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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界チート道具回収凸

大鳥町廃病院凸

作者: キリハラ/燃え尽きた

登場人物

語り手。探索者。性別はあなたによる。

アマネ

メンヘラサイコ系探索者。

雪緒

バーのママ。あまり関係ない。


 A市大鳥(おおとり)町4番地18号

 海に面したそこは呪われた地として名を馳せていた。

 高い金網のフェンスで囲まれたその区域は、『多々良崎(たたらさき)診療所』。

 フェンスを越えた先、崖の上にその病院は存在する。

 三階建ての建物で、壁は白かったようだが今では見る影もなく薄汚れている。クモの巣や朝顔の蔦があちこちに我が物顔で居座っていて、人が来なくなってからだいぶ時間が過ぎているようだ。


 懐中電灯片手にフェンスをよじ登り、雑草の上に着地する。背負ったリュックの中にある道具類ががちゃりと音を立てた。

 続けてフェンスから飛び降りたのは今回の相棒でありお目付け役でもあるアマネだ。少々性格に問題があるがホラースポットだろうがパワースポットだろうが……例えば幽霊を見ても顔色一つ変えず探索できる希有な男なので、今回もこちらが何も言わなくても同行することになった。アマネは前髪が顔の半分を覆っているので、表情はあまり読めない。しかも凝視癖がある。真夜中に後ろに静かに立たれるとはっきり言って怖いので今回同行するのも頼もしい半分恐怖半分だ。


 多々良崎診療所はかつてサナトリウムとして建設された精神病院だ。その精神病院に人知れず忍び込む羽目になったのはとある噂と、自分たちの使命が一致した為である。


 時は遡って先週の夜。

 バーのカウンター越しに、客が自分たち以外誰もいないのをいいことにアマネと私はこのバーの主たる雪緒と人に聞かせられない話をしながら酒を呑んでいた。


「二人で行くと、そこで死んだ幽霊に祟られて心中するんですって。二人で、仲良くお手手繋いで、病院の屋上から真っ逆さま。海のなかにざっぱーーん!数日後には漁場の網に引っ掛かる。」

「俺としては心中するのなら、誰にも見つからないところがいい。海流に流されて見つかるくらいなら、謎のまま海の底で。二人っきりで朽ち果てるのなら、考えてやらないでもない。」

「あら、私と心中する気?」

「……違うのか?てっきりそういう“お誘い”だと思った。」

 興味を失ったらしくアマネは視線を下げる。

「違う違う。心中よりももっとスリルがあるコト……!」


 遺品の回収。あなたには借りを返してもらう約束があったわよね。これでチャラにしてもいいのよ?


 酔った頭で考えていたからか、私もアマネも二つ返事で引き受けてしまった事が今回の敗因だろう。でなければいくら返すべき恩があったとしても絶対に引き受けたりしない。正気に返ったとき思わずその場に膝から崩れ落ちそうになった。


 話を戻そう。多々良崎診療所の噂について。

 多々良崎診療所は精神病院だった。

 しかし七年ほど前、ある事件が切欠となり診療所内で殺人事件が起きた。

 死因は焼死。全身が墨になって誰が誰だか分からなくなっていたらしい。

 心中の話でも出てきた幽霊はおそらくこの焼死した人物のことだろう。入院患者含めその場にいた全員が一年たたずして皆変死を遂げたことにより祟りの話が出てきて、それから経営どころではなくなり多々良崎診療所は廃業になった。当然警察の捜査もあって重要な証拠品や私物は回収されているだろうが、それでも一部は残されている。その一部の中に今回私たちが探すものが含まれていると雪緒は言う。


「そこの窓が開いてる。」


 懐中電灯でアマネが指した先。窓ガラスが割られていて、どうやら心中犠牲者はそこから侵入したようだった。

 アマネは警戒するまでもなく窓に手をかけて室内に潜入する。こんなところに置いていかれるのも嫌なので意を決して窓を乗り越える。とうとう引き返せないところまできてしまった。


 部屋のなかは開いた窓から入ってきた長年の塵や砂埃で汚れている。自分たちのものではない足跡などもそのままだ。家具は殆ど無い。辛うじて角の落とされたベッドが部屋の隅に設置してあるが動かないように固定されている。

