第七話 憎しみのアズゥ
ディリスがプロジアへ辿り着いたのと同時刻。
ルゥの眼前では、神話の戦いが繰り広げられていた。
「クァラブさん! 無理だけはしないでください!」
悪鬼羅刹しかいない魔界の住人相手に、六十六万斬りを成し遂げたと言われる伝説の剣士『黒剣のクァラブ』の剣技の冴えは人間を超えていた。
一振りで地を割り、二振りで嵐を巻き起こす。
既に彼らの戦場にはクレーターがいくつも出来ており、濃密な戦いの状況をありありと語っている。
プーラガリア魔法学園での彼の動きは、本気のたった数パーセントしか出していない。
本来の彼の剣技は、災厄なのだ。
それだというのに、相対している『六腕のルム』は実に冷静な対応をしていた。
振り下ろされる剣は腕で防ぎ、突かれた切っ先は軽く逸し、剣が引き起こす超常現象には魔力防御を展開する。
特に派手なことはしていない。
ただ、冷静に対応しているだけだが、それだけに、防御力は凄まじい。
最強の矛と無敵の盾による神速の攻防をつまらなそうに眺めていたアズゥは、手に持つ本に注ぐ魔力を増やした。
「ルム、お遊びは、それぐらいにして」
黒剣を一度大きく弾いた直後、残り五本の腕から繰り出される鉄拳がクァラブの腹部へと突き刺さる。
大きく弾き飛ばされるクァラブ。思わず、ルゥは近づいた。
「クァラブさん! 大丈夫ですかっ!?」
「スア。ジイマバ」
「だからといって、放っておけませんっ!」
ルゥは両手を広げ、クァラブへ魔力を送る。
すると、みるみるうちに鎧に空いた穴が塞がっていく。
「……テケ」
「お願いしますクァラブさん。貴方が頼りなんですっ」
黒騎士は主君と雰囲気が似ている少女に対して、どういう感情でやり取りをすれば良いのかは、分からなかったし、考えるつもりもなかった。
ただ、それでも黒騎士はこの少女の前で屈する姿だけは見せたくないと思っていた。
仮に、この場で崩折れるようなことがあれば、きっと主君である魔王ゼンティムトに顔向け出来ないだろうから。
絶勝の心持ちで立ち上がるクァラブを見ながら、ルゥは小さく呟いた。
「私も、戦います」
再び戦闘を開始するクァラブを見ながら、彼女は右手を前に突き出し、左手でその腕を掴む。
「っ……! 召喚霊の呼び出し……!? 今、ここで?」
アズゥは今、ルゥがやろうとしていることを察し、驚愕する。
彼女がやろうとしていることは、召喚霊の複数召喚。それも、恐らく最上級クラス。
不可能ではない。ただし、それは魔力があっての話だ。
正気の沙汰ではない。アズゥを以てして、召喚霊は一体が限度。
それを今からやろうとしているのだ、彼女が!
「そうやって、見せびらかすの……!? アズゥたちと、あなたの差を……!?」
「ごめんなさい! アズゥさんは私のことを知っているんでしょうけど、私は貴方のことがわかりませんっ! だけど、私たちは仲間だって、友達になれるんだって! それだけは分かりますっ!」
「友だちに、なれるものか……! 『宿命の子供達』では、あなたが、一番だった……! だから、アズゥたちはいじめられた……!」
「……っ!」
『六腕のルム』がルゥの方へと向いた。
四つ目が光り、明らかに彼女へと狙いをつけたのだと見て取れる。
六つの開かれた手のひらに強大な魔力が集中する。
そのどれもがその辺の攻撃魔法を凌駕する力が内包されている。
「フ、デキドオ」
六本の光条がルゥへ襲いかかる。
ディリスのような回避能力も、エリアのような魔法防御力も持ち合わせていないルゥにとって、それは防御不可避の攻撃といって良かった。
光がルゥを包み込む、はずだった。
「クァラブさん!?」
だが、その光の本流の前に立ちはだかるのはクァラブである。
黒剣に彼自身の魔力を纏わせると、そのまま振り下ろした。
「流石……『黒剣のクァラブ』、だね。だけどアズゥのルムの攻撃はそう簡単には防げないよ」
奇跡的に拮抗していた。
だが、それがいつまで保つか分からない。
そんなギリギリの状態の中で、彼はこう告げた。
「コ」
「で、でもクァラブさんが!」
「マデ、ザウビユデ」
その言葉に、ハッとさせられたルゥは大きく頷き、召喚の用意を続ける。
それを確認したクァラブは、剣を握る手に力を込めた。
「イア、フセイウル?」
クァラブは光を防いでいる剣をそのまま引き寄せ、一気に巻き上げた。
逸らされたルムの全てを破壊する光線が天を貫かんと伸びていく。
その隙を見逃さなかったクァラブは、音速の踏み込みで、ルムを間合いへと入れる。
ルムの回避が、間に合わない。
全力を込め、クァラブが黒剣を振るう。
すると、黒剣に纏わりつく強大な魔力が飛び散り、その粒子一つ一つが小さな刃と変化し、ルムへと襲いかかる。
「ミ――『ブフ』」
百、下手をすれば千を超える魔力の刃がルムを切り刻む。
その刃の切れ味、クァラブの持つ黒剣とほぼ同格。つまり、千を超える彼が斬りつけたのと同義である。
全身をズタズタに切り裂かれたルムが六腕をだらりと下げ、膝をつく。
勝敗が見えたといって良かった。
「アズゥさん! もう止めましょう! 私は貴方とお話がしたいですっ!」
「アズゥはしたくないと、言った……! それに――」
ルムに近づいたクァラブが“ソレ”に気づいたときにはもう、遅かった。
ルムが、否、ひび割れていくルムの“中”から現れた腕が、クァラブの頭を鷲掴む!
「――アズゥのとっておきがまだ、いる……!」
ゆっくりと、そして荘厳に、ソレは現れる。
天使を思わせる巨大な翼を持つ人型の存在。顔は男性に見えて、女性にも見える。
最高品質のシルクだけで造られたゆったりとした服を身につけたソレの最初の一言は、こんな言葉であった。
「この天界王イェスハの手にあるのは何だ? ゴミか?」
天界を治める王イェスハは精霊語ではない、人間の言葉で、確かにそう言った。
認めない……! アズゥはあなたを! byアズゥ