第二十八話 ドレル村
「さて、着きました。ここがドレル村です」
「ふーん、まあまあ普通の村だね」
「そうでもありませんよ。ほらアレを見てください」
ディリスの目から見て、ドレル村は平凡な村であった。
家がぽつぽつと建っており、土地の大半が田畑や水田。農作業をするための格好をした老若男女があちこちに見える。
空気が美味しい、と月並みなことを言うつもりはないが、何だか心が落ち着くような、そんな村である。
だが、フィアメリアの指差す方を見てみると、そこには竜の銅像が建っていた。
「あれが、信仰されている竜ってやつか」
「ええ、恵みの象徴とされている竜です。名前は分かりませんが、村人にとっては神様みたいな存在らしいです」
「ふーん」
大型の蛇のようだ、とそれがディリスの第一印象であった。だが、足がないドラゴンと思えば、しっくり来る。
こういった信仰について、ディリスは特に興味はなかった。神様にいくら祈ろうが、失敗するものは失敗するし、死ぬ時は死ぬ。だから前を向いて、悔いのないように生きるだけなのだ。
儚いと笑われるかもしれない、だが、それでも自分はそういう風に生きていたい。
「さ、立ち話もなんでしょう。早速村長の所へ行きましょう」
「どこまでお膳立てされているのやら」
村長の家まで歩いていると、村人がこちらの方をじっと見つめてくる。
「こんにちはー! 皆さん畑仕事お疲れさまですー!」
にこにことエリアが手を振る、が村人は反応せずにただじーっと眺めているだけ。
その対応に、エリアは笑顔のままディリスへこう言った。
「とてもつらい」
「まあ、よそ者だからね。そういう時もあるよ。警戒心を解けば、案外フレンドリーだったりするよ」
「で、でも何だか皆さんずっとこちらを見ているような……」
ルゥは先程からディリスの黒コートの裾を掴んでいた。今のディリスの言葉を聞いて、ある程度納得出来たが、それでもただただ無表情で見られるのは怖い。
もう少しだけ掴んでいよう、とルゥはコートの裾を掴み直した。
「随分よそ者に優しい村だね」
「変ですね。以前来た時はもっと明るい人達ばかりだったのですが」
「これ見よがしに武器持ってきている私みたいな奴がいるから、警戒するのも仕方ないとは思うけどね」
「……まずは村長に話を伺ってみましょう。実は不作で、皆気が立っているのかもしれませんしね」
「ん、オーライ」
フィアメリアの案内で迷うこと無く村長の家までやってきた一行。といっても、整備された道路を一本道にひたすら歩くだけだったので楽といえば、楽だった。
村長の家、というからにはその辺の家よりも豪華なのかな、そうフィアメリア以外の三人は思っていたが、見る限りほぼほぼ同じ。
特にそれ以上、目につくところはなかったので、フィアメリアを先頭に村長の家へとお邪魔することにした。
「おや、フィアメリア様。よくぞいらっしゃった」
出てきたのは初老の男性だった。村長というからにはもっとしわくちゃなイメージをしていたが、そういうわけでもないらしい。
「どうもエドガーさん、お話にあった竜の祠の件で調査をしに来ましたよ」
「おや、フィアメリア様。よくぞいらっしゃった」
同じことを二度。この歳でボケが入っているだなとディリスはぼんやりと考える。
しかし、フィアメリアは表情は変えないまでも、纏う雰囲気が少し変わっていた。
「えと、エドガーさんお家に入ってお話してもよろしいですか? 息子さんにも挨拶したいですし」
すると、エドガーが表情を変える。何やら焦っているような、そんな様子で。
「ピロク! そうだ! ピロクはどこに行った!? ピロクは!?」
「ピロク……確か息子さんのお名前ですよね? 何かあったのですか?」
「ピロクはどこに行った……絶対に捕まえなければならん。ピロクはどこに行った……」
ぶつぶつと口を動かしながら、村長エドガーは扉を閉めた。
その一連のやり取りを見守っていた三人を代表して、ディリスが切り出す。
「フィアメリア、場所変えよう」
「ええ、そうした方が良さそうね」
一行は村の中の小さな宿屋の一室を借りることにして、作戦会議を開くことにした。
議題はもちろん、先程の出来事である。
「で、だ。何あれ? あんなボケた老人相手とフィアメリアは何を喋ろうとしていたの?」
「……先にここへ来た目的について話しておきましょう。ここに来たのは、この村の洞窟にある竜の祠と呼ばれる場所の調査です。最近、竜の祠にうろつく不審な人間がいるからこの辺りに駐屯しているファーラ王国の騎士団が定期的に見回りに来ていたんです。だけど――ある日、騎士団の者が誰一人として戻ってこなかった」
この辺には凶暴な魔物は見られない。その不審人物とやらに殺された、というのならまだ分かる。だが、そんな雰囲気でもない。
「だけど、それだけじゃフィアメリアは動かないはずだ」
そうは聞いてみたが、ディリスは今までの会話から察しがついていた。
そうでなければ、仮にもファーラ王国の騎士団長が直々に来るわけはないのだから。
「プロジア絡みだと思ったから、来たんでしょ?」
「その通り。それなりに鍛えた騎士団が不可解な行方不明を遂げている。それに、ここへ来る前にも言ったけど、プロジアの影も見えている。だから、これは私の案件だと思うの。空振りなそれはそれで解決する。当たりなら全力で対処する。簡単でしょ?」
ディリス達と会えたのは偶然ですけどね――そう、フィアメリアは締めくくる。
「事情は分かった。で、フィアメリア。報酬は?」
「……ん?」
ディリスの一言で何やら風向きが変わった。
「フィアメリア、今の私達は『冒険者』なんだ。私達は与えられた報酬に対して、相応の働きをするんだよ。だから何か報酬が欲しいところだね」
「なっ! ディリス、いつからそんなガメつくなったんですか!? おかしいでしょ!? 今の所は素直に協力するところじゃないの!?」
「エリア、ルゥ。帰ろう、そんなプロジア絡みがどうかも怪しい仕事をするより、二人のレベルアップのために何か冒険者ギルドでクエストを受けるべきだ」
「待 ち ま し ょ う」
ディリスの首根っこを掴み、フィアメリアは笑顔を浮かべる。
「来た馬車には帰ってもらったので、もし帰るなら徒歩ですよ? おまけにこの辺を通っている馬車も少ないですし、これはも受けるしかないんですよ?」
「……だろうと思ったよ。本当、逃げ場を無くすのがうまいね」
「とは言え、これはファーラ王国騎士団の業務を手伝ってもらっているという形になりますからね。それなりのお礼はしましょう」
「オーケー。契約成立ってことで――」
次の瞬間、後腰の短剣を抜いていたディリスが押入れの前に立つ。
「そこに隠れているのは誰だ?」
怪しいやつなら即刻、短剣を突き刺す気持ちを胸に。
押入れの扉を開くと、そこにはディリスの予想外の人間が出てきた。
「……」
「子供、それも男の子」
歳にすれば七、八歳といったところだろうか。
活発そうな黒髪の男の子である。だが、何故ここに?
そんな彼を見たフィアメリアが声を上げる。
「あら? 君はピロク君ですよね?」
先程の話に出ていた少年の、まさかの登場であった。
全体的に何だか妙な感じになってきたな。 byディリス