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殺す

























殺す…。殺す…。殺す…。あいつらなぶり殺しにしてやる!

 エリカはもうただの女ですらなかった。悪鬼そのものだった。

 上空を飛んでいたオリーブドライブ色のヘリが、低空まで下りてきた。


「陸上自衛隊…、あいつらぶち殺せえ!」


 左右に短い翼をつけたヘリは、恭輔の上を素通りしてエリカの視界から消えた。

「そんな…」

 エリカの叫びは、恭輔をなぶっていた者たちの耳にも届いたようだった。

 五、六人が笑い声を上げてこちらに走ってくる。

 おしまいだ…。

 自分も、田中も、恭輔と同じようにあそこに連れ出され、なぶり者にされて殺される…。

 もう、だれにもどうすることもできない…。


 くやしい。


 恭輔をあんな目にあわせた奴らに何もできないことがくやしい。

 恭輔をあんな目にあわせた奴らになぶり殺しにされるのがくやしい!

 その時、空が真っ暗になった。

 上空を覆う巨大な物体…。

 恭輔をなぶりものにしていた奴らが、砂浜の上で這いつくばっている。

 ドラゴンは人を食う。

 エルフたちが「神」とあがめるその姿は、吐き気を催すほどまかまがしく、いやらしい。

 一頭だけではない。十数頭のドラゴンが地上のエサを求めて急降下してくる!

 きょうすけ…。

こんな土人の土地で、イグアナの化け物に食われるのが、あのやさしい男の運命なの?

 その時、ガバッという音とともに視界がふさがれた。

 ドーンという音とともに衝撃が伝わってきた。

 自分の顔の上に、田中が上半身をのせたらしいことに気がついた。

 こじ開けるように顔を出す。

 ドラゴンたちが爆発している!

 一頭、また一頭と、頭を爆発させ、真っ黒い血を噴き出して海の上に落ちていく。

 這いつくばっていた奴らが騒いでいる。パニックになったらしい。

 飛行機、それも軍用機からミサイルらしいものが発射され、ドラゴンの頭に突き刺さっていく。

 航空自衛隊? しかし、ここにいるはずが…。しかし、低空を飛ぶ銀色の飛翔体には、昨夜の倉庫で恭輔が背にしていたマーク、「日の丸」がはっきりと描かれている。

田中がつぶやくように言った。

「F35…。まだ訓練中の機体を出したのか?」

彼らは全てのドラゴンを撃ち落とすと、沖に去っていった。

その時地面がバウンドしたかのような衝撃を感じた。

「今のは…」

 ゴーッという何かが燃える音が聞こえる。

「戦闘ヘリコプター、AH64Dアパッチ。対地攻撃能力があるんですよ。ナパームを撃ち込みました。林を燃やして、敵をあぶりだします!」

 ヒューッという高い音が聞こえ、一瞬聞こえなくなった後に巨大な爆発音がした。それが連続して聞こえてくる。

「127ミリ砲の砲声です。…ここは大丈夫ですよ。新条一尉がなぜ『ここからまっすぐ』飛び出したかわかりますか? 我々の位置をヘリに知らせるためです。さらにあいつらが飛び出した所から、ミリティアがどのあたりに潜んでいるかもわかっているはずです」

「だけど大砲なんか、どこにも…」

「艦砲射撃ですよ。『渦』の向こうから撃っています。とうとう始まる…」

「戦争…」

「そんなことにはなりませんよ。日本人にとって法なんてたいしたものじゃない。我々という存在がそれを証明しています。日本人の死傷者が出たことを知り、ここで同胞の屈辱的な姿を目の当たりにして、日本国民は専守防衛も、交戦規定も、憲法第九条もどうでもよくなってしまった。これから起きるのは戦争なんかじゃない…。虐殺です!」

 炎にあおられた亜人が林から次々に飛び出してくる。いつのまにかヘリが四機にふえていた。「アパッチ」の他は、側面に対して前面がひどく細い、バッタのような姿をしている。

「あれは…」

「アタックヘリ、AH1S。『コブラ』と呼ばれています」

 「コブラ」の機体の下に、金属の樽を横にしたようなものが取り付けられている。「樽」の蓋に当たる部分がうなりをあげて回転した。回転が最高潮に達した時、「樽」の中央の銃身から弾丸が飛び出した。連続して飛び出したタマは、一人を除いた地表にいる全ての生物の上に降り注いだ。

