第六話 リターンマッチ
プロジアに連れられ、奥へ進んでいくディリス。
かなりの時を過ごした神殿と見受けていたが、その中身は綺麗そのもの。
埃一つなく、そして何か魔法でも施されているのか、明かりが灯っている。
一種の不気味さを残しつつ、二人は奥までやってきた。
「さ、到着しました」
メインホールとでも言えば良いのだろうか、とにかく広い。そしてここにも魔法は働いているのか、戦闘する分には全く問題ない程度の照度だった。
奥にはまた扉があるが、何やら魔力的な施錠を施しているようで、両開きの扉のはずなのに、境目が全く見当たらない。ぴっちりと張り付いているようだ。
「こここそが、私とディリス。決着をつけるに相応しい場所と思っているのですが、いかがでしょうか?」
「貴様を殺せるならどこでも良いよ」
天秤の剣と、そしてコルステッドの左手用短剣を抜き、構えたプロジア。
最初から剣を握っていたディリスは即座に対応する。
「“これ”も今回は使いますよ」
目隠しを外したプロジアの眼が晒される。
新緑の輝きを放つその眼こそ、彼女の伝家の宝刀。
それに合わせるように、ディリスの眼も蒼く染まる。
「『爆破の魔眼』か。そうだね、やるなら最初から本気じゃないとね」
両者の闘気が膨れ上がる。
既にどちらかが、斬りかかっても全くおかしくない状況だが、あえてどちらも動いていなかった。
「ところでディリスは何か対策を講じてきたのですか? そうでなければ、またあの教会の時みたいに私が勝ってしまいますよ?」
それを聞いたディリス。それを鼻で笑った。
「もしかして、プロジア。あの時の私が全力だったと、そう思いたいのか? 甘いよそれは」
「確かめてみましょう、か」
姿が消えたと思ったら、既にお互いの間合いに入っていたプロジア。
そのまま、彼女は右手を振るう。あの時の、『ウィル・トランス』はまだ使っていないものの、その剣速は一流と言われる戦士ですら捉えられる者がいるかどうか。
その剣を、ディリスはどう対応したのか。
「……確かに、あの時みたいに容易く斬られてはくれないようですね」
「油断してたの? 剣が遅かったみたいだが?」
ディリスは数歩だけ後ろに下がり、鼻先を掠める程度の絶妙な距離に立っていた。
その回避行動が意味するは、“お前の攻撃は分かっているぞ”である。
足元に、新緑の輝きを持つモヤが発生した。
「早速か……!」
「やはり、これはジャブ程度にしかなりませんね」
ディリスが左へ跳躍したのとほぼ同時、そのモヤが爆発した。
それこそが、プロジアの持つ魔眼の力である。
ディリスの着地に合わせ、プロジアが双剣を閃かせる。
「『爆破の魔眼』は自分の視界に映る物を爆発させる力。厄介な力だけど、十分な威力を持たせるには爆破範囲を絞らなきゃいけないから大変だよね」
「ええ、使い勝手は悪いかもしれません」
交差するように振り抜かんとする双剣を受け止めているディリスは、たっぷりの嫌味を込めて、こう言った。
「思い切って視界に映る物全て爆破させてみたら? 案外重傷与えられるかもよ?」
「試してみたいのですが、貴方レベルなら軽く撫でたくらいでしょうね」
数度の打ち合い。
火花が散るほど、速く、強い。
気を抜けばあっという間に致命傷を与えられるだろう。
その極限の状態で、時折やってくる新緑のモヤがディリスの呼吸を乱す。
プロジアを蹴り、その勢いで地面を転がり、爆破を避けるディリス。
立ち上がろうと、手を地面につけた瞬間、再び新緑のモヤが彼女の周囲を包んでいた。
「もう一つ……!」
回避行動は、間に合わなかった。
モヤが爆ぜ、煙が爆破箇所を漂う。
「……さて、どうでしょうかね?」
念の為、もう一発爆破をしておこうと、プロジアは煙の中心へピントを合わせる。
眼に魔力を込めると、見つめる先にモヤが発生する。あとは、また起爆をするだけ。
煙が僅かに揺れた。
風ではない。その不自然さを認識した瞬間、短剣が飛んできた。
「っ!」
“ディリスならばこれでくたばらない”という先入観があったのが幸いした。
意表を突かれたが、正確に喉元へ飛んでくるその短剣を左手用短剣で弾き飛ばすことが出来た。
それと同時に、現れるディリス。既にプロジアの頭上にいた。
弾かれ、宙に舞い上がった短剣を掴むと、ディリスはそのまま回転しながら落下を開始する。
「まず一斬り……!」
プロジアの左肩から鮮血が吹き出す。
回転の勢いを味方につけた斬撃は彼女の防御を強引に打ち破り、そしてそのまま彼女へ攻撃を与えることに成功した。
これで倒したとは思えないが、まずはファーストヒット。
ディリスは一度距離を離す。
「あの時のように楽に殺せると思ったか? それじゃ負けるよプロジア」
「……そのようですね。貴方はそういう人ですもの。いつも貴方は自分の戦闘能力以上の事をしでかしてくる。だから、私は貴方にいつも勝てなかった」
プロジアが手で顔を覆うような仕草をする。
同時に、膨大な魔力と闘気が彼女を包み込む。
それを見て、ディリスは確信した。
あの教会で見せたアレを、仕掛けてくるのだと。
「ディリス。私は貴方には常に敬意と、耐え難い屈辱を感じています。だからこそ、この戦いで私は私を超え、そして貴方を超える」
「今の私に、ソレを使って届くかどうか、試してみるといいさ」
ディリスの煽りにも反応せず、プロジアは笑顔でこう言った。
「言われなくても、試させてもらいます。――『ウィル・トランス』」
包み込んでいた魔力と闘気が、プロジアの身体へと入っていった。
ここからが本当の勝負。
その最中、ディリスが考えていたのは勝敗ではなく、
(こっちも本当の戦闘が始まる。ルゥ、エリア、そっちはどうなっているのかな?)
ただ、仲間の安否であった。
『ウィル・トランス』、ついに来たか。 byディリス