第二十四話 貴方への罰
泣きながら、エリアは話を続ける。
「プロジアさんはまだ生きているんですよ! 貴方は生きていなければなりません! 生きて、殺したお父さんの分まで生きなきゃ駄目なんです! そうじゃなかったら、どうしてお父さんが死んだのか分からなくなります!」
「私はもう十分生きました。そして私は敗者です。大人しく死ぬのが負けた者の礼儀、そうでしょうディリス?」
ディリスは立ち上がり、こう返した。
「話を逸らして逃げようとするな。……勘違いするなよプロジア。お前が今戦わなければならないのは、そこのエリアだ」
プロジアはそこで初めてじっくりとエリアの顔を見る事が出来た。コルステッドを思わせる力強い瞳、面影。
確かにそうだ、とプロジアは認識を改めることにした。
「プロジアさん正直に言うと、私は貴方を許せません。お父さんを殺した貴方を、私は許せない」
「だったら尚の事――」
“でも!”、彼女の叫びがプロジアの言葉を掻き消した。
「許せないから、私は貴方を手にかけません。貴方の思い通りには、したくありません!」
「……それがどういうことか、分かっているのですか?」
「分かっていますよ。だから、貴方は生きなきゃいけないんです。生きなければ出来ない事をしてください。して、して、して、し続けて、それで死んでからお父さんに謝りに行ってください。自分から死ぬことは許しません。それが貴方の新しい戦いで、それが――私なりの貴方への罰だから」
涙を拭い、頭を左右に振り、気持ちを切り替えるエリア。そしてプロジアへ手を差し出す。
「だから、行きましょう。ここから出て、そこからまたやり直してください」
決着を見届けたディリスはルゥを連れて、エリアの元まで。勝敗というものはない。ただ、どちらが強いのかはしっかりとこの目に焼き付けた。
「エリアがこう言っている以上、私はもう貴様に手を出さない。ただ、せめてフィアメリアの前には顔を出してもらうよ」
「……ええ、良いでしょう。ディリス、せいぜいキレたフィアメリアが私を殺さないように守ってくださいね?」
「気が向いたらね」
プロジアがあるき出そうとした、その時だった。
「な!? 何だこの揺れは!?」
ひときわ大きな揺れが発生する。立つのもやっとだ。
パラパラと天井から破片が落ちる。その巨大な振動からして、ここがそう遠くない内に倒壊すると誰もが予想をつける事が出来た。
「マズイな……」
「おい! お前ら逃げるぞ! 流石に魔法でどうにも出来ん!!」
ジョヌが広間の入り口で手招きをしている。他の『六色の矢』は既に避難を完了している。
残るはディリスとエリアとルゥ、そしてプロジアだけ。
「行くよプロジア」
「建築年から考えて、ここも良く保ったと褒めるべきですね。……それは私もか」
突如、プロジアがその瞳に光を宿す。
ディリス達三人の前に輝く新緑のモヤ。直ぐにそれが爆発した。
「プロジア……何を!?」
爆発の威力はゼロに等しかった。爆発というより、まるで突風のように。
爆風で吹き飛ばされた直後、プロジアとディリス達を隔てるように天井から巨大な瓦礫が落下してきた。
着弾。埃と破片が辺りに飛び散る。舞い上がる煙。
「プロジア! 何のつもりだ!?」
「行きなさいディリス。早くしないと崩れますよ」
「ふざけるな! お前も逃げるんだよ!」
「私は大丈夫です。あぁ、行く前に一つだけ」
ディリスが大声で続きを促すと、彼女は言った。
「いつかまた貴方の前に現れた時、また戦ってもらえますか? 貴方を越えたいという気持ちは今でも変わりないので」
「私が勝つことに変わりないからいつでも良いよ」
「ふふ、楽しみにしております」
徐々に落ちてくる瓦礫の量と大きさが増えてきた。
もう逃げないと本当に生命が危うい。
「ジョヌ。まだいますか?」
「あぁ、いるさ」
「他の『六色の矢』に伝えておいてください。『六色の矢』は解散です、皆さん良く生き残りました、と」
「了解した。きっちり伝えておくよ。またどこかで生きてたら会おう。そして一発ぶん殴らせてくれ」
「顔のお手入れはきっちりしておかなければなりませんね。――行きなさい」
「はいよ」
ジョヌがディリス達を連れ、ハルゼリア大神殿の脱出ルートを駆け抜ける。
それを気配で感じていたプロジアは崩れ行く天井を見つめながら、こう呟いた。
「死ぬつもりだったのにどうして私は今こうしているのか。ディリスと言い、娘と言い、コルステッド……貴方の意志はどこまでも私の前に立ち塞がるのですね」
プロジアの足元に大きな影。見上げると、ひときわ大きな瓦礫が振り注いで来るのが確認できた。
「さて、また会えると良いですね。ディリス」
その日、知る人ぞ知る地であったハルゼリア大神殿は原因不明の倒壊を起こした。
古くから存在する建物だったため、誰もが老朽化を予想するが、詳細は誰にも分からない。
プーラガリアが調査隊を派遣し、原因を究明しようとするも、満足のいく結果を得ることは出来なかった。
ただ分かったことと言えば、比較的真新しい魔力が満ちており、ここで“何か”が起こったのだということだけ。それ以上の事はどうしても分からなかった。
そこには何も、そして、誰もいなかったのだから。
終わったんですね。何もかも。 byエリア