サマ? ────ッ!? わ、私めは何を!?」


 お嬢様のことはとても敬愛している。

 私をこの世に生み出してくださった御恩、日々の会話、楽しそうに遊んでくださる笑顔。

 何よりも耐え難いお嬢様が与えてくださる想いが私、の────。


 ♢


「ねぇ〜、そんな暗い顔をしてどうしたのさ〜?」

「あのさ、チェシャ。この前言ってた探し物ってさ……その、ここにあるの?」

「それはわからないかな。どこにあるのかもわからない。誰かが持ち去ったかもしれないし、燃やされたりもするかも」

「随分と曖昧なんだね。チェシャが探してる物ってどんなものなの?」

「そうだね〜、一言で言うなら────『薔薇』だね〜」

「薔薇? 花の?」

「それは見た者にしかわからない表現だよ〜」


 薔薇を探しているチェシャ。

 植物の花のほうかと聞けば、それは見た者にしかわからない表現という。

 他の人によっては異なるものなのかな。

 そういえばこの屋敷に来て以来、植物を見たことがない。

 後でカリプに聞いてみよう。


「ところでさ、チェシャ。あのテントを見てみたくない? 僕、ここに来て一番気になってるんだ」

「あんまりオススメはしないかな〜。我輩からしたら人形劇に等しいくらいだから」

「まだメリーゴーランドにしか乗ってないからさ〜、行かない?」

「申し訳ありませんがお嬢様、ただ今の時間では開演しておりません。主に夜をメインに活動しているサーカス団なのでまた夜にでもお越しください」

「そっか〜、ちょっと残念ですね」

「そう気を落とさないでください。今、ショップのほうで団員の一人がいらっしゃいます。そちらでお話を伺ってみてはいかがですか? お嬢様がお見えになっていることにまだ気づいていらっしゃらないようですので」


 もしかしたら、チェシャの探し物やプティさんのことについて何か聞けるかもしれない。

 隣に立つチェシャに視線を向けると無言で頷いた。

 プティさんに返事を返して左側にあるショップへ。

 猫、犬、兎とまるでサーカス団のような衣装のぬいぐるみが店頭に並んでいて胸元には名前が付いて『チェムシ』、『ルーカス』、『サリー』の三匹。

 店内はお菓子の缶にペン、消しゴム、スケッチブックに写真立て。

 中央のレジで店員と話をしている幾何学な服装の男性を見つけた。


「あの人がそうかな?」

「気になるなら話しかけたら〜? 我輩はここでお菓子の物色してる〜」

「わかった」


 レジの前まで歩いていき、幾何学な服装の男性に声をかけてみた。


「すみません、あなたはサーカス団の方であってますか?」

「ん? おうよ! 森のサーカス団の一番手、火縄のルーミーとは俺のことさ! ……って、お嬢じゃねーか!?」

「お嬢様!? いつこちらへ!?」

「え? ついさっきまでプティさんと話をしてからショップのほうに」

「なんだよ〜、副支配人が道理でニヤニヤ笑って誤魔化してたわけだ。ルーシーは知ってたか?」

「ううん、ウチも初めて知ったから。全然」

「だよな……ったく、お嬢が来るんならもっといい衣装着て驚かせたかったよ」

「僕のほうこそ突然来たものですので、あまり落ち込まないでください」

「うん? お嬢が珍しく俺たちに敬語使ってる? なんかおかしなものでも食ったのか?」

「そうだね、お嬢様がウチたちに対して敬語は初めてだ。前より痩せた?」


 事情も兼ねてお互いに自己紹介をすると二人は双子の兄妹で妹のルーシーさんがこのお店の店長らしい。

 ルーミーさんは暇つぶしに来たみたいで雑談をしていたら、偶然にも僕が来たと。

 残念そうなルーミーさんを横目にルーシーさんがパンフレットを手渡してくれた。


「はい、新版のパンフレット。お嬢様が来たときに渡そうと思ってたから」

「ありがとうございます」


『トイ・ボックスの楽しみ方』と書かれたパンフレットの表紙を一枚捲る。

 サーカス団やショップ、夜の公演など写真ではなく自作のイラストで彩りの豊かさを感じる。


「副支配人・プティシュシュ、支配人────」


 ─────アリシア・ストレリチア。

 初めて知ったアリシアさんのフルネーム。

 真っ白なドレスに身を包んだ金髪の少女が仲良くプティさんと手を繋いでいるイラスト。

 この場所を作りこの場所の人たちに好かれていながら『処分』すると何故決めたのか。


「あっ、お嬢。時間は大丈夫なんかよ?」

「えっ?」

「またまた〜。今度こそ怒られるぞ? 『()()()()』に」

「だってこの前……あ〜、そうだったね。覚えてないんだったね」

「何かあったんですか?」

「うーん、まぁ、気になるよね。何せお父さんの大切にしてた『薔薇』をこっそり持ってきちゃうくらいだから」

「許してもらえたみたいだが、あの時はすごく落ち込んでたな。お父さんがお花だけ見てるって」


 チェシャが探している『薔薇』。

 それはもしかしたら、アリシアさんのお父さんが持っていた『薔薇』ならこの屋敷のどこかにある?


「名前なんだっけ?」

「『ブラッディークイーン』。紅の女王とも呼べる真紅の薔薇でお父さんが育ててたとか」

「けどさ、副支配人があん時におかしなことを言ってたんだよ。『私の中で最も大切なものが消えました』って」

「最も大切なもの?」

「大事にしてたお菓子の期限が切れたとか?」

「それはそれであり得ないわ! ハハハッ」


『ブラッディークイーン』という真紅の『薔薇』。

 それを持ち出したアリシアさんと様子のおかしかったプティさん。

 チェシャが探しているのも『薔薇』。

 さっきプティさんから聞いた話だと若い女性の『頭』。

 妙に話が噛み合わない。不自然すぎている。

 プティさんが嘘をつく理由がある?

 チェシャが僕に対して嫌悪を抱いているのは知ってる。

 でも、それでわざわざ『探し物』をさせる必要はないはずなのに────じゃあ、誰かが嘘をついている?


第三章簡易ファイル


・『ブラッディークイーン』。

  ───真紅の薔薇。


・『プティシュシュ』

  ───元は木彫りの人形。

     けれど今は空の器。


・ぬいぐるみの三匹

  ───『ム』は『ヤ』と似ている。

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