奪われた希望
────翌日。
何事もなかったかのように元気なリュークさんが部屋の前に立っていた。
前までは話をすることすら、まともに出来なかったのが嘘みたいに感じつつも部屋の中に入ってもらった。
「リュークさん、体調のほうは大丈夫なんですか? 食事は? もし、まだなら僕が──」
「ありがとな、アリス嬢。けど、見ての通り大丈夫だ。心配かけて悪かったな」
ゴツゴツとした手が僕の頭を撫でる。
男の人の手は遥かに大きくて重い本を軽々と持てるくらい逞しくて……あの記憶で見たお父さんもそんな手だった。
「どうした? 撫でられるのは苦手か?」
「いえ、その、あまり撫でられることに慣れてなくて。こんな時はどう反応したらいいか、わからないんです」
「そうだなぁ、俺の娘は『もう! お父さん! 子ども扱いしないで!』って怒るからアリス嬢の反応は懐かしいよ」
「そう言われると僕もなんだか嬉しいです」
お父さん、か。
リュークさんの娘からしてみれば恥ずかしくて照れてしまいそうなことなんだろう。
あんまりそう言った体験や記憶が断片的にでも見つかってくれたなら、同じ気持ちになったのかな。
「よし、とりあえず座るか。アリス嬢、ちょっとだけ俺の話に付き合ってもらってもいいか? おじさん、娘以外で話しやすい人間少ないからさ」
「はい、喜んで」
リュークさんがベッドの前の椅子に座って僕は対面になるようにベッドへ腰掛ける。
「アリス嬢。俺はこの屋敷に取材にきた。それは覚えてるな?」
「はい。碌なネタ? だと編集長に怒られるとか」
「そこまで覚えてたか。……まぁ、いい。だが、あくまでも取材は建前で本当はアイツを探してこの屋敷に来た」
「もしかしてリュークさんが以前……」
「あぁ、今となっては情け無い限りだがな」
───『クラウディアを殺したアイツが今度は俺の娘を奪おうとしてるんだ!』。
あまり聞いてはいけない気がする。
けど、今聞かないとダメな気もする。
「その、リュークさんが探してる人はどういう人なんですか?」
「そうだな。少し話は長くなるんだが────」
「アリス〜、小難しい話なんて放って置いてスコーンでも食べに行こうよ〜」
「ごめん、チェシャ。今ちょっと聞きたい話があって、後でも大丈夫?」
「だーめ〜、我輩の用件が最優先〜」
宙をくるくると浮かんでは背後に回って抱きついてくるチェシャに苦笑い。
リュークさんがせっかく話をしてくれるのに。
「いいんだ、気にしないでくれ。長い話だからな……そうだ! おじさんの使い古しになるんだが、もらってくれ」
コートから取り出したのは、リュークさんが愛用しているメモ帳で飛び出すように家族写真が見えている。
反射的に返そうと両手を出したけど逆に押され、握る形で渡されてしまった。
何か不吉な予感が頭を過ぎる。
考えてはいけない思考が止まらない。
「リュークさん! 何を考えてるんですか!? よりにもよって家族写真まで!」
「アリス嬢。俺は今までで一番大事な場面に向き合ったのは娘が産まれてきてくれた瞬間とこの屋敷でアリス嬢に出会えたことだと思う。望んでたものがたとえ違ったとしても自分の考え方や捉え方で変われるものさ」
「リュークさん? 何を言ってるんですか?」
「少し遅すぎたみたいでな……ドジった。だから、俺からできる最高の贈り物だ。俺の住所は最後のページに書いてある。きっとクリスも喜ぶ」
足早に立とうとするリュークさんに手を伸ばす。
───けれど、横から伸びた細い手に掴まれてしまった。
首を振るチェシャの瞳が揺らいでいる。
言葉を出さずともチェシャが何を言いたいのかがわかってしまう。
「チェシャ、お願い!」
「ダメ。それはアリスがよく理解していること。おじさんはこの屋敷に泊まって何日経った?」
「何を急に……そんなことより! リュークさんが!?」
「アリス。あのおじさんはね────もう三日目なんだよ」
「三日目、って……」
フィリアの部屋を探索するときからいるのに三日目?
何かの間違いじゃ────否、違う。
マッドさんがお茶会で言っていた『運命』を回避したのは三日目、僕がキャロルと対面して話をしたのは昨日。
もしかして三日目には必ず『怪異』と対面しないといけないの?
「それじゃあ……リュークさんは」
「その先はアリスが決める事。我輩が選択することじゃない、アリスが決めるもの。結末を見るか見ないかじゃなくてその過程において何を望んで歩いてきたか、我輩からの教訓。ただし、おすすめはしない。それだけは言えるかな」
このまま立ち去ってしまうリュークさんを放っておくべきなのかな?
お礼すらできていない僕がただ座っているだけでいいの?
────違う。まだ出来ることはあるはず。
「我輩は止めない。行ってくるといいよ、アリス」
チェシャの細い手の拘束が解かれる。
何も言わず小さな笑みを浮かべるチェシャに小さく頷く。
ベッドから立ち上がり、リュークさんの後を追いかける。
屋敷の外へ出てしまったのか階段の踊り場には既に姿はなく、一階へ降りていくと屋敷の玄関でようやく人影が見えた。
「よかった、まだ間に合う! リュークさ────」
──────ぴちゃ。
足元に不自然な水の音。
乾いているはずの床が何故か濡れている。
階段を慌てて駆け上がってきたせいか心臓がバクバクと脈を打つのが身近に聞こえている気がする。
たぶん、追いかけるのに必死で聞こえてなかったんだ。
そうだよ、きっと。やめて、やめてよ、そんなこと考えるな。
首筋から背中を伝って冷たい汗がそっと撫でる。
呼吸が荒くなっていき、やがて見なければならない光景へと視線が降りていく。
「───ぁ───」
やっとの思いで捻り出した声。
信じたくない、こんなのって……。
「────ぁっ───ぅ───ぁぁぁァァァァ!!」
崩れ落ちるように膝から力が抜けていく。
さっきまで話をしていた人間が今では動かない。
血溜まりの中心に横たわるリュークさん。
それを見てただ座り込む僕はただ、泣き崩れることしかできなかった。
第二章簡易file
・解決したはずなのに何故、死人が出たのか?
────『怪異』と対峙していないから。
・何故、外ではなく玄関?
────それは『あの子』がよく知ってる。
Q.誰の『希望』?
A.I will know from this.
────To the next chapter.




