第三十八話 模擬戦
早朝、プーラガリアの一角にある誰も居ない公園で元気な声が響く。
「行くよ! ルゥちゃん!」
「はい!」
白ワンピースから動きやすい格好となっていたルゥがエリアを背に走り出す。その手には木剣が握られていた。
対するディーも木剣を持ち、二人の様子を注視する。
まずはエリアから魔法の気配を感知。
的を絞らせない機動で、挨拶代わりの拘束を避けていく。
続いてルゥが突貫。
縦に振り下ろしてきた攻撃を受け止め、そのまま逸らす。
「もう少しタイミング合わせられるはずだよ」
とん、とルゥの胸を押し、距離を離すディリス。
その着地地点へ既にエリアの魔法が発動していた。
「麻痺の電撃!」
彼女の拳から放たれる緑色の電撃は実に狙いすまされた一撃であった。
高速でディリスへと飛んでいき、回避の隙を与えない。
そんな電撃へ対し、ディリスが選択したのは防御であった。
矢のような速度のはずだが、彼女の木剣は電撃を受け止め、そのまま地面へと振り払われる。
「ルゥちゃん、行ける!」
「はい!」
気づけば、ディリスの懐にルゥがいた。
ただ見ているだけではないルゥの視線が、ディリスの胴体へと強く注がれる。
そも、エリアは当てられると思ってはいなかった。
だが、それでも着地際にあの速さで撃てば絶対に眼を逸らすことは出来ないというのは分かっていた。
だからこその一手。本命はルゥにある。
「やあっ!」
気合とともに、突き出される木剣。
そうなのだ、それで正解なのだとディリスは心のなかで頷く。
よほど剣に慣れていなければ“斬”は厳しい。やるのなら“突”なのだ。
剣を“槍”にすることで、非力な力をカバー出来る。
木剣なので掴めば終わり。だが、ディリスはあくまで真剣を想定した対応を選択することにした。
空いた左手で突き出された木剣を軽く押し、右手の木剣をルゥの首目掛けて振るう。
ぴたりと彼女の首筋に止められたその木刃は、真剣だったならば頸動脈切断コース。つまり、絶命していた。
「突きを選べたのは良い選択だった。けど、まだ遅いかな」
「うぅ……頑張ります」
ルゥがへたり込むと、エリアは後ろに下がり、いくつかの魔法陣を展開する。
「ディー、これは避けられるかな!?」
ディリスの豊富な知識が、そこから出現するいくつもの緑色の雷球を『麻痺の電撃』と確認させた。
それが無数に、いくつも。
対魔法戦の基本は、何かをされる前に潰すことにある。
ディリスは即座にエリアへ向け、接近を開始する。
ある程度距離を詰めた所で、ディリスは雷球の異変を察知する。
立ち止まると、前方の左右に浮かぶ雷球がまるで線を結ぶように放電した。もう少し近づいていれば、直撃し、麻痺していたコースだ。
「まだだよ!」
更に魔法発動の全長を察知。同時に、嫌な予感がディリスの脳裏をよぎる。
一瞬で全方位の雷球を確認すると、丁度自分を囲むように位置取りをされていた。
「『麻痺の連結線』!」
無数の雷球がそれぞれを線で繋ぐように、放電を開始し、全方位からディリスへ襲いかかる。
ディリス、それに対応。即座に目星をつけていたポイントへ木剣の腹を向ける。
「ふっ……!」
一息でディリスは前方へと跳躍していた。
その盾にしている木剣はそのままに。
「ええっ!? そんなのあり!?」
その余りにも強引が過ぎる突破方法には流石のエリアも予想出来ず、次の反撃に数秒掛かってしまった。
反撃するべく魔法を選択した頃には、ディリスに転ばされ、木剣を喉に突きつけられていた。
「自分の攻撃は全て疑って、第二、第三のパターンを用意しておくことだね」
「はぁーい……」
実戦ならばこれで二人共死亡。
そこでディリスは木剣を下ろした。
「ん、これで模擬戦終了だね。お疲れエリア、ルゥ」
「ディー強すぎるよ! 少しは手加減してよ~!」
「ディーさん、ほんと攻撃を当てられる気がしませんっ」
それぞれ感想を口にし、エリアとルゥは座り込んだ。
それを見たディリスが用意していた水筒を二人に手渡すと、すぐにそれらを飲み干し、幸せそうな顔になる。
「やっぱり身体を動かした後に飲むお水は美味しいですねっ」
コクコクと喉を鳴らしていたルゥが特に幸せそうに見える。
本人曰く、中々身体を動かす機会もなかったので、この時間は本当に好きということである。
「ルゥはやっぱり木剣をしばらく振ることにするの?」
「はい! ディリスさんほど上手くは使えないと思いますが、それでも召喚霊に頼れなかったときには必要なことだと思うんですっ」
確かにそうなのだ。
ルゥは召喚霊――それも『黒剣のクァラブ』という最強の武器を手にしている。だが、いつでも彼を確実に喚び出せるとは限らない。
基本はディリスが前衛を務めるので、時間は容易に稼げるはずなのだが、それでもそれが難しいときがある。
それをルゥは良く理解しているのだ。
「うん、そうだね。だから私達にはメインの他にサブとなる何かが必要になる」
その言葉に拍手をする者がいた。
ディリスが音のする方へと顔を向けると、“彼”がいた。
「やぁ、ディリス。それにエリアちゃんにルゥちゃん。世界を股にかける大魔法使いがやって来たよ」
へらへらと笑いながら、《魔法博士》クラークがやってきた。
「呼んでないから帰ってくれないかな?」
「ひどくないか?」
厄介ごとの匂いがする。 byディリス