第五話 辿り着いた因縁
「ルゥちゃん、大丈夫だよね?」
「魔力量はいい勝負。後は召喚魔法の力量と、召喚霊自身がどこまで頑張れるかの勝負だと思う」
「ディーは相変わらず、楽観視しないね」
「ん。だけど、言い方を変えるなら、ルゥは十分にやり合える。だから後はルゥをちゃんと信じてあげるだけだよ」
きっぱりとそう言うディリスの言葉に、エリアは少しばかり元気づけられた。
確かにそうだ、と彼女は考え直す。
どこまでいっても、人は一人で何かをやらなければならない。
だから、その人間を信じてあげるのが仲間というもの。
これ以降、エリアはルゥに対して、ネガティブな考えを言わなくなった。
「それにしても、ここでアズゥが出てきたということは、後はプロジアとオランジュが待っているだけか」
「うん、そうだね。でも私、少し思うんだ。アズゥちゃんはルゥちゃんに拘って、それで出てきた。もしそうなら、きっと私の所にも――」
次の瞬間、巨大な魔力の矢が飛んできた。
即座にエリアは防御魔法を展開し、それに対応する。
ぶつかり合う魔力。単純に止めるだけでは防ぎきれないと悟ったエリアは、僅かに防御領域の形を組み換え、その矢を“逸した”。
軌道が逸れた魔力の矢は、遠くの山へ直撃し、遠目から見てもはっきりと分かるクレーターを形成していた。
まともに喰らえばどうなっていたか、そのクレーターは雄弁に物語っていた。
「やるじゃない。ただの指鉄砲とはいえ、前回よりも大量に魔力を込めた魔法弾を容易く捌くなんてさ」
以前と同じように、飛行魔法を行使したオランジュ・ヴェイストが天空よりディリスらを見下ろしていた。
“捌けて当然”というある意味で信頼を込めた表情を浮かべながら。
「オランジュか。プロジアの所に居なくても大丈夫なのか?」
「まあね。プロジアは奥のハルゼリア大神殿の封印を解いている最中だから、私が遊びに来たって訳」
「ハルゼリア大神殿自体に封印が施されている……? だからプロジアはすぐに虚無神を解放出来なかったのか」
「そゆこと。で、《蒼眼》。あんただけは先に行っても良いわ」
何となく予想はついていたが、ディリスは一応聞いてみた。
「それは自分の個人的感情か? それともプロジアに言われているからか?」
「割合的に言うなら、個人的感情が三、プロジアからの指示が七ってところかしら?」
「私一人で来いってことだね」
ちらっとエリアを見たディリスは、何も言わずにただ視線を送っていた。
エリアも見つめ返し、すぐに頷く。意志は伝わった。
エリアは何も言わず、前へ一歩踏み出す。
「じゃディー。頑張ってきてね。死んじゃ駄目だよ?」
「オーライ。あ、そうだ。オランジュをどうにか出来たら、ルゥの事を見に行ってやってほしい。それで、“二人”で私へ加勢に来てほしいかな」
「うん! 絶対行くよディー。私と、ルゥちゃんで!」
そのやり取りを見ていたオランジュが不愉快極まりないといった表情で睨みつけている。
「随分、自信ついてきているわね。あの《魔法博士》に何かすごい攻撃魔法でも教えてもらったのかしら?」
「いいえ。私は何も教わっていません。だけど、自分を信じることだけは学びました」
エリアの身体から魔力が迸る。
その濃密な魔力は可視化され、稲妻のような明滅をする。
オランジュは一目見て、彼女の変貌ぶりを察した。
「……本当に自信がついたみたいね。良いわ、それならば私も『六色の矢』、“橙の矢”として相応の覚悟で戦ってあげるわ」
「本気でお願いします。私は、本気の貴方に勝ちたいです」
「良いわ。その思い上がりは徹底的に砕いてあげる」
「行って、ディー」
「うん。最後まで油断しないでね、エリア」
エリアを残し、ディリスは駆け出した。
ここまで来れば、もう迷うことはない。
この一本道の石段を走っていくだけで目的地へとたどり着く。
「……近づくにつれて感じるこの感覚。内臓をかき回されているんじゃないかと思うくらいのこの違和感と不愉快さは、何だ?」
殺気とも、闘気とも違うこの感覚。
言葉では言い表せないこの妙ちくりんな気配。
虚無神が発しているであろう、というところまでは予想できた。
走る度に、気配が強くなる。
しかし、同時に強く感じつつあるよく知った気配。
ディリスのずっと追いかけていたプロジアが発するものだ。
巨大な神殿へと続く、大きな錠前が施された扉の前に、彼女が――プロジアが立っていた。
「貴様を殺すために、ここまでやってきたぞ」
「嬉しい限りですね」
すでに剣を抜いていたディリスが斬りかかろうとすると、プロジアはそれよりも早く、地面に置いていた鍵、錆びた短剣、万年筆、四角い宝石、それに杯へと剣を走らせた。
濁りのない剣閃が一見ガラクタと思えるような物体らを斬り裂いた瞬間、強烈な光が放たれる!
その光は錠前まで届き、一瞬でそれを破壊した。
「錠前が最後の封印か……!」
錠前を失ったハルゼリア大神殿の扉が左右に開いていく。
まるで巨大な竜が口を開いたように、冷気が辺りに充満する。気を抜けば一口で食べられてしまいそうだ。
「そういうことです。ハルゼリア大神殿の錠前は他の六つの封印を破壊しなければ解放されない特殊な造りとなっていました。一つ賢くなりましたね」
「この先、一生使うことのない知識をありがとう。お礼は私の剣で良いかな?」
「丁重にお断りしておきましょう。さて、ついてきてください」
プロジアが奥を指差した。
「コルステッドから始まった私と貴方の因縁、決着をつけましょうか」
「そのために私は来た」
とうとうここまで来ましたか、ディリス。 byプロジア