第五十一話 破城点突。無防の死矛(しぼう)――“紫の矢”
ディリスの想像以上に、パールスの立ち回りは相性が悪かった。
斬りかかれば盾でいなされ、そして突きによる痛烈な反撃が飛んでくる。
かといって距離を取れば、今度は光の攻撃魔法で好き勝手に攻撃される。
自分の手札を再確認する。
自分に許されているのは、人間離れした身体能力と戦闘経験による実力行使。
詰まるところ、小細工抜きのガチンコ勝負なのである。
いや、それは正確ではない。ディリスにはたった一つだけ小細工がある。
だが、その手を開帳するにはタイミングが悪い。そして、相手もだ。
「どうしましたか《蒼眼》? 攻めてこなくなりましたね」
「インターバルって知ってる? ここから更にペースアップしていくんだよ」
「防戦は私の最も得意とする所、貴方に攻めきることが出来るか楽しみです」
蒼い眼を動かし、ディリスは隙を探る。無駄だとは分かっているが、それでもだ。
次の瞬間、彼女の足は地面を蹴っていた。
「……!」
パールスの瞬きのタイミングを逃さなかった。
この《蒼眼》を前に、一瞬でも視界を塞ぐことのリスクは想像以上に高くつく。
可能な限り、姿勢を低くしていたディリスは再び、自分の剣の間合いに入り込み、剣を真横に振るう。
だが、何度目かの円盾との衝突。
即、剣を切り返し、今度は袈裟に振り下ろすも、軽やかかつ正確な体捌きによってパールスの円盾が間に合っていた。
まるで闘牛のような捌き合い。
ディリスが牛とするなら、パールスが闘牛士。
パールスは極めて冷静に攻撃を防いでいる。
心理的には彼女が優位。
そこを冷静に突き崩すのが、ディリス・エクルファイズの強さなのだ。
「ふっ……!」
天秤の剣と円盾が拮抗する中、ディリスは盾へ思い切り蹴りを入れた。
三次元的な動きをして死角から討とうとしても無理、正面から斬りかかっても無理。
ならば、自分の得意な正面から攻撃を更に強めて、強引に突破するだけだ。
思わぬ攻撃にパールスが少しだけ後ずさる。
そのままディリスは次の攻撃へと移る。
パールスの眼が殺人者の動きを捉えるべく、極限の集中を見せる。
右か、左か、はたまた上からか。あらゆる角度からの斬撃へ対応しようと歴戦の騎士は、ずしりと構える。
《蒼眼》動く。
「下。斬り上げ。――ッ!?」
身体を沈ませる。深く、更に深く、いやこれはもはや!
突進の勢いはそのままに、地面に身体を擦り付け、滑り込むディリス。
すれ違いざまに振られる天秤の剣。
刃が撫で斬る先は、太もも部分、もっと正確に言うと、大腿動脈。
大量出血が予想される人間の急所の一つである。
「っつ……!」
パールス、ここで初めて膝をつく。
幸い、下に鎖帷子を着込んでいたため、傷は深くないが、それでも放っておけば、危険な状態に陥る可能性は十二分にある。
そして、今は殺し合いの最中。
治療はおろか、この土壇場において、一瞬でも膝をつくことの意味を、パールスはよく理解している。
「勝負あったね」
蒼い眼の殺人者が天秤の剣をパールスの首筋へと添える。
「ええ……正直、負けるとは思いませんでした」
改めて、相対した感想を述べるならば――異常。
単純に強すぎる。
自分も腕には自信があったのだが、その自信が根本から崩れ落ちてしまったくらいには絶望的な差があった。
何より恐ろしいのが、必ず殺すという意志。殺すためのプロセスを何百、何千と持っているとすら感じる柔軟な対応力。
総合的に見れば、パールスに優位があったのかもしれないが、その点のみで全て覆されてしまったという感覚を拭いきれない。
「殺しなさい」
もはやパールスに悔いはなかった。
自分の騎士道の終焉を、この最強の死神によって迎えられることに感動すら覚えていた。
だから、後はその冷たい刃の祝福を受けるだけ――。
「……?」
だが、やってこない。
いつまでも、いつまでも、やってこない。
どうしたものかと、ディリスを見ると、パールスは信じられない物を見たかのように、目を大きく見開いた。
「何を……しているのですか?」
天秤の剣は既に鞘に収められ、蒼い眼光は元の茶色に戻っていた。
問われたディリスは、エリアとルゥを見ながら、言う。
「分からない」
「ふざけているのですか?」
「ふざけてないよ。殺す気は満々なんだ。だけど、お前を殺そうとすると、エリアとルゥの顔が強張るんだよ」
「やらないと、殺しますよ」
「殺せないよ。今ので格付けは済んだ。分かっているはずだろう?」
無言になるパールス。
対するディリスは髪をかき上げ、わしゃわしゃとかき乱す。
「そんな顔しないでよパールス。私にだって分かんないんだよ。あとはお前の首筋撫でるだけで終わるのにそれをやったらエリアとルゥに嫌な思いをさせるって分かるから。……お前が救いようのないクズだったら良かったのに」
「……あの鉄血の殺し屋とも言われた《蒼眼》が随分と丸くなりましたね」
「二度目はない。もしお前と二回目をやることがあったのなら、その時はきっちり殺してみせる」
「ふっ……こちらから願い下げですよ」
やはりおかしくなっている。
ディリスは自分をそう評価した。
今までだったら。
今までだったらちゃんと殺せていたはずなのだ。
なのに、この感覚は何なのだ。
おかしい。
あの頃の、どこまでも冷たくなれたあの感情は一体なんだったのか。
分からない。分からない。分からない。
鉄血の殺人者、最強への処刑人、様々な畏怖を受けてきた自分が分からない。
やっぱりおかしいよ、私。 byディリス