 アマネは携帯を片手にじっと壁を見ていた。その視線の先にはクレヨンの落書き。壁の下から私の目線の高さまで大きく描かれた大作である。

 黒い人影の上に執拗に赤から黄色のグラデーションの線が重ねて描かれたものだ。


「だいぶ精神が抉られるアートだね。」

「人が燃えているように見えるな。最初の被害者が焼死したならその光景でも描いたのかもな。」

 アマネは携帯のカメラのシャッターを切る。もしかしたら雪緒とメールでやり取りしながら報告しているのだろうか。

「そろそろ行くか。」


 スライド式のドアは何かに引っ掛かっているのか半開きの状態で固まっている。その開いた隙間から部屋の外に出る。

 部屋の外は薄汚れたフローリングの廊下で、当然ながら電気は付いていないので殆ど先は見えない。

 扉の横には木製のプレートが埋まっていた。プレートには『向日葵』の字が彫られてある。扉そのものにも小さなタッチパネル式の装置が付いていて、装置の方は送電自体が止まっているから推測でしかないが、おそらく指紋認証とパスコードの電子キーだろう。

 アマネは先行して左奥の方に歩き出す。先ほどと同じスライドドアが三つほど並んでいるが、アマネは真ん中の部屋の扉に手をかけた。ドアの横には『睡蓮』のプレート。


「奥から見ていかないのか?」

「外から見た限り目ぼしいものは何もないと思うぞ。」


『睡蓮』の部屋は異様に散らかっていた。警察が粗方捜査したあとで証拠品は持っていかれたというのもあるだろうが、それ以上に足の踏み場もないほど物が散乱していた。

 本棚の周りには写真や本が放り投げられたかのように落ちている。棚の上はぐちゃぐちゃで、一目では何があるのか把握できない。そんな部屋のなかで一際異彩を放っていたのがなにかの像だった。有翼人……またはインド神話のガルーダのような鳥人間が燃えているような姿を模した像。それだけが部屋の奥から真っ直ぐ此方を見据えていた。

 懐中電灯の細い灯りの、暗いうち古びた部屋のなかで目が合うと薄気味悪い。

 アマネは床に散らばっている写真や書類に一通り目を通している。私は像から目を離すことができず、像に近付くとそこそこの大きさがあるようだ。材質は陶器だろうか?白く滑らかで、燃えている部分は黄色い。


「ああ、『黄燐天使(おうりんてんし)像』か。」

「は?」

「その像の名前。灯りを消してみろ。」


 懐中電灯を像から離すと、その意味が良くわかった。

 燃えた有翼人像の一部、具体的には身体中から沸き上がる炎の部分が青緑色に光輝いていた。


「あまり近寄らない方が良さそうだな。名前の通りならその部分は黄燐……猛毒だ。今の今まで部屋においてあるなら黄燐では無いだろうが、やばげな物ではありそうだ。」


 それだけ言って何枚かの紙の束をまとめてリュックに詰め込み、アマネはさっさと部屋から行ってしまった。


「待てよ」

「次は受付だな。マスターキーを探そう。それがあればここの扉の鍵は全部開く。」


 尚もアマネの足は止まらない。それどころかスピードもアップしている。いくらアマネはビビりではなくとも普段は初見の場所では警戒を怠らない。しかし警戒すらしないで真っ直ぐ目的地まで移動している。これは次に行くべき場所を知っている動きだ。


「さっきから、ずっと思ってたんだがな?アマネはここに来たことがあるのか?随分手慣れているというか、ハイペースというか……」


 アマネはその場で動きを止めた。猫背で俯きがちなのでやはり表情は読めない。何事かをぶつぶつと呟いてから答えた。


「知りたいか?なら、丁度いいかもな。」


 少し先には受付のカウンターがあった。

 カウンターの中には鍵箱と、本棚が幾つか置いてある。

 本棚にはファイルがずらりと並んでいた。

 ファイルの背表紙は日付が書かれているものと、花の名前……おそらく先ほどみた部屋の名前が書かれていているものの二種類がある。

 アマネはカウンターを飛び越え、カウンターの下にあった鍵入れに手を伸ばす。


「マスターキーは誰かが持ち出した後か。チッ野次馬が。使ったら元に戻せよ。」


 鍵を幾つか拝借して、そして背後のファイルを掴む。

 日付からみて最新版の赤いファイル。事件があった7年前の8月のファイルだ。

 アマネはファイルをこちらに見せる。ファイリングされていたのは、その時の患者のカルテや何らかの記録だった。

『向日葵 (一 沙夜)』『睡蓮(仁賀保 正義)』『紫陽花(三住 智哉)』『桜(富横 真実)』と続き、『白菊』のページで手が止まった。


『白菊 (天根(あまね) 千裕(ちひろ))』


『鬱病。先月は自傷行動多し。患者の動向には注意しておくこと。また、教会の教えに対して否定的のため特に教会崇拝派とは関わらせないようにすること。8/5 入院三ヶ月経過。精神安定剤に耐性が出始めた模様。……8/11〈天使〉による浄化を受け焼死。』


