第二十五話 変わって、変わらないものがある
「ねえディ-」
「うん?」
「そろそろ騒いで良い?」
「外にまで迷惑かけないんだったら」
ディリスが許可を出すと、エリアは思い切り扉を開き、ベッドの上へとダイブした。
「やたー! 久々の我が家! 我が家だよディー!」
プーラガリアのいつもの宿。ディリス達にとってもはや家と言っても過言ではない場所だ。
ゴロゴロと転がるエリアを見ながら、ディリスはルゥへ声をかける。
「ルゥは騒がないんだね」
「あ、えと、エリアさんを見ていたらお腹いっぱいになってしまいまして。えへへ……」
大人と子供が入れ替わっているな、とディリスはぼんやりと考えた。その間にも荷物を片付け、備え付けの椅子に腰を下ろす。
大きく息を吸い、そして吐く。ゆったりとした時間。そこでようやくディリスは全てが終わったのだと実感することが出来た。
「何ていうか……嵐のような出来事だったね」
「あの後、結局フィアメリアさんがだいたい何とかしてくれたもんね」
決戦が終わった後の事だ。
辛うじてハルゼリア大神殿を脱出したディリス達を待っていたのはフィアメリアだった。
彼女は全てが終わったことを悟ると、直ぐにディリス達を保護し、プーラガリアまで連行した。そこにはもう『六色の矢』はいなかったので、三人だけの帰還だった。
「『六色の矢』の皆さん、どこ行っちゃったんでしょうねっ」
ルゥの呟きが宙を漂う。
彼らが生きている事は確実だろうが、そこから先の事は誰にも分からない。
ただ分かる事は、たったの一つ。
「分からない。分からないけど、縁があればあいつらとはまた出くわすことになるかもね」
「うん、そうだね。またオランジュさんに会いたいなー私」
会話が止まったのと同時にノック音がした。
入室を促すと、入ってきたのはフィアメリアだった。
「やぁディリス。お久しぶりですね」
「何だフィアメリアか」
「何だとは何ですか。あーあ、折角色々と手を回してあげた恩人の登場だと言うのに酷いですねー」
「その件については感謝しているよ、本当に」
不満げに顔を膨らませるフィアメリア。ルゥがそんな彼女へ椅子を持っていくと、フィアメリアの機嫌が一気に治った。
「ありがとうございますルゥさん。どこかの偏屈殺人者とは違いますね~」
「……で、用件は何? また事情聴取か何か?」
椅子に座ったフィアメリアは早速本題を口にした。
「そこら辺はもうありませんよ。大まかな話だけ聞ければ、後は全部私がやれますから。それよりも、ディリス達へ耳寄り情報を持ってきました」
「耳寄り?」
勿体つけるつもりはなかったのか、フィアメリアはすぐに衝撃的な情報を口にした。
「プロジアですが、多分生きています。ハルゼリア大神殿跡地へ調査隊を派遣したのですが、そこには死体はなかったそうです」
シンとする室内。しかしその静寂は直ぐに取り払われた。
「そっか、だろうね」
「驚かないんですか?」
「うん、奴はまた私の前に現れると言った。あいつは約束を違えない奴だ。いつかきっと、また私は奴と戦う時が来る」
「そう、ですか。はぁ……何だか思っていたリアクションじゃなかったですねー。じゃあ私はそろそろお暇するとしましょうか」
立ち上がりながら、フィアメリアは帰りの身支度を始める。
あまりにも早い帰りのため、エリアはつい引き止めてしまった。
「え、フィアメリアさんもう帰るんですか? お茶でも飲んでいきませんか?」
「ありがたい提案なのですが、実はこの後出向かなければならない案件が六つほどありまして……。ここへはただ息抜きに来たんです」
扉を開いたフィアメリアは最後にこう言った。
「ディリス、私は貴方が『七人の調停者』に戻ってくるのをいつまでも待っていますよ」
「私はもうあそこには戻らないと何度言ったら……」
