第三十七話 三人の場所への帰還
村長らに別れを告げ、ディリス達はプーラガリア行きの馬車へ乗り、帰路についていた。
馬車に揺られる間、ディリスは宿屋で纏めていた出来事について説明をすることになる。
「それでは早速教えてもらいましょうか。あの時、何があったのか」
「ん。とフィアメリアにそう言われて喋っても、信じてもらえるかどうか分からないけどね」
「ディーさんの言う事なら私、何でも信じますっ」
「ありがとう、ルゥ。じゃあ早速説明すると――」
ディリスは説明を開始する。
虚無神と邂逅したこと、そして奴は封印からの解放を望んでいること。
そして、七つの封印はあと、四つしか残されていないということ。
一番表情が暗かったのは、フィアメリアである。
「……正直に言えば、ディーが虚無神イヴドの意識? と会話をしたということに驚きを隠せません。ですが、貴方は事実だけを喋る子です。……信じるしか、ないんでしょうね」
「ディー、虚無神は他には何か言ってたの?」
「ううん。だけど、あの時もし私に干渉できるくらいの力があったなら――そう考えると、少しだけ身震いが止まらないね」
その発言に口を挟んだのは、幽閉確定となっているヴェールである。
フィアメリアから念の為、《拘束》を掛け直され、現在は簀巻きのような状態にされ、床に転がされている。
「あの《蒼眼》がそこまで言うなんて虚無神って奴はすごいんだねぇ。ボク、びっくり」
「……だいぶ馴染んで来ているみたいだけど、お前はそれで良いのか?」
「うん。だって、《蒼眼》に一度負けたら契約終了、『六色の矢』脱退っていう話だからねー。もうプロジアは私に連絡してくることもないでしょ、きっと」
「どこまでもさっぱりとした関係、プロジアが一番好む関係だ」
「それで、ディー。今後についてですが」
フィアメリアが話題を戻す。
「ディーは今後もプロジアを追うんですよね?」
「当然。奴は殺すよ」
「それはつまり、虚無神の復活を阻止することにも繋がります。分かりますか? 気づかぬ内に、貴方はとても大きな仕事に手をつけていたことに」
「私は英雄様になるつもりは一切ないけどね」
「プロジアは今後も貴方を狙い、そして虚無神の復活を試みるはずです」
「だろうね。私に勝つためなら、何でもしてくるよプロジアは。きっと、ね」
それからはそれぞれ疲れを取るために、身体を休めることにした。
ディリスのように眠る者、本を読むエリアのよう者など、実に様々。
思い思いの時間を過ごしていると、ようやくプーラガリアが見えてきた。
滞在した時間は大したことなかったが、実に濃厚な時間であった。
馬車がプーラガリアに停まる。
そこで待ち受けていたのが、ファーラ王国の騎士たちである。騎士たちはフィアメリアを見るなり、敬礼を行う。
「お疲れ様です団長!」
「皆様もお疲れ様です。それでは早速この者をファーラ監獄塔に入れてください。後日、ゆっくりお話したいので」
威勢のいい返答とともに、ヴェールは騎士たちに連れて行かれることとなった。
その数、十。あの《殺しの奇術師》を連れて行くのならその倍は欲しいところであったが、生憎人員不足。
代わりに、騎士たちには“上級の魔物と戦うが如き、心構えで事に当たるように”と厳命している。
「じゃーね! 《蒼眼》にエリア、ルゥ! 色々とまあ、あったけど結果としてボクは楽しかったからそれで良いや~! エリア、そのうち傷の手当の借りは返しに行くから! あとフィアメリア、死んでくれ~!」
どこまでも自由な呪詛を吐き、ヴェールは見えなくなっていった。
それを見届けていたルゥはぽつりと呟く。
「ヴェールさん、ちゃんと話せば面白い人なのかなって思っちゃいます」
「ううん違うよルゥ。元々面白人間だよ奴は」
「というかヴェールさん、逃げる気満々のセリフだったなぁ」
三者三様の感想である。
あってはならないことだが、そのうち本当に脱獄して、ばったりどこかで出くわすのではないかという謎の説得力がビンビンに伝わってきた。
フィアメリアが三人に背を向ける。
「行くの? フィアメリア」
「ええ。用事は終わりましたしね。……それに、後回しにしていた仕事が山積みなのでそれを片付けなければなりません」
何となく最後にかけて尻すぼみになっていく言葉に、ディリスは何となく察しがついてしまった。
「……まさかフィアメリア、サボって来たな?」
「ち、ちーがーいーまーす! サボって来たわけではありませんー! 色々と期日がある仕事があったけど、リフレッシュを兼ねて、国王陛下から預かった任務をこなしただけですー!」
「ふぃ、フィアメリアさん。それをサボったというのでは……」
「え、エリアさんまで……これはマズいですね。早々に去らないと私の評価がどんどん落ちそうな気がするわ!」
戦闘用の歩法で一瞬にして、エリアたちの視界から消えるフィアメリア。
ディリスはただ前を向いたまま、後ろにいる“気配”に言葉をかける。
「まあ精々ボロ出さないように頑張ることをオススメするよ。常に冷静で、温和な人間になるのを目標にして色々矯正していたのは知ってるけど、それでも私の前や余裕がなくなった時にキャラが崩れるのは頂けない」
「ディーの前は良いの。……頑張っては貴方もよ、ディー。プロジアを追うのは止めないわ。ただ、油断だけはしないでね」
「オーライ」
完全に消えた“気配”へ向け、どこまで聞こえたか分からない返事をするディリス。
やがて、視線はプーラガリア市内へと向けられる。
あのボロ宿屋のベッドで無性に身体を休めたい、そんな思いでディリスはエリアとルゥを連れ、三人の場所へと帰還する。
フィアメリアは時折ポンコツになることがあるんだよなぁ。 byディリス