 ページを捲る。頭には何も入ってこない。途中からページは白紙が続いていたが、最後のページは焦げ跡が残っている。随分乱れた字で、急いで書いたのだろう。


『天使はここにいます。天使は■■■■■ごめんなさいゆるしてだれかたすけてもや■■■■■■』


「なんだこれ」


 思わず口に出ていた。アマネは幽霊で天使が存在して教会崇拝?精神病院にあるまじき事象のごった煮だ。

 噂の通りなら心中の怨霊はアマネになるが、アマネはそもそも(少なくとも三年近くは)バーに通って他の心霊スポットやパワースポットの探索をしているので違う気がする。


「俺はここに入院していた。そして死んだ。ここはな、〈清凰教会せいおうきょうかい〉の信者による信者のための洗脳活動の場だったんだよ。」


 なにせ精神的に弱ってるやつらが集まるところだからな。信者も増やしやすかっただろうさ。だが俺は否定的だったから見せしめに殺されたらしい。数少ない他の否定派も、19日に皆殺しさ。それが原因でカルト認定されて、こうして廃棄されてるんだから因果応報か?


 アマネは淡々と喋り続けた。無感動に、自嘲しているようでもある。このときのアマネの顔は怨霊というには綺麗すぎた。きっと彼が何を思って話しているのか理解してしまったら、そのときは私は発狂してしまうのだろう。既に彼は死んでいるのだから。死者の考えなど理解してしまってはいけない。彼はもう正しく人間では無いのだから。


 アマネは一通り話すと微笑んだ。


「どうした、まるでお化けにでも会ったような顔をして。怖がる必要はないぞ。俺は別にあんたを祟ったりする悪霊めいた力はない。」


 行くか、とファイルを元に戻して受付から歩き出す。


「雪緒は、全部最初から知っていたのか?お前が幽霊だってことも、ここでお前が死んだことも。」

「知ってるさ、アイツは。全く大した斡旋業者だ。死んだ本人に殺害に使われた道具を取りに行かせるなんてな。」


 雪緒は表に出てはいけない道具を回収するために回収する人材を派遣する斡旋業者のようなことをしている。そのバックはわからない。

 そんな話をしながら廊下を進む。

 受付、診察室を通りすぎた先にはトイレとエレベーター、階段がある。電気は通っていないから必然的に階段を登って二階へ進む。アマネの先導で辿り着いたのは『放送室』だった。


「信者たちが洗脳行為をするのは大抵昼過ぎで、音楽を流してカウンセリングするのが常だった。日々のお勤め……信者のルーティンは日に三度の礼拝、週に一度教祖のありがたいお言葉を聞き、月に一度沐浴抒溷を行う。その時にも同じ音楽が使われた。ここにきっとその音源がある。」


 厚さ5センチはある鉄の扉を開ける。中は音楽室のような内装で、薄汚いピンクの絨毯はシミや虫食いでぼろぼろだ。ブラウン管テレビに三脚のついたカメラ、扇風機、ヒーター、他には小さな棚に様々な本やカセット、CDが収まっている。

 奥にもう1つガラス窓で中が見える部屋があり、そこにマイクやAV機器などの放送機器が鎮座していた。

 密閉空間らしく、扉を閉めたら空気が締め切られて息苦しく感じた。


「『天使の歌』……これだな。」


 アマネは奥の部屋に入り、AV機器の上にあったCDケースを手にとった。タイトルは『天使の歌』。しかし中は空だった。


「まだ、この中にあるのか。」


 機器の中に取り残されたCDを取り出そうとした瞬間、突如耳を劈くような耳鳴りがした。マイクの音割れした時のような高い音のノイズがその場に鳴り響いた。思わず、耳に手を当てる。


 懐中電灯が床に転がる。マイクの電源、緑色のランプがついていた。

 ノイズはだんだんと小さくなり、ピアノと合唱の歌と、語りかける声が聞こえ出す。ハスキーな女の声だ。


『天使はいつか、宗主さまの命により地上を浄化するためにやってくる。自身の体から溢れる聖なる炎で、人類を罰する時が来る。それを防ぐためには、神として、手厚く奉らなければならない。平将門公や菅原道真のように、祟り神でも崇めれば守り神として守って貰える。』


