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第四話 小さな少女の、大きな覚悟

 遠くから悲鳴と魔法の炸裂音、金属音、様々な戦場の音色が響いてくる。

 それでもディリス達は後ろを振り向かずに、進んでいた。

 決して心配していない、という訳ではない。


 それ以上に、フィアメリアが負けるビジョンが見えないからだ。


「ディー、フィアメリアさんのためにも、早く到着しなきゃね」


「そうだね。あんまりのんびりしていたら、あいつら片付けたフィアメリアがやってきそうだ」


 緩やかな石段はまだまだ続く。

 一体どこまで歩けば良いのだろうか。


 無心で歩き続ける一行。その額には汗がにじむ。

 これで、風でも吹いてくれていたら最高なのだろうが、生憎の無風。


「あ、ディーさんエリアさん。あの向こう……広場ですかね?」


 前方には先程と同じような広場が見えた。

 傾斜のない平たい場所。ここでまた休憩でも挟もうか。


 そんな事を考えていたディリスは、僅かに見える人影を確認する。


 右手で合図を出したディリス。

 剣を抜き、まずは自分が広場へと足を踏み入れる。



「…………」



 まるで人形のような少女が立っていた。

 ふわふわの青く長い髪、着ている物はフリフリのドレス、だが眼だけは虚ろ。


 彼女には見覚えがある。


 最初に言葉を発したのは、ルゥであった。


「アズゥさん! ですよね?」


「……アズゥの名前を気安く呼ばないで」


 その目に込められているのは恨み、そして強い敵意。

 迂闊に近づけば即、開戦になるような、そんな繊細さである。


 代表して、ディリスが何のためにここにいるのか、“一応”聞くことにした。


「で? ここにいるのはお前だけか? プロジアとオランジュは?」


「アズゥが皆を殺すから、必要ないだけ」


「そうか、じゃあ早速――」


「……ディーさん」


 今にも飛びかかろうとするディリスのコートの裾を、ルゥが引っ張った。

 彼女が何を言おうとしているか、何となくディリスには分かってしまった。


 だが、聞く。

 思いを口にするのと、しないのとでは天と地の差があるからだ。


「どうしたのルゥ?」


 ディリスの目をまっすぐ見ながら、ルゥは言った。



「私に、アズゥさんを任せてもらえませんかっ?」



「ッ!!」


 彼女の一言が耳に入ったアズゥの目つきが鋭くなる。

 まるで親の敵でも見るかのような、そんな形相だ。


 エリアが何かを言おうとしたが、ディリスは眼だけでその先を言わせなかった。


 跪き、ルゥの両肩に手を置きながら、ディリスは聞く。


「遊びじゃないよ?」


「分かってますっ」


「死ぬかもしれないよ?」


「それも分かってますっ」


「覚悟は?」


「出来てますっ!」


 瞑目するディリス。

 動きを止めたのは数瞬だけで。


 彼女は立ち上がり、エリアの肩を軽く叩く。


「よし、じゃあ行こっか」


「ええっ!? ルゥちゃんを置いていくの!? 危ないよ!」


「でも、こうしている間にプロジアは虚無神を蘇らせるよ」


「でも……! それじゃルゥちゃんが……!」


 そんなことは百も承知であった。

 ルゥの言うことは軽く聞き流して、すぐにアズゥの首を取りにいくことだって可能なのだ。


 だが、ディリスはそれをやらない。


 覚悟を決めた顔つきのルゥに対し、それは余りにも無礼。


 彼女は今、戦う者となったのだ。

 その結果を全て受け入れる気でいる。


 だったら、送り出してやるだけなのだ。


「行くよ。ルゥの気持ちを、戦士の気持ちを、汲めなかったら私たちは仲間じゃないよ」


 ディリスの固まった決断を前に、エリアは何も言うことが出来なかった。

 代わりに、ルゥを強く抱きしめる。


「ルゥちゃん、危なくなったら逃げてね。どうなっても、必ず生きていて……!」


「はいっ」


 アズゥを無視しようとしているのに、彼女は至って驚いてはいなかった。

 むしろ、ディリスへ向けていた視線をふい、と逸らし、そのままルゥの方へ切り替えていた。


「良いのか? 私たちが通り過ぎていっても。皆を殺すと言っていたはずだが?」


「別に。構わない」


 懐から本を取り出し、パラパラとめくりながらアズゥはこう言う。


「ほんとはアズゥ、あの子だけにしか興味がないから」


 彼女の背後の空間にヒビが広がった。

 そこから漏れ出るはこの世の物ではない圧倒的な覇気、そこから覗くは四つ目の眼光、ヒビを更に広げようと空間のフチに手を掛けるは四本の手。


 ずるりと、それは這いずり出てきた。


 陶磁器のような純白の逆三角形の肉体。そして四本の腕が――いや、背中にはもう二本の腕があった。これで六本の腕。脚部は四本脚。

 そして、不気味な造形を持つ四つ目の顔。


「あれは……!」


 持ち前の知識の中から、エリアは該当する召喚霊を検索する。

 あれだけの特徴だったので、すぐに脳内データベースにヒットした。


「やっぱり天界の十二勇士の一人……! かつて魔界の軍勢の侵攻を単騎で迎撃し、なおかつ無傷だったといわれる剛壁の守護神、『六腕のルム』……!!」


「行ってくださいディーさん、エリアさん!」


 既にルゥの背後には“いた”。



ワオザトバド(十二匹の駄犬の一匹か)ドビア、ユハ(昂ぶるな、心が)



 かつて六十六万斬りを成し遂げた魔界最強の怪物剣士『黒剣のクァラブ』は、それだけ言い、愛用の黒剣を構えていた。


 今にも始まりそうな戦闘を前に、ディリスはエリアを引っ張り、駆けていた。


「任せたよルゥ」


 ただひたすらに、彼女を、仲間を信じる言葉だけを残し、ディリスは戦闘領域から離脱した。

クァラブさん、お願いします! byルゥ

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