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第二十二話 去る者、征く者

 ディリスは“白”の中にいた。

 音はない。匂いも、肌触りも、何もない。天を見ても、地を見ても、全てが白。上下左右の方向も分からない。

 ここは一体どこなのか。しばらくディリスは呆けてしまっていた。


「……死んだ訳じゃないみたいだけど」


 歩いてみる。歩いた感覚もない。まるで空を散歩しているようだ。徐々に足を動かすリズムが早くなり、ディリスは走っていた。何かに急かされるようにただただがむしゃらに走ったのだ。


「エリア! ルゥ!」


 方向さえも分からないのに、無我夢中で彼女は駆けていた。大事な二人の無事を確かめるために。

 だが、どれだけ走っても何か新しい物に出会うことはなかった。


「本当に……どこだよ、ここはさ」


 不意にディリスは振り返った。背後に何かを感じたためである。

 その存在を見て、目を見開いた。


「何で、ここに……」


 声がうわずる。急に口の中が乾いてきた。

 いるはずがないのだ。絶対に。“彼”が。



「――コルステッド」



 アッシュブロンドの髪を後ろでひと束ねにした壮年の男性がディリスをまっすぐに見つめていた。


「ディリス。元気そうだな」


 独特な低音。間違いなくコルステッドの声だった。

 だとすれば、疑問が止まらないディリスはまずそれを口に出していた。


「コルステッドが何でこんな所に……? 私は死んだのか?」


「そうじゃあない」


 彼はゆっくりと首を横に振った。


「ここは狭間の世界だ。虚無神イヴドが放った常識外の魔力と世界に満ちる魔力が衝突をし、こんな世界を生んだ」


「じゃあコルステッドは? そんな世界にいるコルステッドは何なの?」


「プロジアからはもう聞いたかもしれないが、私は虚無神に意識を乗っ取られかけた。迂闊に奴の封印となっていた鍵に触ってな。その際にきっと、私の意識の一部が虚無神に引っ張られたのだろう。だからこんな狭間の世界にコルステッドという存在がこびりついてしまった」


「どうしてだ……どうしてコルステッドはよりにもよってプロジアに頼んだ!? もっと方法があっただろ……! あんたがそんな簡単に死を選んだからエリアは……!」


 ディリスは確かに見逃さなかった。コルステッドが震える唇を噛み締めていたのを。


「……頼みがある」


「私に?」


「ああ、もう時間が少ないのでな」


「聞くだけ聞く」


 目を逸らしながら言うディリスに、コルステッドは微笑みを向けた。


「礼を言う。頼みというのは娘のエリアの事だ」


「エリア?」


「ああ、あの子を頼む。あの子は優しい子だ。だが弱い。……きっと色んな苦難があの子を襲うだろう。その時にはディリス、お前がエリアを導いてやってくれ」


 コルステッドは視線を下に向けていた。こころなしか背中も丸まっていた。

 彼女は返事をしなかった。代わりに、コルステッドの元へどんどん近づいていく。


「どうしたディリ――」


 ディリスの拳がコルステッドの頬を捉えていた。彼は動じず、ただ振るわれた拳の意味を考える。


「コルステッド、私は怒っている。何に対してか分かるか?」


「……分からない」


「エリアを見誤るな。あの子は強いよ。優しくて、強い。この《蒼眼(ブルーアイ)》がエリア・ベンバーを認めたんだ。コルステッド、勘違いするな。エリアは私が導かなくても自分の頭で考えて、自分の手で道を切り開けるんだよ」


 ディリスの目をしっかり見たコルステッド。彼女の瞳に込められた気持ちを今更読み取ろうとするのは無粋――そう、彼は判断した。


「そうか、エリアはもうそんなに大きくなっていたのか」


「ああ、そうだ。あんたの娘は大きく、強くなったんだよ」


 そこでようやくディリスは見た。コルステッドの心の底から安心した顔を。


「ディリス、本当の最後の頼みがある」


「何?」


「虚無神を抹殺しろ。アレは不幸を呼ぶ」


「――了解」


 一面の白が歪んでいく。今ならば、きっと抜け出せる。

 コルステッドから背を向け、ディリスは剣を振りかざした。体の底から力が湧いてくる。

 その背中を見ていたコルステッドの身体は徐々に消えかかっている。


「強くなったのはお前もだ、ディリス。私は己の力不足でああいう結末を選んだが、お前はそうであってくれるなよ」


 ディリスは剣を振り下ろした。すると、空間に亀裂が走った。

 剣を握りしめたまま、彼女は一度だけコルステッドを見る。


「私は行くよ、コルステッド。……あんたの事は忘れない」


「行けディリス。私の事など思い出す暇もなく駆け抜けろ」


 その時のディリスは、自分の顔の状態を自覚するつもりはなかった。

 頭の中にあるのはたったの一つ。


 ――虚無神を殺す。


 これだけだった。


 光が、見える!


「イヴドォォ!!」


「何だと!? 我の魔力奔流を抜けてきた!? 有りえぬ! 人間如きが抵抗できるモノではない!! そしてその蒼き光は!!? 信じらぬ!!! 辿り着いたというのか!! その領域に!!!」


 白き津波から飛び出したのはディリスだった。蒼い光を身にまとい、彼女は虚無神へ最後の攻撃を開始する。


「私が今、どんな状態かは知ったことじゃあない。だが、はっきりとしていることならある」


 彼女の蒼い瞳はこれまで以上の輝きを見せ、そしてそれは虚無神にとってこれ以上にない恐怖の象徴ともいえた。

 とびきりの恐怖が虚無神へこう言い放つ。


「今から虚無神イヴド、貴様を殺すということだよ」

コルステッド、私は征くよ。 byディリス

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