『黄燐の炎は、罪を罰する。神を信仰しないものは神敵だ。だからおまえは燃やされたんだ。』


『なぜ我々がこんなめにあわなければならない?どうしてどうして?なんでおまえはそこにいるの?敵のくせに。』


 女が、男が、老人が、少女が、代わる代わるスピーカーを通して語りかけてくる。目を閉じてその場に踞った。嫌だ、聞きたくない。綺麗なピアノの音が響いた。合唱は盛り上がり、比例して恨み節も大きくなる。


『お前なんて、お前なんて』


「もやされてしね」


 最後は、耳に直接息がかかるほど近くから()()()()()()()


 ガラスの割れるような音が、奥から聞こえた。

 驚いて目を開けると、アマネがAV機器ごとマイクを破壊した音だった。

 重量のあるであろう機器を持ち上げて、尚もマイクやスイッチのついた機械を執拗に攻撃している。機器は半分ほどに破壊され、中のCDが滑り落ちてくる。もう声や音はしない。

 アマネは機器を投げ捨て、CDを回収した。


「雑魚が、逆恨みしやがって」


 リュックにCDを入れて、アマネに手を引かれて部屋を出た。


「大丈夫か?目的のものは回収した。すぐにここを離れよう。」


 アマネの手は冷たい。ドライアイスを触ったことを思い出す。低温やけどの時のようなひりつく冷たさだ。彼は燃やされて死んだというのに。生きている温度ではない。この場で生きているのは私だけだ。

 足元がふらつく。スピーカーから声がする。ああ、やばいな。


「これは、神罰だよ。歌を邪魔した罰が来るよ。」


 天使が来るよ。


 受付まで戻ってきたとき、出入り口の前であのとき部屋でみた、『黄燐天使』が立っていた。黄みがかった白い肌の天使。2メートルはある。


 全身から青い炎を噴いた有翼人が此方を捕捉したと分かったとき、アマネの手を振りほどいた。天使が此方をみた。ヤバい。ヤバい。このままでは私も()()()()()


「アマネ、まずいぞ!既に来てる!」


 もと来た道を走り抜ける。黄燐天使は悠々と此方に向かって浮遊している。速さが足りないのではない。あれは遊んでいる動きだ。二階に戻り、三階の階段を駆けあがる。

 青い炎が視界の端に入る。帰り道は燃やされたようだ。あの天使を振り切って逃げることはできない。そのまま屋上に駆け込んだ。鍵は開いていた。

 屋上にはフェンスはなく、ちょっとした段差を飛び越えてしまえば海に落ちる。ここは断崖絶壁の上だ。

 下から煽られる風に逃げ場が無いことを悟り、端から離れる。

 アマネは一歩後ろをついてきていた。


 足元は焦げ跡がついている。広い範囲で燃えた跡だ。


「ああ、忘れたままの方が良かったかもな。」


 焦げ跡の中心にはアマネがいる。アマネはその場に座り込んだ。


「俺はここで死んだんだ。」


 扉が熱で変形して崩れていく。お迎えがついに来た。

 逃げ口を塞ぐように出入り口は燃やされた。あと残っているのは、海しかない。ここから飛び降りるしか。


「なあ、アマネ。私も死んだら、アマネみたいになるかな」


 天使はゆっくり近付いてくる。噎せかえる熱気が体を包む。服の裾に炎が引火した。熱い。体に炎が燃え移る。だんだんと強烈な痛みに熱さは変化していく。その場に倒れる。全身に燃え広がるんじゃないか。呼吸が出来ない。吸っても吐いても火だ。火が口から肺に入っていく。体の中まで燃えていく。熱い。痛い。痛い。水が欲しい。床を転げ回る。火を消さねば。


「いや、おまえはまだ死なせないさ」


 天使が私を抱き締めるようなポーズをして止まって、そして、何事もなかったかのように消えた。出口を塞ぐような炎も、私に燃え移った炎も何もかも、消えてなくなっていた。残ったのは水のしたたるコンクリートの床と、足元の焦げ跡だけだった。

 アマネを見ると、ペットボトルを持っていた。ペットボトルの中身をあの天使にかけたのだろう。


「気付いていたか?あれだけ勢い良く燃えていたのに煙は一切出ていなかったんだぜ。」


 焦げ跡をアマネは懐かしむように見る。


「俺たちが今まで見ていたものは、幻覚だ。まやかし。錯覚。」


 七年前にこの場でアマネは本当に燃やされた。一度経験しているからこそそうやって断じることができるのだろう。


「あくまで一時的なものだからな、またちょっかいかけられる前に今度こそ帰るぞ。」


 こうしてくらくらする体をどうにか動かし、そのまま病院から脱出した。フェンスを越えたあたりからどうにも記憶にない。が、起きたときバーにいたのでアマネがなんとか引っ張って帰ったのだと思う。もう二度と心霊スポットにはいかない。


