第三十三話 胡蝶幻影。不可避の霧刃(むじん)――“緑の矢”
ディリスの凄みに、ヴェールは一言しか返せなかった。
「そうやってボクに脅しをかけたって無駄だよ。結局君はボクの精神魔法を破れず、そのまま死ぬんだ」
「分からせてやる」
先程と同じく、ディリスは地面を蹴り、ヴェールの喉元目掛け駆け出す。
応戦する三体のヴェール。
先ほどと同じ三方向からの斬撃。
今度こそ確実に殺す。
必殺の意志を以て、ヴェールはナイフを振るった。
「――!?」
ディリスが串刺しにされる未来が視えていた。
結局、どの攻撃を防いだら良いか分からず、ナイフを突き立てられる。
そんな間抜けな最期を予想していたはずなのに、どうして、何故。
何故、自分が斬られているのだろうと、ヴェールは驚愕に表情を歪ませる。
「ちっ、腕の薄皮斬っただけか。ま、良いか。要領は掴めた」
「な、何で分かった……!? いや、まぐれだ」
三人のヴェールは一度集まり、再び、散る。
一体目は足を狙い、二体目は胴、三体目は首を狙う。
どれかが本物、後はフェイク。
迫りくる刃に対して、ディリスはとある一体目掛けて剣を払う。
「くっ……!」
「今度は服の端っこか。まあ、いいか。次は心臓か首を狙えば良いだけだしね」
「い、イかれてる……! 棒立ちで本物のボクだけを狙うだなんて!」
「別に不思議なことじゃない。ただ一番殺気が濃い奴を狙っているだけなんだから」
「それで防御行動取らないの!? イカれてるよ!」
再度、攻撃を試みようとするが、ヴェールは動けなかった。
先程のようなカウンターを見せられたのだ、無理もない。
――それこそがディリスの狙いである。
確かに殺気を読むことで、本物の特定は可能だ。だが、それは今時点では出来ていない。
少しでも時間を稼ぐためのフェイクである。
やっていることはさっきと変わりない。勘で索敵をしているだけだ。
「ようやく視えてきたんだ。さっさと殺されるなよ」
再び、的を絞らせない足捌きでディリスは前進する。ひたすら前進あるのみ。
臆してはいけない。臆せば、死ぬ。
この状況で、今この瞬間どちらに分があるのか。
そこを理解させてやらなければ、泥仕合になる。
「この……ッ!」
更にヴェールの数が増えた。合計五人。
そして、彼女らの持つナイフに魔力の光が宿る。
「ボクの分身含め、全てに魔力を付与した! つまり今度こそお前は死ぬ」
「本当かな?」
「ボクは『六色の矢』の一人、“緑の矢”! 《殺しの奇術師》ヴェール・ノゥルド! 依頼された任務は確実にこなす! 相手が誰であろうとも!」
「《蒼眼》、ディリス・エクルファイズ。私の命が欲しいなら全力で来ないと死ぬよ」
そうして五人のヴェールは地面を蹴る。
今度こそ確殺しなければならない。
ただでさえ、分身体を作り出す精神魔法『幻影の義手』を使用しているに加え、分身体が物理干渉出来るように魔力を更に回してしまった。
奥の手中の奥の手。
これでしくじれば、本当に死ぬ。
決死の決意で、ヴェールはディリスの命へと刃を突き立てる――!
「魔力の散弾!!」
その瞬間、エリアは魔力を込めた拳を突き出した。
そこから放たれるは小さな魔力の散弾。
ディリスに当たらぬよう、上手く位置調整をした上で飛び散る魔力弾が、ヴェールの本体・偽物へ纏めて襲いかかる。
そうなれば、当然起こりうることがある。
本体を残し、分身体が偽物の証拠とばかりにブレるのだ。
「なっ……!? いつの間に……!?」
僅かな時間。
だが、極限まで集中していたディリスの瞳は、全くブレないヴェールを捉えていた。
彼女にとっては、それで十分すぎた。
天秤の剣がヴェールの胴体を駆け抜ける。
「ぐ……はっ……!!」
腹部から血が滲むのを確認したと同時、彼女の分身体が全て消え失せた。
死にかけにより、術が解除されたのだろう。村人へ掛けられた魔法もこれで解けたはず。
決着が、ついたのだ。
「ふざ、けんなよぉ……! どうしてボクが、やられているんだい……!?」
「ただ遠くから誰かを操り、高みから見下ろしていたお前には一生理解できないよ」
「く、そ……分かるか。分かって、たまるかよぉ……!」
バタリ、とヴェールは倒れる。
六色の矢、二人目の撃破の瞬間であった。
「終わった……んですね」
「そうだね。ありがとうエリア、おかげで倒せた。さて」
言いながら、ディリスは倒れているヴェールへと近づく。天秤の剣は逆手に持ったまま。
「でぃ、ディー。何をするつもりなの!?」
「トドメを刺す。殺しきれていなかった、っていう展開が一番厄介だからね。肺と心臓を刺しておけばもう安心だよ」
「駄目! もう決着はついたんだよ!? 追い打ちをかけるなんて、駄目!」
「これで何かがあったら、私は後悔することになる。だから、自分のためにもやるんだ」
蒼い眼のまま、ディリスはそう言う。
エリアをどかそうと、肩に手を乗せるが、彼女は動かない。
「私だって後悔する。だから私は必要のない殺しは駄目だって言い続けるよ。……これで何かがあったら、私が責任を取る。いや、何かが起こる前に、ちゃんとやる。お願いディー。自分のためにもそうしたいんだ」
見つめ合う二人。
ディリスにとって、強行は簡単だった。
彼女を押しのけ、止められる前にヴェールの身体へ剣を突き立てる。
簡単なのだ、実に、命を奪うことは。
「……ふぅ。じゃあ、この竜の祠から出して、ファーラ王国へ引き渡す。フィアメリアもいるから話は簡単なはずだ。それでいいね?」
「……ありがとう、ディー」
「はぁ……エリアと出会ってから私、一回も殺してない気がするなぁ」
「それで良いの。でも、聞いてくれて、本当にありがとう」
ディリス・エクルファイズにとって。
血風を常に纏ってきた彼女にとって、最大の壁はエリアなのかもしれないと。
彼女は、割と本気でそう思った。
これで、お父さんたちが元通りになる……? byピロク