第十二話 魔矢驟雨。全てを押し流す魔弾の射手――“橙の矢”
雄叫びと共に、エリアは突貫した。
右拳に集中させた魔力はオランジュを倒せるだけの量を込めている。だが、エリアはそれを遠距離から放つつもりはなかった。
もっと効果的に、確実な距離から放つために。
「至近距離で放つつもり? 無駄よ無駄。この光に呑み込まれなさい!」
「私は負けない!」
奔流とエリアの距離が近づく。
彼女は一切避ける気はなかった。代わりに、彼女は左手を突き出した。
「『防壁』!!」
オランジュの放った魔力砲は今しがたエリアが作り出した防御魔法と衝突する。
瞬間、一気に訪れる圧力。余りに途方も無い威力であることはこの瞬間で理解した。
しかし、今更逃げるわけにもいかない。
魔力でいくらか脚力を強化しているので、すぐには吹き飛ばされはしないものの、そこから一歩も前には進むことが出来なかった。
「くぅ……!」
突き出した左手が痛い。踏ん張る脚にも疲労が溜まってくる。少しでも防御の層を薄くしたら死ぬという緊張感がエリアの呼吸を乱す。
怖い、と思った。
今まで感じたことのない怖さ。
エリアはここでようやく“命をかけた戦闘”という物を真の意味で理解出来た。
今までこんな戦いをしていたのだ、友達は。
「すごいな、ディー……」
「いつまでも耐えられると思ったら大間違いよ。駄目押しをしてあげる」
オランジュの右手には第二の魔力砲の準備が出来ていた。
拮抗できてこの状況だ。これを追加すれば、決着はついたも同然。
手心を加えるつもりはない。
速やかに彼女は今放っている魔力砲に組み合わせるように、二の矢を発射した。
「これで! 終わり!」
次の瞬間、エリアが動いた。
「これを! 待ってた!!」
『防壁』の光が一段と強くなった。
エリアは突き出していた左手を外側に徐々にずらしていく。動かすのはほんの少しで良い。後は、全てなるようになる。
「なっ……!」
エリアが一歩、踏み出した。そして、また一歩。ついに、彼女は駆け出した。
進む度に魔力砲が斜めに“流されていく”。エリアの鋭敏な魔力感覚が、ギリギリのラインを見極めているのだ。
魔力で強化した脚力が、すぐにオランジュを自分の間合いに入れる事を可能にした。
「嘘よ……こんな力技が……!!」
オランジュは己が出せる最大速度の魔力弾でカウンターを試みた。しかし威力を犠牲にした攻撃は『防壁』を発動中のエリアの左手によって弾かれる。
とん、と優しくエリアの右拳がオランジュの腹部に当たる。
忌々しげな表情を浮かべるオランジュと目が合った。エリアは彼女の視線を逸らさずに受け止める。
「ありがとうディー。ディーがいたから私、勝てた」
右拳に集まる魔力を解放した。
攻撃魔法でも何でもないそれはオランジュを飲み込み、爆発を引き起こす。
この至近距離ならばよほど防御魔法に特化した訓練をしていない限り、発動は間に合わない。
控えめに言って、オランジュに勝てる確率は相当に低かった。
殺し合いをしてきた経験値が違いすぎる。どんなに攻めても上手くいなされ、刈り取られてしまうのが目に視えていた。
プーラガリア魔法学園で勝てたのはディリスがいたからである。
一対一での勝負の結果は簡単に想像できていた。
だからこそ、エリアは最初から勝つ手段を一つに絞っていた。
超至近距離から繰り出す大威力の攻撃による一撃必殺。
これだけが、エリアに許された確実な勝利手段。
オランジュの魔力砲の威力は絶大だった。もし彼女がもっと冷静になって、多方面から攻撃を仕掛けてくれば全てが終わっていたかもしれない。
「……あはは、死んでないのが不思議だ」
吹き飛ばされたオランジュを確認すると、エリアが膝から崩れ落ちそうになった。