 後日談。雪緒を通してCDは然るべき場所に返還されたという。


 噂の真相は、怨霊とはあの天使のことだろう。私たちのように入り口を塞がれて屋上まで逃げたはいいが、捕まって燃やされた。燃やされたから水を求めて海に自ら飛び込んだ。

 勿論その天使や炎は幻覚だから、普通に飛び降り自殺だ。

 三階の高さに崖の高さを合わせて飛び込むなら、着水の衝撃で全身砕けるほどの骨折か運が良くても溺死だ。


 あの診療所も、今度取り壊されるらしい。それで全てが終わるのであれば、喜ばしいことだ。


 アマネはあの日から姿を見ない。雪緒も何も言わなかった。

 私は、あの日から火を見るのが恐ろしくなった。今でも幻覚と知っていながらも、恐怖心は残されたままだ。雪緒の紹介でカウンセリングを受けながら今は療養中だ。カウンセリング代は気を使ったのか雪緒が肩代わりしてくれた。


 今でもたまに夢に見る。あの日のことを。そしてその前の事件のことも。

 夢の中、燃える炎の中に私は取り残されている。助けてくれる人はもういない。


 終


























 天使はいます。天使が来ます。天使はすべてを浄化します。天使はすべてを燃やします。天根千裕はかつて燃えました。

 信者は信じました。大勢は見えませんでした。あなたも燃えました。天使はここにいます。天使は集団妄想からうまれた偶像崇拝の末路。

































 ※


『次のニュースです。A市大鳥町にある〇〇診療所で、謎の火災が発生しました。これによる死傷者の数は……』


 地下にある小さな個人経営のバーで雪緒はラジオをつけた。

 アマネはそのニュースに耳を傾けていたが、やがて大きくため息を吐いた。


「懐かしい事件ね。また清凰教会の仕業かしら。」

「……それはどうかな。あのCDは回収したから、集団洗脳からの集団幻覚はそうそう起きないはずだ。」


「……ねえ、10番(アマネ)。本当に天使は存在したの?」


『……現場検証によると、火は黄燐の自然発火の可能性があり、警察は黄燐の出所を調査……』


「信仰は集団妄想と主張しているだけではだめだな。『妄想だからこの世にいない』とすると、『妄想でなければこの世に居る』ことにもなる。しくじったな。『本当に存在すると思っていればそれは実在する』。俺みたいに。」

「ええ、本当に。可哀想なことになったわ。」


『次のニュースです。』


 雪緒はラジオを消した。バーに静寂が戻る。そして雪緒以外誰もいなくなった。

登場人物

アマネ(天根千裕/10番)

第一被害者。自分が死んだときに使われた道具を回収しにきた幽霊。既に人間ではない。

語り手。探索者。まともに見えて実はやばかった。

雪緒

戦犯。土地勘あるからってアマネをけしかけたのが今回の敗因ではないでしょうか。回収した道具は全て元の持ち主に返却されました。


黄燐天使

→アマネがいなければ二度と出ることはなかった。

天使はいます。アマネはかつて燃えました。

集団幻覚?実在する?もし見つけたら教えてね


清凰教会

→黄燐天使をつくった教会。普通にカルトだし詐欺。月々の信仰具合を確かめるお布施とかもやべえ額。多々良崎診療所と癒着してた。アマネは親戚の信者によってここに入れられたが故に燃やされました。

七年前

8/11 アマネは天使に燃やされました

8/19 信者の暴走により患者の2割は死にました


天使はいます。天使が来ます。アマネは燃やされました。浄化の炎です。ありがたや。


CD:天使の歌

→製作者不明。男女混合合唱曲。ピアノ伴奏付き。

サブリミナルで特殊な音が入っている。その音を聞くと一種の洗脳状態になり幻覚を見ることがある。怖いね。


幽霊ちゃんの逆恨み歌謡

→診療所大虐殺の被害者によって祟られて死んじゃった信者ちゃん。燃やされたはずのアマネに逆ギレしてた。被害者は多分その辺にいる。アマネがいたので出てこなかっただけで。


部屋の名前

→諸説あり

「向日葵」:信仰

「紫陽花」:移り気

「睡蓮」:宗教

「白菊」:真実

「桜」:精神の美


やっぱ怖いのは人間っしょ!

→せやな


誤字脱字等ありましたら報告していただけると嬉しいです。


ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

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