第五十八話 殺人者、殺人鬼
早朝、ディリスは身支度を整えていた。
愛用のコートを身にまとい、天秤の剣を左腰に装備する。もちろん奥の手である短剣も忘れずに。
ルゥとフィアメリアも準備中である。
三人の視線の先には、割れた窓ガラスとそして、床に刺さっているメモが括り付けられた短剣があった。
深夜に投げ込まれたロッソからの合図。
とうとうこの日が来た。
戦って、勝ち取る。
そのために、ディリスは行くのだ。
「さて、と」
「ディーさん、私はいつでも大丈夫ですっ」
「私は見届けに行きますね。万が一、ディーが敗れるようなことがあれば私が責任を持って殺しますから、思う存分やってください」
それぞれから頼もしい一言をもらい、ディリスは指定された場所へと向け、出発する。
とはいっても、そこまで遠くはない。
歩いて、ほんの三十分ほどの距離である。
目的地は、パナリアから外れた所にある教会であった。
フィアメリアからの情報によると、昔は親から捨てられり、家庭の事情で預けられた子どもたちの面倒を見る孤児院にもなっていたらしい。
そこの教会を取り仕切っていたシスターは非常に慈悲深く、教会の仕事をこなしながら、空いた時間を子どもたちの世話に費やしていた人格者である。
だが、そんな人格者に降り掛かったのは、悲劇であった。
「ふーん……強盗に入られたんだ」
「ええ。そして生き残った誰かさんは今、世界を放浪し、殺人を重ねているそうですね」
「……まさか、それって」
ディリスの問いに、フィアメリアは答えなかった。
そこからは本人から聞け、と言わんばかりに。
「ディーさん、あれですかっ?」
ルゥが指差すのは手入れも何もされていない廃墟同然の教会。しかし、大きい。
当時は、それはそれは立派な教会だったのだろう、と推察できるほどには。
これならばジョヌ・ズーデンが経営している教会の方が断然キレイである。
「ここだね、間違いない」
中に入らなくても感じる。
この圧倒的な闘気、それに殺気。
濃厚すぎて目に見えるようであった。
間違いないな、とディリスは天秤の剣の柄に手をかける。
「抜いてから行かないんですかディーさんっ?」
「うん、ここまでやっておいて不意打ちしに来るようなしょっぱい人間じゃないからね、奴は」
「流石は同類。信頼があるんですね」
フィアメリアの言葉にはあえて返答せず、そのまま無言で扉へ手をかけたディリス。
開ける直前、彼女は小さく呟いた。
「……同類、になっていたかもね」
中は外観通り広く、“動き回る”には十分すぎるだろう。
椅子など、中にあったであろう備品は全て撤去されている。
だからこそ、前方にいるエリアと、そしてロッソがよく視えた。
「ディー!」
「待ってたぜ《蒼眼》」
「エリア無事?」
「うん! 大丈夫だよ!」
エリアには服の汚れや乱れは一切なく、そして顔色も良い。
酷い扱いを受けていないことを確認したディリスは、内心安堵する。
そうなれば、後はもう考えることはない。
「私が来たんだから、もうエリアには用は無いはずだが?」
「ああ、そうだったな。おら、行け。さっさと行かないと斬る」
鞘に入ったままの剣で軽く小突かれたエリアは、ディリス達の方へと歩き出そうとする。
だが、その前に一度だけ、ロッソへ視線を向けた。
「何だよ。俺は気が短いぞ」
「ロッソさん。あの、ご飯とか色々ありがとうございました」
「お前は《蒼眼》が逃げないようにするための保険だったんだ。礼とか言われる筋合いはないぞ」
「それでもです。私を一度も拘束せず、酷いことを一切しなかったので」
その言葉に、ロッソは笑い声をあげた。
馬鹿だ、と。
そもそもの話、そんな奴は誘拐なんてしない。
この馬鹿は頭がお花畑のおめでたい奴だ。そうロッソは結論づけた。
そんな奴ではないのだ、自分は。
「はっ! 頭お花畑ちゃんだな、本当に!」
「だって! ロッソさんが人を殺すようになったのはここで――」
「そ れ 以 上 言 う な ら 本 気 で 殺 し て や る が ?」
エリアの前に、ディリスが出る。
その瞳は既に蒼く輝いていた。
「フィアメリア、エリアとルゥを頼むね」
「分かりました。さぁ二人共、下がりましょう。あ、それとロッソ」
「アァ? 誰かと思ったら《音速のフィアメリア》サマじゃねーか。《蒼眼》殺したら次はお前が相手になってくれんのか?」
「ええ。その子を殺せたら、の話ですがね」
「上等が過ぎるナァ? 楽しみが増えて仕方がねぇ」
ディリスとロッソ、互いに剣を抜く。
これ以上は無いほどの最高のコンディション。
肉体的にも、精神的にも、どちらも整っている。
だから後は、どちらがより殺しに情熱を注いでいるかの比べ合い。
「なぁ《蒼眼》よ」
「何だ殺人鬼」
「お前を殺したら、俺は何かを満たせると思うか? 強い奴と真正面から戦い、血みどろになって、どちらかが死ぬ、そんな戦いを終えることが出来たら、俺は満足できると思うか?」
「……さぁね。私も、貴様も、どんなに高尚な事を言っても所詮は人殺しなんだよ。ただまあ、私から一つ貴様に返す言葉があるとするならば――」
剣を握る力が一層強くなり、感覚を研ぎ澄ませるディリス。
もういつ開戦してもおかしくない中、彼女は淡々と、こう言い放つ。
「――私を殺せると思って戦うつもりなら、貴様の死ぬ時間が早くなるだけだぞ?」
「やっぱお前はオモシレェ!!!!!!!!!」
合図もなく、殺人者と殺人鬼の殺し合いが始まった。
頑張って。そして、死んじゃ駄目だよ、ディー。 byエリア