「言うだけタダだから良いんです。……困ったことがあったら私を頼ってきなさい。私の持っている力全てを駆使して貴方を助けてみせましょう」
「……そっか、ありがとう」
「どういたしまして」
部屋を出た直後、フィアメリアの気配は消えた。よほど時間に余裕がないのだろう。既にプーラガリアにはいないのかもしれない。
出ていった後の扉を眺めるエリア。彼女はぽつりと呟いた。
「フィアメリアさんってやっぱり良い人だよね」
「お節介なだけだよあの人は」
「ディーさん口元緩んでますよっ」
「ルゥ、これは気のせい」
意外な方向からの指摘に、思わずディリスは腕で口元を覆った。それを見たエリアは笑っていた。
「ディー……これは一本取られたね」
「ほんと、そうだね」
話題を切り替えようと、ディリスはふとこんな事を口にした。
「前に言っていた冒険者……やってみようと思う」
「本当!?」
「うん、色々と落ち着いたしね。殺し以外で私は何が出来るのか、それを知っていきたいと思う」
既にディリスは『七人の調停者』ではない、そしてプロジアへの復讐を考えていた自分ももういない。空っぽ。だけど、だからこそ、何かを入れる事が出来るのだ。
彼女はエリアとルゥを見る。
「だから、これからもよろしくね。二人共」
「うん! もちろんだよディー! ってあれ? ルゥちゃんどうしたの?」
「……実は私、二人に言いたい事があるんです」
ルゥは自分の荷物入れから一枚の紙を取り出した。ディリスがそれを見ると、それはとある場所に丸が書かれた地図だということが分かった。
「ハルゼリア大神殿で『六色の矢』と別れる時、アズゥからもらったんです」
「あの召喚霊使いの子供か」
「はい。……アズゥは散り散りになった『宿命の子供達』を保護しようとしています。それに私は誘われました」
そこで言葉を切るルゥ。ディリスとエリアはただジッと見守っていた。何せ、ルゥの顔を見れば、次に何を言いたいのかくらい分かっていたのだから。
「一年間。一年間だけ、アズゥと行ってきても良いですかっ? 私は知らなければならないんです。私以外の子がどうなっているのか。私にどんな感情を抱いているのか、ちゃんと話したいんです」
ぎゅっと目を瞑るルゥ。どんな言葉が来ても甘んじて受ける覚悟であった。
ディリスはエリアと顔を見合わせた後、ゆっくりと口を開く。
「後で一年分の宿泊料金支払っておかないとね」
「そうだね! 時間ある時に私、行ってくるよ!」
二人の口から出たのは“再会の確約”を意味する言葉で。
それを聞いたルゥは知らず知らずの内に、頬が濡れていた。
「私、帰ってきても、良いんですか?」
「当然。だよねエリア」
するとエリアはルゥを抱きしめていた。彼女の甘い香りがふわりと広がる。
「ルゥちゃん。私とディーはずっとルゥちゃんの仲間だし、家族なんだよ。だからいつでも良いから無事で帰ってきてね。私とディーはずっとここにいるから」
ルゥとエリアが声をあげて泣いている中、ディリスはそれをあえて見ないように、窓の外の景色を眺めていた。
別れがあって、出会いがある。これはいつかコルステッドから聞いた言葉だ。
殺しを生きる目的としていたディリスはこの言葉の意味がいまいち分からずにいたのだが、今だからこそ理解出来る。
(コルステッド。私は今、ようやくあんたの教えを全部理解できた気がするよ)
ディリスは立ち上がり、二人の涙を拭くため近づいていく。
「エリア、ルゥ、そろそろ泣き止もうか。多分これ外に聞こえてる」
変化の無いものは存在しない。
それは時間、それは環境、そして周りの事情。
だけど、変わることのないものがたったの一つだけある。
それは、培ってきた絆である。
私達はずっと一緒だよ。ディー、ルゥちゃん! byエリア
私、絶対にいつか帰ってきますっ! 必ず! byルゥ