第一話 決戦前の安らぎ
「一日だけ休む。その間にエリアとルゥは色々考えてみて」
プーラガリアの、いつもの宿へ戻ってくるなり言った、そのディリスの一言で、一日だけの休暇は始まった。
彼女の意図するところとはたった一つ。
最後の戦いになりそうだ。だから、今ならまだ引き返せる。
そういうことである。
文句なしの死地へと向かう。
それはエリアも、そしてルゥも重々承知していた。
今までならまだ人間同士の戦いで済みそうだった。
だが、これから戦おうとしている相手はあのおとぎ話の話でも出ていた虚無神の可能性が大いにあり得る。
生きて帰れる保証はないのだ。
しかし、ディリスは笑って死地へ飛び込むつもりであった。
相手が誰であろうと、殺すことに変わりないのだから。
「じゃあディー! 遊びに行こうよ!」
エリアは笑って、そう言い返した。
◆ ◆ ◆
ディリスとエリア、そしてルゥはプーラガリアの中をぶらぶらと歩いていた。
何も目的は無い。気の向くままに、ただ歩く。
「ねぇエリア」
「何ディー?」
「何かこう……違うような気がするんだけど」
「ええっ!? そうなの!? ルゥちゃんは楽しいよね?」
「はい! ディーさんとエリアさんと一緒に遊びに行けて嬉しいです!」
“そうら見たことか”と言いたげなエリアの表情を見てしまえば、流石のディリスも何も言えなくなってしまった。
代わりに、ルゥの頭に手を置いた。
「そっか、ルゥも楽しいか」
「ディーさんは楽しくないですか?」
純粋なその問いに、思わず言葉を詰まらせたディリス。
それは別にマイナスの意味で言葉を失った訳ではない、むしろ、その逆とも言える。
「ううん、楽しくないわけが、ない」
端切れの悪い彼女の物言いに、少しばかり察するところがあったエリアは、口を挟む代わりに駆け出した。
「ね、ディー! あれ食べよ!」
彼女が指差したのは、フェザーラビットの串焼きを売る露店であった。
フェザーラビットはディリスにとって、思い出深い魔物である。
エリアと一緒にこなした初めての依頼で捕まえためちゃくちゃ素早い兎。
何が何でも捕まえたくて知恵を振り絞ったのは記憶に新しい。
「うん、いいね。ルゥは?」
「食べたいです! 美味しそうです!」
早速、エリアが三人分の串焼きを買ってきたので、適当な場所に座って食べることにした。
すると三人は誰かが口にしたわけではなかったのだが、いつも訓練に使っていた公園に辿り着いていた。
隅っこのベンチに腰掛けたところで、食事は始まる。
「ん~美味しい~! 柔らかお肉から、じゅわっと脂が出てくるね~」
「わ、これすごく美味しいですっ」
「へぇ、こうなるんだ。結構イケるね」
それぞれ感想を言いながら、食べ続ける三人。
エリアが空を見上げて、こう言った。
「楽しいよね、今。私がいて、ディーがいて、ルゥちゃんがいる。不思議なんだ、お父さんがいなくなって悲しんでいたはずなのに、もう何百年も昔のことに感じちゃう」
「……そう、だね」
「ね、ルゥちゃんはこの戦いが終わったらどうしたい?」
「私はディーさんとエリアさんと一緒にいたいです。叶うなら、ですが」
「そんなの全然オッケーだよ! ね、ディー?」
ディリスは答えなかった。
軽々しく答えてはいけない気が何故かして。
それを言ったら、その問いに今、答えを出してしまったら。
自分は剣を握れるのか、自信がなくなってしまう。
殺しを唯一の道標とするディリス・エクルファイズにとって、その鈍りは致命的なのである。
「……ディーはさ、やりたいことってある?」
「分かんないや。私は、コルステッドに拾われてからはずっと『七人の調停者』で、そしてコルステッドが殺されてからはずっとプロジアを殺すことだけが目的で。だから、分からないし、怖いのかも、私はプロジアを殺したらどうなるんだろうって」
話しながら、ディリスは考えていた。
実は、ある。静かに、そしてずっと考えていたことが。
話していて、頭の中で整理がつき、油断していたせいで彼女は思わずそれを口に出していた。
「でもそうだな……冒険者を本格的にやってみたい、かな」
エリアとルゥが互いの顔を見合わせる。
それに、気づいていないディリスはノンストップで思考を漏らし続ける。
「全てが自己責任で、そして色んな場所へ行って、色んな依頼を受けて。そうしたら私は、空っぽな自分を少しは満たせそうな気がし――」
そこでようやくディリスは自分が何を口走っているのかを理解し、口を手で塞いだ。
思わずエリアとルゥを見るが、二人共、とてもいい笑顔であった。
「――忘れて」
「忘れないよ! いいじゃん! やろう! やろうよ冒険者! 私とディーとルゥちゃんがいれば、最強のパーティーが出来る! それで最高ランク冒険者を目指して見るってのもアリだよね!?」
立ち上がるやいなや、エリアが興奮気味に夢を語りだす。
その笑顔はとてもキラキラしていて、そんな彼女の笑顔を見ると、今自分が漏らした夢が現実味を帯びてくるような気がした。
「うん! 決まりだ! この戦いが終わったらやろうよ、ちゃんと冒険者をさ!」
ディリスにとって、これは登山のようなものであった。
辛く、辛い、山を登っている現在。
周りにしっかりと目を向けられる余裕は残念ながら、今はない。
だが、もしも。
その山を登りきる事ができたなら。
「うん、そうだね。だから、やる。私は、ちゃんと自分の今までにケリをつける。だから、その時はエリア、ルゥ。私と――」
そうすれば、ディリスは今よりももっと自分の事を好きになれるかもしれない。
やろう、ちゃんと自分のことを。 byディリス