第五十話 突き
パールスとの食事から時間が経過し、明朝となった。
朝日が出るか出ないかの時間にディリス達が向かったのは、パナリアから少し南下した所にある平原である。
都市が近いからなのか、魔物が全くおらず、まさに決闘にお誂え向きといった場所である。
少し小高い丘に、彼女――パールス・テレーノは居た。
歩いてくるディリス達の姿を確認すると、彼女は笑顔を浮かべる。
「ちゃんと来てくれましたね? ありがとうございます」
「殺しの時間はきっちりしたいからね」
ディリスが天秤の剣を抜く。
それを確認したパールスもそれに合わせ、簡素な造りの短剣と円盾を構えた。盾を突き出し、短剣は弓引くように。
エリアは何も言わなかった。
代わりに、この勝負から目をそらすものかとしっかりと目を開いていた。手は合わせ、自然と祈りの格好に。
「《蒼眼》。最後に、何か言っておきたい事はありますか?」
「奢ってもらうご飯はやっぱ美味しいなって思ったよ」
「――ふふ、そうですか」
円盾から魔法陣が現れ、そこから光の束が何本も放出、拡散する!
さながら閃光の箒。
開幕の火蓋は、パールスの光属性の攻撃魔法『光の箒』によって切って落とされる。
ディリス、即座に剣を構え、防御の態勢。
光の一本が地面に当たるとその部分が焼け焦げている。つまり、直撃すればそれだけのダメージを負うことになる。
幸いなことに、精密な攻撃ではなく、ただ縫い止めるだけの目的であったからこそ、大きな回避行動を選択しなくても良かった。
「参ります」
攻撃魔法に気を取られ、パールスの接近を許してしまった。
盾で身と剣を隠しながら、どこから攻撃を仕掛けてくるのかカモフラージュしている。
剣は既に抜いていたディリス。
斬打突に対し、解答を用意していたが、パールスの初手はそのどれでもなかった。
「『放光』」
「――ッ」
盾から初歩中の初歩である、一瞬だけ光を放つ魔法『放光』による目眩まし。
即座に感じる冷たい殺意。
チカチカする視界でちらりと視えたのは、パールスの短剣の切っ先であった。
紙一重の所で防御が間に合い、剣の腹と短剣の切っ先の拮抗が発生する。
どちらかが一歩足をずらせば、そのまま態勢が崩れるくらいには力の均衡が取れている。
「猫だましみたいな手ですが、これで案外人は死ぬんですよね」
「雑魚にしか通じない手だよ、それ」
先に動いたのはディリスである。
姿勢を低くし、右足で強烈な足払いを仕掛けた。その勢いはさながら、大鎌のごとく。
対するパールス。跳躍を選択せず、重心を落とし、その足払いへの防衛とする。
姿勢を崩す事ができなかったディリス、すぐに後方へ跳躍し、後隙を狩られないようにする。
その選択は実に幸運であり、正解であった。
盾を構えたパールスはまるで砲弾のような勢いで体当たりを敢行したからだ。
そのまま食らえば、吹き飛ばされ、倒れるディリスの喉元を刺突され、終了。という未来が確定していた。
(……堅いな。立ち回りを崩すにはどうしたら良いか)
少し考え、ディリスは直ぐに行動を開始する。そんな思考している時間がもったいない。
何かの時間稼ぎを目的としているかもしれない。
故に、即殺。
間合いを読み取らせないよう、足捌きを細かくし、一足で間合いに入れるような距離を維持するディリス。
不動の構えを見せるパールス、一歩踏み込んだ。
「シ――!」
その一歩はディリスが待ち望んでいた一歩。
静から動へと移った彼女は一息でパールスの懐へ飛び込む。
容赦のない逆袈裟斬り。
大体の者は突然の攻撃に反応が遅れる。
だが、ディリスが得意とする斬撃はパールスの首を刎ねるまでにはたどり着かなかった。
「疾い……ですね。少しでも反応が遅れていたら首斬られていました」
円盾が、彼女の凶刃をしっかりと食い止めていた。
中々の盾運び。だが、称賛はそこそこに。
直ぐにディリスは高く跳躍し、ジャンプの頂点で身を捻った。
そのままパールスの背後を取った彼女は天と地が逆さまの状態で剣を振り抜く――!
「ちっ……」
着地し、地面を転がり、距離を離すディリスはまたしても不発に終わったことに舌打ちを一つ。
死角からの奇襲は、またしてもパールスの円盾によって遮られたのだ。
恐ろしいまでの反応速度。
それが、そのまま防御力に繋がっている。
「最強の矛と盾、どちらが勝っているのか試してみましょうか」
パールス突進。
盾でディリスの死角になるよう巧妙に短剣を隠し、パールスはそのまま再びディリスの間合いへと侵入する。
風が吹いた。
盾の陰から短剣の切っ先が飛んでくる。
持ち前の反射神経でその突きを迎撃しようとしたディリスは、悪寒を感じた。
防御の姿勢のまま、彼女はパールスの勢いを殺すように、後ろへとジャンプした。
だが、間に合わない。
「くっ……!」
突きの“ノビ”が想像以上にあった。
弓矢の速度、岩石と真正面から衝突したような衝撃、そして長槍の間合い。
威力を逃しきれず、思わず、地面を転がるディリスはパールスの得意技を思い出していた。
「かなり本気で突いたのですが、中々どうして。武器をへし折り、そのまま貴方を貫くはずが、こうして生きている。堅いんですね『七人の調停者』の武器とは」
突き。
単純だが、当たれば一撃必殺の突き。
盾で攻撃を防ぎ、光速の突きで確実に相手を仕留める。
突きなのだ。
パールス・テレーノが『聖雷騎士団』の団長の座を勝ち取ったのは、この単純だが防ぎようのないシンプルな一撃だったのだ。
手を変え、品を変え、厄介この上ないです。 byパールス