 もともと亜人たちは武装していたはずだが、銃を持っている者はほとんどいない。銃を持っていても空に向けようとする者はさらにいない。たとえ空に向けたとしても、ヘリを撃ち落とすことなどできないだろう。

 陸上戦においては、上空を占める者が圧倒的に有利なのだ。

 大口径の機銃弾が、亜人の体そのものを削り取る。血が、肉が、骨が、内蔵が、砕けて飛ぶのが見える。エルフの赤い血、オークのグリーンの血、ゴブリンの青い血が真っ白な砂浜を汚す。薬莢が地面にパラパラ落ちる。その様子が、その銃の威力に対してひどく軽いように見える。一機一機のヘリがぐんと降りてきた。一機のインディアンと三機の毒蛇が、まるで一人一人を狙うかのように、執拗に追いかけ回す。その執念深さは爬虫類そのものだ。田中が再びつぶやいた。

「いくらなんでも…、低く飛びすぎた。地上の援護もないのに、RPGを撃たれたら…」

 その時砂浜に、二機のヘリを従えた巨大な船が現れた。

 いや、船とは言えない。船が浜に乗り上げられるはずがない。しかし海からやってきたことは間違いない。その「船」は、「船底」がとがっておらず、黒い巨大なスカートのようなものをはいている。子どものころ図鑑で見た「ホバークラフト」に似ていた。再び田中がみたびつぶやく。

「エルキャック…。『おおすみ』がここへ?」

 平たい形をした二機のヘリに護衛された「エルキャック」は、その甲板にあるものを見せた。

 その二つのモノは、甲板から砂浜まで自走した。ちょっとのんびりした動きだ。しかしそう思えたのは一瞬だった。彼らが砂浜に降りた五、六秒後には信じられないような速度で走っていた。高速で回転する巨大なキャタピラ、その上に四角い、前方にかけてV字型の切れ込みのある砲塔が載せられ、その前面から太くて長大な砲身が突き出している。

「あれは、10(ヒトマル)式…」

 今度はエリカがつぶやいた。

「せ、戦車…」

 砂浜はたださえ亜人たちでごったがえしている。「ヒトマル式戦車」は、その真ん中につっこんでいった。一人をのぞけば全てが敵なのだ。戦車隊を「(パンツァー)」と呼ぶ国があると聞いたことがある。しかし砂を後方に巻き上げて走る姿は豹どころではない。鋼鉄の象そのものだ。しかも象のような鈍重さは全くない。凹凸のある砂地を豹のように滑らかに走る。あれほど恐ろしかったミリティアがこびとのように見える。エルフの一人がロケット砲を発射した。そのまま砲塔に当たった。パッと何かが光った。鈍い音がする。光が消えた。破孔がない! ペンキさえ剥げていない。

「バカめ…。RPG7なんていう貧乏兵器に、10式の前面装甲が破れるか!」

 田中が上で何か言っている。

 恭輔の服を剥いでいたエルフやオークたちは、とっくに彼の体を放り出していた。さっきはドラゴンにひれ伏していたが、それどころではないのだろう。必死に、逃げる。それを戦車がおいかける。象と亜人のおいかけっこだ。亜人に勝てるわけがない。走っていた一人がたまらず後ろを見た。そのままキャタピラの下に巻き込まれた。一人、また一人。戦車が通った後に、生物だったモノが、ただの青い、肉の塊が転がっている…。

 田中がつぶやくのではなく、エリカに言った。

「目も当てられない惨状ですが、これは必要なことなんです! この世界の亜人は、隣りにいた奴が撃たれて一度は逃げても、相手に隙があると思えば武器を出して攻撃してくる。女でも子どもでもエルフでもオークでもゴブリンでもやることは同じです。だから救命活動であれ何であれ、まず武器を持った者を一人残らず無力化することが必要なんです!」

 ……何よ。

「何よ、何よ、何よ! こんなの持ってるんだったら最初から出しなさいよ! ここの連中がどんなに頭が悪くても、こんな相手にケンカ売ろうだなんて考えないわ!」

「しかし、自衛隊は戦うための軍隊ではない。戦わないための軍隊です。これでもう、戦わなくてすむ。丸腰の日本人がこの世界のどこを歩いてもだれも手を出さない。医療、衛生、食糧支援。本当の援助が可能に…」

「この世界のことなんか、知るかあ!」

 これを最初から出していれば、高橋も死なずにすんだ。恭輔も、あんな目に会わなかった!

