既存の光景
立ち話では意味がないと判断したのか、カリプに頼んでこの屋敷に泊まることになった。
碌なネタ? では編集長に怒られてしまうとのこと。
「いや〜、悪いね。二、三日で帰るんだが生憎、夜道だと何が出るかわからないもんで」
「いえ、お気になさらず」
カリプ、リュークさん、僕という順に二階へ上がって泊まる部屋へ向かう。
無論、僕はただ部屋に戻るため後ろを追っているだけなのだが。
リュークさんの部屋は僕の隣で、内装が同じだがこっちにはタンスと背もたれ付きの椅子が一つある。
扉越しとはいえ、室内は各部屋で違うのか。
「それでは、私は業務に戻らせていただきます。何かあれば食堂もしくは黒電話でご連絡を」
「あいよ」
「失礼します」
僕とリュークさんに会釈してスタスタと階段のほうへ歩いて行った。
「あっ、嬢ちゃん! ちょっといいか?」
「僕ですか?」
「他に誰がいるんだよ。少しおじさんの会話相手になってくれないか?」
あまり『嬢ちゃん』という呼ばれ方は気に食わないが、素性を知らない人にはそのままが良いのかもしれない。
聞かれないことには口を出さない、それが一番だ。
部屋に入ると僕は背もたれ付きの椅子に腰掛けてリュークさんはベッドの上で胡座をかく。
「おじさんと二人っきりで怖いのは仕方ないさ。俺が嬢ちゃんみたいに小さければ誰だってな。いくつか質問させてくれ、まずは名前を聞きたい」
「アリスです」
「アリス、アリス……いや、随分と見た目も名前も可愛いと思ってな。家族とかは? この屋敷に一人?」
「一人です」
「ふーん、女の子一人でね。家出にしても遠すぎるからな、徒歩でなんて途中で家に戻ったほうが賢明だ。でも、なんでこの屋敷に?」
「天気が良くなくて、何日間か」
「ふむ……」
ボサボサに整った黒髪と左頬に小さな擦り傷。
ここに来る途中に枝で切ったのだろう。
手帳に素早く質問の内容と応答、後ろのページを捲っては前のページと照らし合わせている。
「リュークさんは新聞記者なんですよね?」
「おう。これでも一応、自分の会社を持つ社長……なんだが、俺一人の事務所さ」
「この屋敷のこと何か知ってるんですか?」
「知ってるも何も有名だぞ……ほほう? さては、とある貴族の御令嬢かな〜? いい後ろ盾が出来そうだぞ、これは」
この屋敷が有名か。
リュークさんは町から来たと言っていたから、屋敷の知名度はかなり高いのか。
もう少し話を聞いていたい。
「どういう風に有名か、詳しく聞いても?」
「勿論! じゃあ、まずは『あの噂』からか」
「『あの噂』?」
「あぁ、これはどちらかといえば『童話』に近いがな……」
────この屋敷は元々、とある有名貴族が建てたらしくて別荘にしては場所が悪い。
何せ、森の奥地にあるんだからな。
馬車を走らせれば一日、徒歩で二日は軽くかかりそうな距離にあって町には遠い。
そんなところのどこが有名かと聞かれたらまず先に出てくるのが、『死体愛好家』の話だ。
屋敷のある部屋で女性が謎の死を遂げた。
生前、女性はよくこういうのを口ずさむように繰り返し歌っていたらしい。
『────いらっしゃい、いらっしゃい。
ようこそ、私の部屋へ。可愛い、可愛いお客さん。
おかえりなさい、可愛い子ども。
おかえりなさい、可愛い友人。
今日は何しにこの部屋へ?』
他にも似たような歌を歌っていたみたいで不気味に思った他の人間は聞かないことにしたらしいんだが……。
数日後……女性が相次いで行方不明になるようになった。
荷物などが部屋に放置されたままでつい先程まで人が居たという痕跡はあるのに。
周囲を隈なく警察関係者が探したんだが、消えたかのように見つからなかった。
さらにそれから三日経ったある日────死体が見つかったんだ。
その遺体の欠損した部分は疎か────バラバラに近かった。
死亡解剖の結果だと生きたまま切断されたらしい。
それも、非常に慣れた手つきで断面も綺麗に。
「────と言った経緯から死体を切断するなんざ証拠隠滅や事件をお蔵入りにさせる計画的犯行か、なんて騒がれたが見つかった仏さんがあんな状態じゃなぁ」
「仏さん?」
「警察はどうかは知らないが、俺は死体を仏さんと呼んでる。わざわざ死体や遺体なんて堂々と話せるほど度胸がない男なのさ俺は。話を戻すと、見つかった仏さん……足りないんだ」
「足りない?」
「切断するにしても血液の量や細菌の数、異臭も含めて身体の状態から死後何日なのかを計算できる。死後硬直は死んでから二十四時間以内、まず脳から心臓へ、そこから血液中の酸素の循環がなくなって体温がどんどん失われていく。あくまでも、おおよそだがな。つい話が逸れちまう、悪い癖だ。えーとな……」
見たほうが早い、と僕にメモ帳を見せてくる。
びっしりと書かれた黒い文字と並んで下の部分に丸く囲んだ中をリュークさんは指さす。
「見つかった仏さんは全部で三人、全員女性。衣服は身に纏ってなくて欠損した部分は切断以外に噛み跡もあって余計に手がかり掴めず。ここに切断された部分を……あっ、アリス嬢は別に見なくてもいいぜ? ここまで巻き込んでなんだがよ」
「いえ、大丈夫です」
今はとにかく情報が欲しい。
僕の死を回避するのもそうだけどフィリアのことをよく知るためにも、もっと。
指先の方向には切断された部分が詳しく書き込まれていた。
『一人目────両腕以外、発見。各関節に縄のようなもので縛られた痕跡あり、切断面が少々荒い。
二人目────胴体以外、発見。こちらも同様に痕跡あり、切断面が以前より綺麗なため慣れ始めたか。
三人目────両足以外、発見。同様に痕跡あり、だがこちらは少し腐敗していて切断面が確認しづらい。死後二日は経過した様子』
両腕、両足、胴体、まるで人間を……!?
まさか、あの部屋で見た剥製ってこの人たちの身体で作られたものか!?
でも、あの時は確かに頭部があった。
三人とも身体の部位の一部を切断されて、残りは放置されたと考えると相手には確かな目的がある。
だが、どういう目的で狙った?
『死体愛好家』はどうして女性ばかりを────否、違う。
女性じゃなきゃダメだったとしたら目的は、もしかしたら────。
「アリス嬢?」
「まだ完成してないんだ、標本が。相手の優れた部位ばかりを狙って切断した。けど、三人目だけが上手くいかなかった。何故?」
「その情報っ、もっと詳しく! 完成してない? 何がだ!?」
「標本ですよ、人間の」
この考えが正しいと次に狙われているのは僕で間違いない。
ただ一つだけ疑問が残る。
何故、人間じゃなきゃいけなかったのか?