第二十七話 ささやかで、大切な時間だった
気づけば、ルゥはぽろぽろと涙が溢れていた。
今までの“あり得ない事”にも説明がつく。
だとすれば、自分はディリス達の側に居てもいいのだろうか。
「大丈夫だよルゥちゃん」
エリアがルゥの手を握りながら、そう言った。
「だってルゥちゃんの手は温かいんだもん。そんな子が、人間じゃないなんてそんな事は絶対にない!」
「ん、少なくともルゥからは嫌な気配は感じなかったしね。だから私は今でも一緒にいる」
「ふ、二人共……ありがとうございます。とても、嬉しいですっ」
今度は別の意味でルゥは泣き始めた。
そんな三人だけの空間と化した馬車の中、フィアメリアだけは非常にこの先を言いづらそうな表情を浮かべていた。
だが、それでも言わなければ進まない。意を決し、彼女は口を開いた。
「えと、その……良い雰囲気の中で大変申し訳無いんだけど、ルゥちゃんは人間よ。間違いなく」
「ほ、ホントですかっ!?」
「ええ。ごめんなさい、私も言葉が足りなかったわね。確かにルドヴィは召喚霊の力を人間で再現することを目的とした。けど、その方法は召喚霊の力の一部を人間に移植するというものなの。だから正確には召喚霊並の力を人間が振るえるようにするのが彼の目的」
「もしかして、それって人体実験の場所で大人の人たちが言っていた……なんだったっけ。確か、ふぇ、ふぇい」
「――『宿命の子供達』。まだ魔力や肉体が未完成の子供たちを研究素材とし、そして完成した者たちの総称のことです」
ここまでは良かった。新しい情報ばかりでこれからの指針になっていくのは間違いない。
だが、その上でディリスは確認しておかなければならないことがある。
「ルドヴィについてはいつから探りを入れてたの?」
「ディーが抜けてからかしら。匿名でファーラ王国騎士団に情報が入って、そのまま私預かりになったのよ。何せここ、プラゴスカ領主アーノルド・プラゴスカの弟ですからね、国王へ報告したらそのまま私へ任務が課せられたの」
「それは騎士団として?」
「『七人の調停者』との兼務よ。人の道を外れた実験を行うばかりでなく、ファーラ王国への反逆の意志があるという噂もあったから、その確認が取れ次第抹殺する予定だったの」
思ったよりキナ臭くなってきたな、そうディリスは今までの話を反芻する。
「コルステッドといい、ルゥといい、全部プロジアが絡んでいるのは本当、何なんだろうね」
「プロジアがルドヴィと手を組んでいるのですか?」
「うん、プーラガリアで会った時に言ってたよ」
「……そう、ですか。プロジアと会ったのですね」
フィアメリアはあまり驚いていない様子であった。
むしろ、予測出来ていたと言わんばかりの気分の下がり具合。
「どういう事?」
「最近、プロジアの目撃情報を多く耳にするようになってね。虚無神絡みと思っていたけど、どうやらルゥちゃん絡みでも何か動いていそうね」
「奴はルゥを廃人ほぼ確定になるような事をやらせると言っていた。てっきりルドヴィの尖兵にでもすると思っていたけど、少し疑問を持ってしまったよ」
揺られる馬車。
御者から、あと数十分で着くと声が掛かった。
これ以上は込み入った話をするのは時間が足りないと踏んだフィアメリアは、最後にこう締めくくる。
「今回、お互いの話を聞いたことを纏めるわ。まず一つ目、コルステッドを殺し、“鍵”を奪ったことから、プロジアは虚無神イヴドの封印を解こうとしている。二つ目、『宿命の子供達』という非人道的な研究をしているルドヴィとプロジアが手を組んでいるということ。そして三つ目はプロジアはこのままだとろくでもない事をやりかねないので、ころ――まずは目的を聞いた上で、殺すか生け捕りにするかを決める、とこんな感じかしら」
最後の方はだいぶエリアに配慮したのだなとディリスは口には出さぬまでもそう感じた。
そして特に指摘するところもなかったので、そのまま彼女は頷いた。
ディリスに合わせ、エリアとルゥも頷く。
「私は、この力でどこまで出来るか分かりませんが、ディーさんとエリアさんと一緒に戦えるように頑張りますっ」
ルゥが両手で握りこぶしを作り、フンスと鼻息を荒くする。それに合わせるように、エリアもピースサインをディリスへ向けた。
「私もこれまで以上にディーと戦えるように鍛えなきゃ! って思った。頑張ろう、ディー」
これでビビってくれればそれで良かったのに、それどころかどこまでも一緒にいることを選んだエリアとルゥを見ていたフィアメリアは、聞こえないようにため息を一つ。
「…………これじゃもう、『七人の調停者』に引っ張ってこれない、かな」
「ん? フィアメリア、何か言ったの?」
「耳ざといわねディー。ええ、言いましたよ。必ずその二人からディーを取り上げて、『七人の調停者』に戻してみせるって」
この後の返事なんて分かりきっているのに。
ついフィアメリアはそっぽを向き、唇を尖らせ、そんな意地の悪いことを言ってみた。
「それならもう結論出ているから何言っても無駄。私はコルステッドを殺されたときから、もうあそこに戻るつもりなんて無いんだから」
「今なら新しく入ってきた新入り達の指導も特典で付いてきますけど?」
「良いことみたいに言わないでよ。あそこなんて厄介事しか起きないんだからさ」
外の景色が見覚えのある物になってきた。
ドレル村がもうすぐなので、そこでフィアメリアは皆に降りる準備をするよう促した。
長旅でお疲れなのは承知。だが、すぐにでも動かないといけない。
そこで、彼女は大事なことに気づいてしまった。
「あ、そういえば私、結局目的を言わずにここまで付き合わせてしまっていました」
「……虚無神のことやらルゥのことですっかり忘れてた。で、結局ここには何しに来たの? 殺しならいくらでもやるけど」
「まあ、もうここまで来たら村長と会ってからにしましょう。そっちの方が良いわ」
「フィアメリアって結構行きあたりばったりだよね」
それぞれが順番に馬車から降りていく。
最後にフィアメリアが降りる瞬間――。
「私はディーたちと居たあの時間が一番、楽しかったんですけどね」
コルステッドが生きて、ディーもいた。
あの時が彼女のほんの小さな、ささやかで、大切な時間だったのだ。確かに。
いやいや、時間配分というものは大切ですね。 byフィアメリア