第二十話 星が集う
ディリス達の困惑をよそに、ジョヌは虚無神を見やる。
「ジョヌさん、どうしてここに……?」
「ん? あぁ、君は確かエリア・ベンバーだったね。その節はどうも」
「え、あぁ! 全然気にしないでください」
「さて質問に答える前に、こちらからも質問良いかい? あれの中にプロジアがいるのか?」
エリアは一瞬、ディリスを見た。まだジョヌの立ち位置が分からない。安易に情報を与えていいのか判断がつかなかったのだ。
ディリスはすぐに頷き返した。もしこちらに敵意があるのなら、先程の攻撃の矛先は違っていただろう。
「はい、そうです。あの虚無神の中にプロジアさんがいます。虚無神が無理やり取り込んだのか、プロジアさんが望んだのかはわかりませんが」
「後者だろうな。了解、事情は分かったよ。じゃあやるとしますか」
構えるジョヌへディリスは疑問の視線をぶつける。
「加勢するのか?」
「そういう事、だ!」
振り返ったジョヌの全身から雷が迸り、それはそのまま虚無神へ襲い掛かる。可視化されるほど凝縮された圧倒的な魔力。
鋭い槍のような雷撃は少なからず虚無神の身体を傷つけているように見える。
ディリスはジョヌの業前に改めて賞賛を送った。
「人間が何人増えようが、この虚無神イヴドの命には届かないよ! 霞めよ人間!!」
虚無神が発光を繰り返すと、周囲から翼の生えた小さな八面体が現れる。その数、五十は越えていた。
ディリスの蒼眼はその正体を正確に捉えていた。
「虚無神の分体、というところか。力は相当なものだろうね」
「ディー、身体はどう?」
「ごめん、エリアが思っているより悪い。まだ力が入らないんだ」
『ウィル・トランス』の代償がここまで高く付くとは夢にも思わなかったディリス。動かない身体に鞭打つが、それでもこの脱力感は如何ともし難い。普段どおりなら例え攻撃を喰らって倒れ伏しても、精神力で補って、劣勢を挽回してみせた。
しかし、動かない。
ディリスはこの局面で何も出来ない自分に嫌気が差した。
「調子が悪そうだな《蒼眼》。だが、心配するな。何も、俺一人で来たわけじゃない」
その言葉にいち早く反応したのはルゥだった。
「え、ジョヌさん。それはどういうこと――」
彼女の言葉は虚無神の分体による攻撃準備で遮られた。
八面体の頂点全てに光球が出現する。何か強烈な攻撃を仕掛けようとしているのは明らか。
すぐに何か、手を打たなければならない。
その時だった。
「『散布される幻影』。世界を騙して魅せましょう」
薄緑色の風が辺り一面を覆い尽くす。
直後、虚無神の分体らが驚きの行動に出た。
「これは……」
分体から放たれた光線。その濃厚な魔力量を見る限り、直撃はそのまま死を意味する程の威力。
だがその圧倒的な暴力を秘めた光線は全くの見当違いの方向へ降り注いだ。今までの事を考えるならばあり得ない出来事。まるで手品のようだ。
しかしディリス達はこの手品の秘密を知っていた。
「や、久しぶりだね《蒼眼》。まだ生きてたんだ」
「ヴェール・ノゥルド……お前もいたのか」
「あーそういう言い方は酷いんだー。せっかくボクの幻惑魔法で狙いを逸らして助けてあげたのにー」
プンプンと怒るヴェールをジョヌが窘める。
「まあ、そう怒るなよヴェール。いつものヘラヘラ笑いはどうした」
「はぁ? 誰に物言ってんのかなジョヌー? 殺しちゃうよ?」
「それはご勘弁。でもお前が来たという事は……」
「そゆことー」
そう言っている間にも虚無神の分体は広範囲に展開。ディリス達を抹殺せんと狙いを定めていた。
いくらジョヌとヴェールが助っ人に現れたとしてもこの数の差は埋められないだろう。
そんな事を考えるディリスの肩に手を置くジョヌ。
「何を心配しているんだ《蒼眼》。人数のことなら心配するな。何せ、イカれた奴らに声をかけているんだ」
「今ここに『六色の矢』の二人がいる。それはつまり……」
次の瞬間、分体の一つ目掛けて跳躍する一筋の流星があった。勢いは落ちる事なく、流星は分体の中心目掛けて、腕を振るった。
巨大な衝突音。そして、分体に空いた大きな風穴。
流星が大地へ降りてくる。紫色の長髪をはためかせて。
「ふむ、ちゃんと突けばダメージを与えることは可能みたいですね」
「……パールス・テレーノ」
ディリスの呼びかけにパールスは軽く円盾を掲げて応えた。
「お久しぶりです《蒼眼》。助太刀に来ましたよ」