極限の集中力と緊張から解放され、今にも気絶しそうになってしまう。
だが、やらなければならないことがある。
エリアは転ばないようにゆっくりと、確実に歩を進めた。
◆ ◆ ◆
「…………」
オランジュは意識を取り戻した。だが、まだ頭がぼーっとするし、視界も定まっていない。
ここは天国か地獄か。
それは分からないが、分かっていることはあった。
「負けた」
死力を尽くした。一切の手心なく、全力でやった。それでも負けた。
《蒼眼》と一緒にいたあの子に。
今でもムカつく。だが、それだけだ。
本気の結果がこれだったのだ、これ以上は自分の価値を下げてしまう。
「……それにしても、何この暖かさは?」
ようやく視界のピントが合ってきたので、オランジュは辺りを見回してみると、すぐにその正体が分かった。
「あ、起きたんですねオランジュさん。具合はどうですか?」
「具合はどう……って、はぁ」
「えぇ!? 何でため息つくんですか!?」
「そりゃさっきまで殺し合っていた相手から『癒やしの光』なんて回復魔法かけられているとねぇ。何かもうどうでもよくなっちゃった」
エリアはオランジュの顔を覗き込む。
「あの、前の約束覚えていますか?」
「ええ、私はもうあなた達と戦うつもりはないわ。というか、今更どの面下げてプロジアに会えるってのよ」
「ありがとうございます」
「……ねぇ、貴方はどうしてそこまで強くなれたの? 正直、プーラガリア魔法学園で会った時のままだったら私は確実に貴方を殺せていたと思うわ」
「仲間の――大切な友達二人のために自分が何を出来るかずっと考えていました。そしたら色々見えてきました」
「色々?」
「ディーはとても強いです、でも魔法はからっきし。ルゥちゃんは強い召喚霊を出せます、でもそれ以外は普通の女の子。じゃあ私は? 私は二人よりも上手く魔法が使えます、でもそれだけしか使えない。だから私はそれだけを伸ばしました。ディーをサポートするために、ルゥちゃんを守るために。これは私にしか出来ないことだと思うから」
つまり、とオランジュは要約する。
「仲間のためだけに強くなったのね。健気すぎて涙が出そう」
「はい、私はあの二人のために強くなりました。だから私は、オランジュさんに勝てたんだと思います」
「……はぁ、皮肉も通用しないのね。いや、そういうのも強さなのか」
オランジュが身体を起こした。まだダメージが残っているのか、その動作は緩慢だが、ちゃんと起き上がれた。
「エリア・ベンバーちゃん」
「はい」
「私の負けよ。貴方、強くなったのね」
思わずオランジュはエリアの頭に手を置いていた。
この時の感情は何と表現したら良かったのだろうか。
敵を見る目でもない、だが仲間を見る目でもない。これはそう、例えるのならば。
「え、えとオランジュさん、これは?」
「可愛くて憎い妹分の頭を撫でただけよ。……何で私、妹の成長を見届けた姉みたいな気分になっているのかしら」
「オランジュさんって……良い人なんですね」
「うっさい。とはいえ、次戦う機会があれば今度は私が勝たせてもらうわよ」
オランジュは親指で後方を指し示した。そして顎で指示をする。
「行きなさい。貴方のお友達が先で待っているんでしょ。私はもう少し休んでから、見届けに行くわ」
「ありがとうございます。でも、私はルゥちゃんの所に戻ります。約束したから」
「そっ。まあ、気をつけなさい。アズゥは強いからどうなっているか分からないわよ?」
エリアは立ち上がり、来た道を戻るため、駆け出した。
ディリスは確かに言ったのだ。
“二人で加勢に来て欲しい”と。
友達のために、エリアは疲れた身体に鞭を打ち、脚を懸命に動かす。
あ~あ。そんなつもり無かったのに私、あの子を認めちゃったか~。 byオランジュ