第二十六話 おとぎ話の存在だった
「まだドレル村までは長いわ。ゆっくり話しましょうか」
まずは改めてコルステッドから、とフィアメリアは前置きをする。
「コルステッドはプロジアに殺され、それを察知したディーが向かったけど間に合わなかった。ここまでは良いわよね?」
「ええ、知っています。ディーから聞きました」
「実はコルステッドにはある極秘任務が課せられていたの」
「極秘任務、ですか?」
すると、フィアメリアは言葉を止める。
ここから先は言いふらしたら死んでもらわないといけなくなる話題に突入する。改めて彼女はエリアとルゥに覚悟を問うと、即座に二人は頷いた。
それに気を良くしたフィアメリアは止めていた話を再開する。
「貴方達は『虚無神イヴド』って知っているかしら?」
むしろ知らない人間がいるのか、というレベルの存在である。
簡単に言うならば、『虚無神イヴド』というのは誰もが知っているおとぎ話、勇者物語に出てくる最後の敵と言える存在だ。
右手は全てを撃ち貫く攻撃力を持ち、左手は何者をも寄せ付けぬ防御力を持つというまさに無敵の存在。そんな大いなる存在にあらゆる知恵と勇気を駆使して最後には一瞬の隙を突き、封印出来ました。という良くある流れで戦いが終わるのだ。
「え、ええ。私は知ってます。子供の頃、寝る前にお母さんから良く聞かされていました。ルゥちゃんは分かる?」
「私も知ってますっ。絵本でも読んだ事があります」
「知らない人はいないであろう傑作中の傑作である物語ですからね。知っていてくれてよかったです」
ルゥはよく分かっていなかった。どうしていきなり極秘任務から虚無神の話になるのだろう、と。だがフィアメリアは意味もなくこんな話をする人ではないと信じているだけに余計分からなくなってしまった。
そんな戸惑いは全て分かっているという風に、フィアメリアは実にシンプルな言葉選びでその事実を告げる。
「コルステッドには虚無神イヴドの復活を阻止すべく動いてもらっていました。そして……その任務の最中、コルステッドはプロジアに殺された」
エリアは分かりそうで、分からなかった。正直に言おう。何を言っているんだ、とそう思えたくらいには。
だって、それが本当だというのなら――。
「……虚無神イヴドって、本当にいるんですか?」
「ええ。あれはおとぎ話の存在ではなく、過去実在した魔物――いいえ、この表現は少々正しくないわね。虚無神イヴドは本当にいた“召喚霊”なの」
「待ってよフィアメリア。それは私も知らなかった」
そこでディリスは口を挟まずにはいられなかった。何せ、ディリス自身“今”知った情報なのだから。
「誰が、どこまで知ってんの? 少なくとも私が知らないってことはフィアメリアと当事者のコルステッド、そして国王くらいしか知らないレベルなの?」
「正解です。そして、王様がその存在を知ったのは本当に偶然でした。だから命じたのです。“世界の危機だ、封印を司る物品の完全破壊をせよ”と」
「そして、それをどこからか聞きつけたプロジアがコルステッドを殺した……と。そういうことね」
「付け加えるなら、その封印を司る七つの内の一つである“鍵”を奪われました」
鈍い音が、した。ディリスが自身の太ももに拳を叩きつけたのだ。その眼は蒼く染まっていた。
「フィアメリア……どうして私に言わなかった? 言っていれば――」
「――どうにかなったと? それは結果論です。どうにもならなかったかもしれませんよ」
「だけど!!」
「全ては私の判断ミスが招いた出来事です。私が『七人の調停者』の中でもコルステッドだけに命令をし、そして黙秘をさせました。……殺しますか?」
「当 た り 前 だ よ な ァ ?」
既に剣を抜いていたディリス。だが、同時に、立ち上がっていたエリアが左手を振り上げていた。
パチン、と乾いた音が響いた。
「……ディー。フィアメリアさんの気持ちが分からない訳じゃないでしょ? 何のためにフィアメリアさんがこうしてお話をしてくれているのかを、一緒に考えよ?」
蒼い眼のときのディリスは本当に怖い。底抜けに怖い。
そう思ったがエリアはそれでも目の前に立ちはだからないといけないと思ったから。そこからは無意識だった。
じっと見つめ合うディリスとエリア。
それでも先に退いたのはディリスであった。
「……熱くなったみたいだね。ごめんエリア、フィアメリア」
「良いの。だから私はプロジアを許しません。どんな事情があろうと、絶対に」
「そうなると、ますますプロジアをさっさと殺さなきゃならなくなったね」
「ええ、彼女がどういう目的で虚無神を復活させるのかは分かりませんが、殺せるなら一秒でも早く殺さなければいけません」
プロジアへの殺意がますます固まることになった話も一度、これで一区切りにさせて欲しいとのフィアメリアのお願いがあったのでそれを受諾。
そのままの勢いでルゥの人体実験についての話にシフトすることになった。
「それで? 次はルゥの話だよね? ルドヴィが絡んでいるって噂の」
「そうですね。こちらはもっと単刀直入に言います。ルドヴィは異界の住人である召喚霊の力を“人間で”再現できないかという実験をしていたみたいです」
その言葉の意味は、流石にルゥでも分かった。少し後に、震えが来る。
それってつまり――。
「わ、私ってもしかして……人間じゃないんですか?」
おかしいと思っていた。
どうして自分なんかがあんな事が出来たのか、どうして自分があの時必死に追われていたのか。
今、全てを理解した。
私って……。 byルゥ