第五十三話 一瞬の隙が
人は一体何人殺すことが出来るのか。
その一つの答えがロッソ・オーステンの存在にあった。
「自己紹介でもしとくか、《蒼眼》さんよ」
「そうだな。後で殺した奴の名前でも覚えておかないとすぐに忘れてしまうからな」
ジリジリと距離を取る両者。
すぐには届かない。だが、どちらかが三歩踏み出したら即、開戦となる絶妙な距離。
ディリスの瞳はあらゆる隙を逃すまいと集中していた。
「俺はロッソ・オーステン。斬った奴はもう数えてない。ヨロシク」
「ロッソ……《抹殺のロッソ》。一人で小国を潰した伝説の殺人鬼か。何でお前みたいなのが私の所に来るんだ」
「いや、これがね。前は質より量を殺せればだいたい腹いっぱいだったんだが、最近は美食方向にシフトしてね。量より質を刻みたいんだわ」
「そうか、救いようがないな」
殺人が趣味で、常に人を殺していた父親。
“ナマ”の人体模型作りが趣味で、常に人を殺していた母親。
そんな両親の間に生まれた子供は一体、どうなるのか。
答えは一つ。
孤剣にて、とある小さな国を一つ滅ぼしてみせる。
それがロッソ・オーステンなのだ。
根っからの殺人鬼たちの血を色濃く受け継いだサラブレッド中のサラブレッド。
「いつまでお喋りしてんだよなぁ!?」
右から繰り出される剣を避け、左から振り下ろされる剣を受け止めるディリス。
その一撃の重さは言葉で言い表すことが難しく、腕の骨が軋む。
天秤の剣を巧みに操り、ロッソの剣を巻き上げると、そのまま脇下を斬りつける。
急所を狙った一撃。これ先ほどとは違い、完全に刃が食い込んだ感触。
確実に死ぬ斬撃。
だが、ロッソの顔は歪むことがなく。
「ははははは!!」
ぎゅっと筋肉を引き締めることで強引に止血をしたロッソは、そのままディリスへの攻撃を再開する。
止血はまだ、良い。心臓狙った一撃を筋肉で白刃取りするくらいだから、驚きはしない。
だが、二度も急所を攻められているにも関わらず、臆するどころから更に喜んで攻撃し返してくるこのメンタルは何なのか。
「はっはっはっはっはっ!!!」
足払いの横薙ぎと、その回避を狩ろうとする鋭い突きがロッソから繰り出される。
初見ではどちらかの攻撃をもらっているであろうそんな悪辣な二撃に対し、ディリスは対応してみせる。
横薙ぎは当然跳躍、突きに対しては身体を捻り、避ける。同時に伸びた手首へ天秤の剣を走らせる。
ロッソの手首から血が吹き上がる。
ここで距離を離すのが定石。
しかし、それだけでは足りないとディリスは奥の手の解禁を選択。
後腰の短剣へと手をかけた。
「貴様は殺すよ。エリアやルゥが何と思おうと、貴様は殺す」
左手に持った短剣をそのまま真横に振るった。
しかし、それは刃による攻撃を目的としたものではない。
短剣の握りと鍔を境目にパーツが分かれる。
何度か左腕を振り、握りと鍔の接合部分にある“ワイヤー”を瞬時にロッソの首へ巻きつけた。
「ほおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!?」
「私が絡め手を使わないと思っていたか?」
完全にキマっている。
握りを引っ張り、更に巻きつけを強化する。
確かにその肉体の頑強さは称賛に値するだろう。外からの攻撃では仕留めるのに時間が掛かるかもしれない。
ならば、中の攻撃はどうだ。
酸素。人間の生命維持に根本から関わるこのファクターを途切れさせる事ができれば。
白兵戦の最中にやることとすれば、少しばかり泥臭い。
だが、そうでもなければ倒せない相手だということもまた、事実。
徐々にロッソの身体がふらついていく。
後もう少しで、殺せる。
ディリスは、そのことに集中しすぎたのだ。
「はは……ははは……、は!」
ロッソの左腕が大きくしなる。
剣を投げたのだ。
何の予備動作もないがその投擲の威力は凄まじく、剣は回転などせず、まるで矢のように直進する。
その矛先はディリスへ、ではない。
「エリア!!」
エリアの方向だと即、気づいたディリスは短剣を手放し、投擲された剣を迎撃するべく向かう。
この距離ならば、まだ間に合う。自分の全力を込めて走れば、まだ。
エリアは突然のことに動けないでいた。
それはそうだろう。互いが互いに集中していたはずなのに、突然牙を向けられるのだから。
戦い慣れしている者ならば、すぐに防御魔法を張れた。
だが、エリアは違う。
ルゥは召喚魔法が間に合わず、パールスは距離も少しあり、まだ本調子ではないので、動けずにいる。
ならば、ディリスだけなのだ。エリアを助けられるのは。
「間に……合わせる!」
少しでも早く辿り着けるよう、魔力を脚に回す。魔力の扱いが下手くそなため、身体能力向上なんて直ぐに効果が切れるが、それでもそのなけなしの努力が功を奏す。
あと少しで剣にたどり着くが、間に合わない。
そこで、ディリスも半ば天秤の剣を下からアンダースロー気味に投擲。
ロッソが放った剣の真横を天秤の剣の切っ先が捉えた。
甲高い金属音。二剣は宙を舞う。
間に合った。エリアを助けることが出来たのだ。
その背後にいるロッソが、格別の笑みを見せていることには気づかないまま。
「ディー!!!」
振り向いた時には、全てが遅かった。
ディリスの腹部を、ロッソの剣が貫いた。
嘘だ……嘘だ、ディー……! byエリア