第五十六話 天国には行けない
とある場所へ、プロジアとオランジュ、そしてアズゥは向かっていた。
「ロッソがブレシィド要塞を落としてくれたおかげで、封印具を手に入れることができました」
そう言いながら、プロジアは手に持っていた小さな杯のような物をぽんぽんと軽く宙に投げていた。
それを見ていたオランジュの表情は苦々しいものである。
「ちょっと止めなさいよ、それ。うっかり壊しでもしたらどうするのよ」
「最終的には全部壊しますよ。まあ、ヴェールが行った所は既に、虚無神が自力で壊したようですが」
「アズゥが手に入れてきた、コレも壊すの?」
アズゥが手に持っていたのは、万年筆のようなものであった。
だが、ただの万年筆が発する悍ましさではない。これは、そう何か邪悪なものがこびりついているような、そんな雰囲気である。
そんな万年筆をあっさりと受け取ったプロジアはまじまじとそれを見つめる。しかし、どこか興味なさげにも見える。
「……やはり、ただのガラクタですよね。鍵、錆びた短剣、小さな丸い魔法石、万年筆、四角い宝石、それに杯とあとはアレ……ですか。封印した者はガラクタマニアだったのでしょうかね?」
「やっぱりあれじゃない? ただのガラクタに見えていたほうが都合良いとか?」
「それもあるでしょうね。あからさまな物ならば誰かがその価値に気づくかもしれないでしょうし。頑強な宝物庫を作るより、その辺のゴミの中に置いていた方が案外、誰も興味を示そうとはしないのかもしれませんね」
興味がない。そもそも意識を向けるに値しない。
そういう物に封印を施したのだとするのならば、それはある種の視点で見れば、効果的なのかもしれない。
もし、これが虚無神の封印具だと知っていなければ、今頃どこかのゴミ箱に入れていただろう。
「で、今更だけどプロジア。私たちって今どこに向かってんの? ほら見なさいよアズゥが疲れているでしょうが」
「ふふ。前から思っていましたが、オランジュってお姉さんみたいですね。面倒見が良い、というか」
「は、はぁ!? 誰が姉よ! 冗談じゃないわよ!」
「そういえば弟がいるのでしたよね? お元気ですか?」
「あんたには私の弟の話はしませーん!」
「な、何故でしょうか……?」
不安げな声になるプロジア。それに対し、“白々しい”と唾吐くオランジュ。
「あんたに必要以上に個人情報握られると後が怖いのよ。何ていうか、それ人質に無限に人をこき使うような未来が視えちゃうのよね」
言いがかり、とも言えるオランジュの言葉へプロジアが取ったリアクションは、“不思議そうに首を傾げる”であった。
「そういえばその話ですが私、確かディリスに負けたら契約終了と言いませんでしたっけ? どうしてまだオランジュは私についてきているのですか?」
こいつは突然何を言っているのだとオランジュは思ったが、次の瞬間、プーラガリア魔法学園での戦いが頭を過ぎった。
そして、怒る。
「ばっかじゃないの!? あの程度で私が負けたとでも!? 冗談冗談! 私はまだ本気でやってないからアレはノーカウントよ」
「そう、ですか。じゃあ覚悟しておいてくださいね。そろそろ私の計画は佳境に入ります。オランジュ、それにアズゥも。本格的にディリス達にぶつかってもらいます」
「アズゥは良いよ。相手が誰でも、倒すから。それがあの嫌な所から連れ出してくれたプロジアに対する、お礼だから」
その健気さに涙したのはオランジュである。
「いい子よねぇほんと。おまけに膨大な魔力持ちと来たもんだ。ねえプロジア、今更だけどどっから拾ってきたのよこの子」
「この子は大変だったのですよ。人体実験に使われていたので、それを哀れに思った私がこうして連れ出した訳です」
「げぇ、こんな可愛い子にか。悪趣味のクソ野郎もいるもんね。どこのどいつよ全く」
するとプロジアは空を見上げ、少しばかり考えるような素振りを見せる。
「さぁ? どこの誰でしょうね? 強いて言えるとするなら……『宿命の子供達』だなどと大層な計画名を立てているくせに、人一人消えたぐらいで少しも騒がない駄目な人の所、ですかね?」
計画はいよいよ大詰め。
そうなってくると、彼――ルドヴィに関してはそろそろ用済みとなる。
華々しい退場を用意してやらなければいけない。
それも、彼が泣いて喜ぶような。
「プロジア」
「どうしたのですかオランジュ?」
「包帯で眼は隠れているけど、口元。すごい邪悪に笑っているわよ」
そっと、プロジアは自分の口元に指をつける。
オランジュの言う通り、確かに自分は笑っていた。
それも、とてもとても楽しそうに。
「なるほど、私はまだこうやって笑うことが出来るのですね」
「プロジア……あれ」
アズゥが前方を指差した。
遠くだったので、その全ては視えないが、それでも巨大な神殿だということは分かる。
遠目に見ても、はっきりと分かるその異質さ。
こと魔法に通じるオランジュが即、そこから放たれる強烈な危険性に気づけた。
「はっはーん。あそこ、相当やばいわね。何よアレ。あんな純粋な悪意が迸る神殿に向かってるの? 私たち」
「ハルゼリア大神殿。あそこに虚無神が封印されています」
とうとう、ここまで来たのだ。
ここに来るまでに様々なことがあった。
そう、本当に様々な。
天国には行けませんね――プロジアは小さく、だが確かに、そう呟いた。
とんでもないのがいそうね。帰りたい……。 byオランジュ