第四十五話 逆境、現れたのは
戦況は少々不利と見てよかった。
複数人が絡む殺し合いの場に慣れているディリスがエリアやルゥ、ギルスや御者をフォローして回っては殺し尽くしているので、時間が経てば全てが片付く予定。
しかし、逆を言えば、ディリスが崩れれば皆殺し確定と言っても差し支えない状況でもある。
「エリアは防御魔法。ルゥは念の為、召喚霊の用意。ギルス、あれだけ大口叩いたんだから、援護は任せてもいいよね?」
それぞれ頷き、行動を開始する。
ディリスの配役は正しかった。
魔法の扱いが上手いエリアだからこそ、生命線たる防御魔法を任せる事ができる。
そして、ルゥは人に向けるには少々オーバーキル気味だが、一気に戦況を傾けられる召喚霊がある。
ギルスに関しては、組んだことがないので未知数ではあるが、臆さず攻撃魔法の準備をしている所を見られたので、少しは期待できそうだ。
「《蒼眼》! 貴様を殺せば、我ら『火鼠の牙』の名が上がる! 死んでもらうぞ!」
ディリスの周りに、刺客三名。
それぞれが凶器を持ち、一息に目標を始末する算段。
だが、ディリスは臆さず、ただ世界が凍るような殺気を纏った蒼い眼で周囲を見回す。
「はぁ……貴様ら、何か勘違いしているみたいだけどさ」
後ろを見ず、背後へ剣を突き出すと、刺客の腹部に鋭く刺さる。
そのままの勢いで剣を抜き、手近な刺客の腕を斬り、怯ませた所で斬首。
「ひっ……!?」
あっという間に二人を始末したその手際に、正面の刺客、脂汗が滲む。
だが、《蒼眼》を前に、その隙は数度死んで余りあるものだ。
刺客の腕を押さえ、そのまま首筋に天秤の剣を当てるディリス。
「まだ、いるか」
三人を一瞬で葬ったディリスの息はまだ上がっていない。
まだまだ動ける。
エリア達の方へと顔を向けると、防御魔法でなんとかやり過ごしている。
その間にギルスは攻撃魔法で刺客を追い払っている。
一旦、エリア達の身の安全を確保するため、ディリスは走り出す。
「行かせんぞ!」
エリア達と自分を遮るように炎の魔法が壁のように吹き上がる。
『炎の障壁』と、即座にアタリをつけ、術者を殺すため、ディリスは踵を返す。
今度は先程よりも多い五人。
「ちっ……あまり楽しくさせないでくれよ」
エリア達がいつまで保つか分からない。
一旦、インターバルを挟ませてやらなければ、万が一ということがある。
ならば、答えは一つ。
一刻も早く、抹殺するしかないだろう。
天秤の剣を逆手に持ち、刺客たちへ躍りかかる。
「動きが遅い。こういう時は、即、殺害だよ」
獣が襲いかかるように、逆手に持った剣を思い切り振り抜く。
その様はさながら虎の牙のごとく。
手近な二名の胴を一薙で斬り裂いたディリスは、残りの刺客の攻撃に備える。
振り下ろされる短剣に対し、あらゆる致命傷を防ぐために設計された黒コートを纏った腕で迎え撃つ。
よほどの名剣でもない限り、一発では裂かれないように出来ているため、簡易的な盾として機能するのだ。
そのまま防いだほうの手で相手の首を掴み、強引に引き倒す。そして、そのまま片手だけで首を絞め、相手の息の根を止める。
獅子奮迅。
この言葉が、今のディリスには似合うであろう。
彼女の眼光は残りの刺客へと注がれる。
後ずさり。
この時点で、『火鼠の牙』は精神的に敗北している。
「ディー! ちょっと、きつい、かも!」
エリアの悲鳴。
数人に囲まれ、攻撃を加え続けられているせいで、防御魔法にヒビが見受けられた。
距離的に間に合うかどうか。
既に襲いかかってきた五人は始末済み。
祈るような気持ちで、駆け出そうとする次の瞬間。
「正義専心!」
エリア達の方から聞き慣れない声がした。
同時に、吹き荒れる衝撃波。吹き飛ぶ刺客たち。
一体、何が起こったのか、と攻撃のあった方向を注視すると、すぐに攻撃の主が見つかった。
「少人数を相手に、この多人数は何たる事か! 情けない! 少人数の方! 助太刀をいたしましょう!」
神官のような服装をした、長い紫髪の女性が高らかに名乗りを上げ、簡素な造りの短剣と円盾を構えていた。
「あの盾の紋章は……それに、あの髪の色。じゃあ、あいつが?」
ディリスは即座に正体を看破した。
羽の生えた雷の紋章。
あれはパナリージュ領の領主が設立した武装集団『聖雷騎士団』の紋章である。
そして、特徴的な髪色を見たディリスは、それを振るう者に対して、すぐに見当をつけることができた。
「桃髪のお嬢さん、防御魔法は解除してもいいですよ。それよりも援護を。私が防衛を引き受けましょう」
盾を前に、そして弓引くように短剣を後ろに構えながら、女性騎士は言う。
刺客が襲いかかる。
だが、振り下ろされる凶刃は女性騎士の盾によってあっさりと逸らされ――そればかりか、その盾をそのまま相手に叩きつけた。
倒れる刺客の喉元へそのまま刃を突き立て、女性騎士は次の獲物へと目をやる。
「鮮やかな手並みだね。流石は『聖雷騎士団』の団長様」
ようやく合流できたディリスが女性騎士の隣に立ち、手短に声をかけた。
「《蒼眼》ですか。……一つ訂正があります。私は団長ではありません、“元”がつきます」
『聖雷騎士団』元団長、パールス・テレーノはそう言いながらも、ディリスの方へは目もくれず、まだ残っている『火鼠の牙』へと意識を集中させるのであった。
“元”、か。何があったのか興味がつきないね。 byディリス