「二度目だね」
「ええ、二度目です」
パールスの登場はディリスに希望をもたらした。あの分体から繰り出される攻撃は本当に強力だ。下手な防御魔法なぞ無に等しい。だが、それだけだ。攻撃能力に特化した分、耐久力は無いらしい。パールスの突きがそれを証明してくれた。
「はははははは! 人間が湧いてくるよ! 徒労! ただの徒労だ!」
分体らと立ち回っている全員が虚無神の声を聞く。
笑う虚無神の身体から無数の魔法陣が出現。魔法陣から顔を覗かせるは途方も無い量の魔力。
「一息に吹き飛ばしてやろう!」
あの魔力が放たれるまで、猶予はない。急いで何かしらの手を打たなければならない。
しかし、全員分体に道を遮られている。どうしようもないのか。
「パーティー会場はここみたいね。ほら、やっちゃいなさい!」
「合点承知」
まるで弾道ミサイルのような機動で空から虚無神へ一直線に向かう存在がいた。
陶磁器のような純白の逆三角形の肉体。そして六本の腕と四本の脚を持つ不気味な存在。ディリス達はその存在を知っていた。
「ルム、お願い」
この世の言語で表せない鳴き声でそれに応えた『六腕のルム』は神速の拳で虚無神を殴りつける。そして続けざまにルムの背中から飛翔を開始した者がいる。
「魔法の早撃ちならこのオランジュさんがいない時にやることね!!」
至近距離。
虚無神を取り囲むように無数の魔法陣を展開。即、魔力弾を発射。瞬きすら許さぬ速度。この連続攻撃には流石の虚無神も攻撃を一時中断せざるを得なかった。
「アズゥ!」
「ルゥ、お待たせ。手伝うよ」
「ありがとう! 頼りになる!」
「そう、私は頼りになる」
満面の笑みでアズゥを呼ぶルゥ。サムズアップで彼女は返答した。
ルゥの隣にいたエリアはオランジュへ手を振った。
「オランジュさんも来てくれたんですね! ありがとうございます!」
「あったりまえよ! こんな面白そうなパーティー、逃したら一生後悔するわ!」
「オランジュさんが来たのなら百人力ですね!」
「可愛いこと言ってくれるじゃないエリア! ええ、大船に乗ったつもりでいなさい!」
ジョヌ、ヴェール、パールス、アズゥ、オランジュ。プロジアが手ずから選んだ精鋭五人がこの最終局面に揃った。
それならば、あとは“彼”のみ。だが一向に姿を見せる気配がない。
だというのに、ディリスはほぼ確信に近い事を思っていた。
「いいや、あいつがこの局面で姿を見せないなんて選択肢は――あり得ない」
天空!
天空より真っ逆さまに落下する彗星あり!
燃え上がる炎のように、真っ赤な髪を逆立たせて。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁはぁぁぁぁぁっぁぁぁっぁぁぁぁ!!!」
あの頃の再現のように。
彼は、ロッソ・オーステンはその二刀を以て、虚無神へ二筋の爪痕を刻みつけた。
「おいっおいおいおいおいおい! 何だよこのドデケー戦気はよぉ! こんなん興奮しねー奴がいんのか!? いたら病院行きだよなぁ!?」
「なら病院を手配しておいてやるよ。そんなイカれた奴はお前だけだよロッソ」
ぐりん、とロッソはディリスの方へ顔を向けた。その目は狂気と愉悦に満ち満ちていた。
「ディーリスちゃん! テメェこんな所にいたのか! やっぞ! あんときの続き、やっぞ!」
「やめなさいロッソ。それはこれが片付いてからにしなさい」
「あぁ!? もやしっ子オランジュちゃんが俺にブルわずに意見述べれるたぁ成長したんじゃないのかい!? 褒めてやろうか?」
「こ ろ す」
「やめろ二人共。俺達の目的を忘れたのか」
ジョヌが二人の間に立つと、ロッソは彼に噛みつくことはせずに舌打ちだけした。
「ちっ、お前までいんのかよジョヌちゃんよぉ」
「一番先に来たのは俺だから当たり前だ。それよりも今だけは相手を間違えるな。飯奢らんぞ」
「ハァァ~~~~~~~……まぁ、良いや。ディリスちゃんとのお楽しみは後に取っておくことにするかぁ。じゃあテメェら早急にあのクソダサ八面体ぶっ殺すぞ」
揃った。これで、『六色の矢』が。
そしてジョヌはディリスへ視線を向けた。
「そう言えばまだ言ってなかったよな、俺達の目的」
「うん。ピクニックではないんでしょ?」
「その通り。俺達はプロジアを助けに来た」
真剣な面持ちで彼はそう言った。
敵にすると厄介だったけど、味方になるとこうまで違うのか。 byディリス