闇に見える色
『grim』ことキャロルが書いた本。
「THE story you should read」、あなたが読むべき物語。
どういう意味なのかはわからないけど僕が読まないといけない気がする。
「アリス、本当にいいの?」
「うん……少し怖いけど、見たいから」
ベッドに腰掛ける僕とその隣で覗き込むチェシャ。
震える指先を握って拳を作り開いては作ってを繰り返して、いざあの『書斎』へ行こう。
本を開いてページを一枚捲る。
何も書かれていない白い紙だけのページばかり。
確かあの時は再度開いてから黒い文字が浮かび上がってきた。
なら、今回も同様に一旦本を閉じて────。
『思い出せた? お姉ちゃん』
1ページ目の上段にくっきりと文字が浮かび上がる。
前回とは違い、はっきりと書かれて印刷されたかのように読みやすくわかりやすい。
「キャロル、教えてほしい。なんで僕だけじゃなくてリュークさんも巻き込んだのか」
『まだわからないの?』
「わかんない。だから、もう一度でいいから書斎に行かせて」
返答が来なくなった。
黒い文字も消えていき、再び真っ白なページに戻る。
失敗? もしくは踏み込みすぎたかな?
これではまた振り出しに戻ってしまう。
「アリス! 見て!」
「え?」
白くなったページに何かが浮かび上がる。
文字ではなく風景に近くて白黒で、あの『書斎』そのもので中央のカーテンには────『見せてあげる』と。
突然、本のページが左から右へと捲られていく。
部屋の窓や扉は閉じ切っているため風が吹いているわけではない。
この状況に慣れてしまう僕を置き去りにして眩い光に包み込まれた。
♢
「何度言ったらわかるんだ! 私の娘であるアリシアが嘘をついているとでも言うのか!?」
「い、いえ、そういうつもりではなくてですね。現状ではあまり発見されていないことですので……」
「もういい! 帰ってくれ、これ以上私を怒らせないでくれないか? 君も知っていることだろう?」
「はい、存じ上げております。ストレリチアさん、大変言いにくいことですが……」
扉の隙間から室内を覗き込む。
廊下から漏れていた光に導かれてたどり着いたのはお父さんの部屋。
お父さんと担当医の先生が互いに言い合い、何か話をしているのが部屋の外の廊下まで聞こえる。
勝手に入っちゃいけないってお父さんに怒られちゃう。
でも、なんだかすごく気になって。
「気になるなら見に行く?」
「うーん、お父さんがあんなに怒ってるところに行ってもまた怒らせちゃうから」
「お父さんが心配になって入っちゃった、ごめんなさいって言えばきっと納得するよ。アリシア」
「そうね、名案よ。さすがアリス!」
音が大きくならないように軽くハイタッチを交わす。
アリシアが扉を開いて僕と一緒に室内に入る。
「アリシアは────アリシア? どうしたこんな時間に」
「ごめんなさい、お父さんが心配になって」
「すまない。部屋の外まで聞こえていたのかもしれないな、起こしてしまったか?」
「ううん、大丈夫。アリスが一緒にいたから、ねっ?」
「うん! 僕も一緒にいるから」
♢
────パタンッ
本を閉じる音が辺りに響く。
静かすぎる周囲に広がる真っ暗闇。
中央に女の子座りをしたキャロルとその手には見覚えのある一冊の本を持っていた。
「思い出せた?」
「ううん、全然。でも、アリシアさんと僕は昔は仲良かったんだって驚いたけど」
「思い出せてないの? お姉ちゃん、いい加減に目を覚ましてよ! お姉ちゃんがおじ様のことを話すときはいつも辛そうで私だってこんなこと……本当はしたくないのに、思い出してほしいから。ねぇ、思い出してよ。思い出さないと────あの人が死んじゃうよ?」
キャロルが指を差した先、そこには横たわるリュークさんの姿があった。
動く様子もなく、遠目で見ただけではただ眠っているように見える。
「キャロル、やめて。リュークさんは関係ないよ!」
「関係あるよ。おじ様がお姉ちゃんにしたようにあの人は同じことをしてるんだよ? 毎日のように仕事、ちゃんと家庭を見てるフリして飾りとしか思ってない。お姉ちゃんならわかるよね、おじ様はお姉ちゃんのことこれっぽっちも理解なんてしてない! 理解してるのは……私だけ。おばあちゃんが居なくなってからずっとお姉ちゃんだけが私の友達、ううん……家族同然なんだよ。お願い、わかって」
「リュークさんは、ちゃんと娘さんのことを考えてる。娘さんの話をするときは笑っててふにゃっと優しい顔。娘さんのことを飾りとか見てるフリなんてしてない。キャロル、リュークさんを元に戻して。お願いキャロル!」
「どうして? どうしてこうもお姉ちゃんは私の言うことを聞いてくれないの!? それならいっそ────ここから出られないようにしてあげる」
顔を俯かせたまま立ち上がるキャロル。
リュークさんのほうへと向かうかと身構えるがどこか様子がおかしい。
軽く身震いをしたかと思えばぎろりと睨む瞳。
肩から力を無くした腕はゆらゆらと揺れる骨の音、首は座るどころか左右に揺れて安定を失っている。
「ねぇ、お姉ちゃん。私ね、なんでこんな姿になったかわからないんだ。でも、お姉ちゃんはわかるよね? だって────」
─────『あの時』私は死んだんだから。




