第十三話 意地の一撃
意志の力を爆発させ、魔力そして闘気を己の身体に高速で循環させ、極限まで身体能力を引き上げる魔法の一種『ウィル・トランス』。
その爆発力は発動者の意志が大きく絡んでくる。
「っ……!」
「どうしましたかディリス。随分と防戦一方ですね」
吹き飛ばされたディリスは即座に体勢を立て直し、プロジアの追撃を避ける。
一撃が重い。手首を柔らかく使い、上手く衝撃を流すが、それでも限界はある。
ディリスは返しの逆袈裟を振るう。しかし、プロジアは左手で真正面から受け止めてきた。
拮抗する二人の間に新緑の輝きを放つモヤが現れ、すぐに炸裂した。
「そういうプロジア、貴様こそ余裕がないのか? 自爆もどきをするなんてさ」
まるで難攻不落の要塞を相手にしている気分だ、とディリスは感じたことをそう纏める。
近距離は『ウィル・トランス』で底上げされた圧倒的な身体能力で圧倒され、中~遠距離は『爆破の魔眼』でカバーしてくる。どの距離で戦っても隙がないのだ。
辛うじて彼女の肌に剣を走らせてもかすり傷程度しか与えられない。
魔力と闘気によるコーティングで防御力が増幅しているのが原因と言えるだろう。
(単純な剣の腕なら私のほうにまだ分がある。だけど、『ウィル・トランス』がその溝を埋めてくるか)
さっきからずっとこんな調子である。
いくらタイミングや意識をずらして仕掛けても、それを上回ってくるのが、プロジアなのだ。
むしろ、その差があってもいまだ致命傷をもらっていないディリスの技量が凄まじいといえる。
ディリスは距離を保ちながら、思考を巡らせる。
この圧倒的な差を埋めるためのピースは既にこの手に持っているのだ。
『ウィル・トランス』。
ロッソ戦で感じたあの感覚がプロジアが今使っている魔法ならば、まだ勝ちの目はある。
(くそ……どうやったら発動できるんだ? 条件は? 詠唱か? だけど、あの時はそんな事全くしていなかったぞ)
考え事に意識を取られたのがいけなかった。ディリスの周囲に新緑のモヤが発生していたのだ。
すぐに持ち前の脚力でその場を離脱し、爆発の直撃を防ぐことが出来た。
しかし、プロジアの攻撃がそれで終わりな訳がなかった。彼女は既にディリスを白兵戦の間合いに捉えている。
「気でも取られましたか? いつもの貴方なら、すぐに回避出来るような攻撃だったろうに」
「その必要がないんだよ、私に、はっ……!?」
真上から振り下ろされるプロジアの剣。辛うじて防ぐも、力の“流し”を意識しない剣の握り方で防御してしまった。
痺れる両手。側面から左手が襲いかかってきた。
防御、回避、いずれも間に合わない。
「っつ……!」
「ふふ、ようやくまともに手傷を与えられました」
プロジアに蹴りを入れ、すぐにディリスは飛び退いた。
傷を確認する彼女の表情は苦しかった。よりにもよって右腕を斬られていたのだ。致命傷になるくらいではないが、それでも利き腕に傷を負ってしまったこの事実が、勝負を分からなくさせる。
いや、逆に色々と“吹っ切れた”。
「次も与えられますかね……!?」
プロジアが迫る。右手に持つ狂剣を光らせて。
眼の良いディリス以外では捉えることすら難しい速度で、距離を詰め、プロジアは剣を突き出した。
対するディリス、あえて前進する。
「シッ――!」
上体を低くし、高速の突きを躱し、そのままプロジアの身体へ剣を突き出した。
ボクシングのダッキングよろしく、カウンターが完全に決まった。
『ウィル・トランス』の防御が切っ先を鈍くさせるが、それでもディリスはやれる分だけ刺し、力のままに引き抜いた。
「内蔵を抉る手応えがあったぞ、プロジア」
「ええ、トランスがなければもう死んでましたね私」
大ダメージを与えた、という感触はあった。だがプロジアの動きが鈍った訳でもなく、表情は普通のまま。
どこまでがポーカーフェイスなのか想像しようとしたが、彼女相手にそんな物は無意味だとすぐに切り上げた。
それにしても、とプロジアが言葉を続ける。
「昔の貴方ならもっと鋭い殺意で私を殺しに来たはず。だけど、少し“ヌルかった”。これは見逃せませんよ、私」
「何を、言っている?」
「物事には理由があるということですよ。……とは言っても、ディリスが少しヌルくなった要因は理解していますがね」
その言葉の意味を理解しようとしたディリス。しかし、直後、遠くから足音が聞こえた。その数二つ。
足音のリズムは良く知っているものであった。同時に、安堵する。
(エリア、ルゥ。無事だったんだね)
徐々に声が近づいてくる。
「ディー! 私だよ! エリアだよ! ルゥちゃんもいるよ!」
どちらも服はボロボロだったが、それでも生きて姿を見せてくれたということはあの強敵二人に勝利したということ。
素直に喜びたかった。
だが、プロジアの歪む口元を見たディリスはとてつもなく嫌な予感に襲われた。
「ディリス、私気づきました。やはり他人様の物を盗む、というのはいけないことですよね」
左手用短剣をお手玉のように何度も放り投げながら、プロジアはそんな事を言った。
極限状態の中での言葉だったので、つい思考を読み取ろうとするディリス。
それが、遅かった。
「コルステッドの娘。お父上の形見を返しますよ」
何の予備動作もなく、プロジアは左手を振るっていた。
ディリスが気づいたときには、既に左手用短剣は彼女の手から離れていた。
「え――」
エリアの胸目掛けて直進する左手用短剣。その速度と距離は、既にディリスが行っても間に合わなかった。
ディー……。 byエリア