「…あなたは見ない方がいい」

「あたしが何人死なせてきたと思ってるのよ! あいつみたいな、自分の女の敵でさえ撃つのをためらう奴とは違うわ!」

 その時エリカは、一見無茶苦茶に見えた自衛隊の行動が、秩序だった「作戦」であることに気がついた。林に火をつけていぶし出す。四機のヘリが時計回りに移動しながら機銃を撃ち、民兵たちを砂浜から出られなくする。戦車はそこを縦横に走り回る。もはや逃げ場は海しかない。すべて敵を追いつめるための行動なのだ。

 洋上で「エルキャック」をエスコートしていた二機のヘリの扉が勢いよく開いた。中から機銃の先が現れる。二丁の機銃が次々に火を吐く。射手の体が剥きだしだが、もはや警戒する必要がないのだろう。ヘリは機銃の先が下を向くよう、そして射手を海に振り落とすことがないよう、絶妙の角度を保ちながら飛ぶ。海に飛び込んだ亜人に、至近距離から機銃弾を撃ち下ろす。

 …ついに、全ての喧噪がおさまる時がきた。銃声がすべてやんだ。砂浜にまともに動いている亜人はひとりもいない。まともに声を出している者はひとりもいない。

 田中の重みが背中から消えた。しかし両手はまだエリカの両肩の外にある。つまり田中の両腕の間にまだ、エリカの体は挟まっていた。田中はまだ警戒しているらしい。砂浜を凝視している。

 エリカは上半身を反らせながら後頭部で田中の顎に思い切り頭突きをかました。

「ぐ…」

 そのまま両手で砂をつかんで地面を蹴った。

 前傾姿勢のまま駆けだしていく。

 あちこちでうめ声がする。

 亜人たちの赤と青と緑の血の色に染まった砂地に足を取られながら走る。

恭輔…。

恭輔…、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔、恭輔!

 10メートルも行かないうちに走れなくなった。左足首に重みを感じる。振り返った。

 エリカの足首をつかんでいる者がいる。「あごひげ」だ。下半身がない。

「た、たすけ…」

 かろうじて声は出るらしい。

 エリカは握られた左足を軸足にして、「あごひげ」の顔を思い切り蹴飛ばした。

 足首の重みがなくなった。

 体を反転させて走る。後ろで銃声がした。田中が「あごひげ」にとどめをさしたのか。かまっていられない。



田中はエリカの後を追って走り続ける。

 すでに第一分隊の生き残りは自分だけになった。

 しかし第一分隊の任務はもうすぐ終わろうとしていた。

 アゴが少し痛い。さっきは完全に不意打ちだった。

 全くこの人は…。

 自分が感じていることの筋の通らなさはわかっている。

 この人は隊員ではなくただの保護対象だ。自衛隊に協力する義務などない。

 しかし、「この人が真奈美を刺激しないでくれたら」「もっと真奈美に気を使ってくれたら」という気持ちがどうしても首をもたげる。

 もしそうしてくれたら、真奈美はあんな無茶をしなかったのではないか。

 もっとも、もしあの場面で真奈美が無茶をしなければ、四人とも死んでいたかもしれない。

 しかし、あの無茶をしたから真奈美は死んだ。

 ついさっき自分は、前を走る女の思い人の無惨な姿を見せながら、この人が飛び出すことができないように押さえつけた。

 任務だった。

 やらなければならないことだった。

 しかしその時、「自分の思い人も死んだのだから、あんたの思い人も…」という気持ちがなかったろうか。

 むろんこんなのは筋違いだ。

 あの時真奈美を止める責任は、だれよりも上官である新条にあった。

 しかし真奈美や新条と違い、彼の思い人は何の傷も負うことなく、自分のすぐ前を走っている…。

 戦車の天蓋が開いて戦車隊員が上半身を出した。

 右の拳を突き上げている。

 万国共通の、兵士から民間人への、遠くからでも見落とすことがないというサインだ。

 その意味するところは…


「止まれ。止まらなければ撃つ」



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