90. 激突 2
「まずいな……」
横陣の後方、荷馬車の屋根の上に立つデームは静かに呟いた。平地であれば、荷馬車の屋根に登るだけでも充分戦場を見渡せる。特に今回のような、兵の数が少ない小さな規模の戦であれば尚更だ。
先程からデームは敵方の二人の動向に注視していた。無論、クラフとセイロムである。しかしどういう訳か、クラフが後ろへ引っ込んでしまった。バウカー兄弟をここで仕留めるには、二人に前線にいてもらわなければならないのだ。
「……ゼルさんに伝令を」
◇◇◇
「クラフが後方だぁ? 何があった?」
「さぁ……デームもそこまでは話してなかったぜ?」
(よりにもよって何で今回に限って……何だってんだ?)
デームからの伝令を聞いたゼルは、眉間にシワを寄せる。確かに、前方に見える敵陣にはセイロムしかいないようだ。しばし考え込むゼル。
「ちっ、しょうがねぇ。ホルツ! エバルド!」
ゼルは二人を呼び何やら相談する。
◇◇◇
セイロムはクラフの指示でゼル側と同じく横陣を敷いた。いくらジョーカー内で突出した力を持っている番号付きが相手とは言え、数ではこちらの方が多いのだ。真っ向勝負でねじ伏せる、エクスウェル陣営において力と発言権を得る為には、そのくらいの事は出来なければならない。
「いいかぁ! 番号付きだからってビビるこたぁねぇぜ! 相手は甘ちゃんゼルだ! 何にも怖いこたぁねぇ! ここであの小うるせぇクソ蠅どもを叩き落とすぞ!!」
「「「 ウォーーーー! 」」」
セイロムの激に団員達が応える。
◇◇◇
「――て訳だ。」
「どうすんだよ、マスター?」
「こうなっちまった以上、どうこう言ってもしょうがねぇ。確実に一人殺るって方向に切り替えようぜ。それでも向こうの士気は大きく削れるはずだ、後の事は後で考えようや」
「じゃあ、プラン変更ですか?」
「いや、エバルドはプラン通りだ。だがホルツは若干変更だな。なんせ的がいなくなっちまったからな、取り敢えず押しまくってくれ。そうすりゃ敵は右に流れっから、後は――」
◇◇◇
ピリピリと肌がひりつくような緊張感。ゼル側の突撃によりすでに戦端は開かれている。が、双方陣形を整え仕切り直しという状況の為、開戦前のような独特な空気が流れている。これから始まるのは殺し合い、生きるも死ぬも自分次第。空気が薄い、息が荒くなる。まばたきも忘れ、目が血走る。
「いくぞぉ! 突撃ぃぃぃ!!」
「「「 ウオォォォォォ!! 」」」
セイロムの号令。地響きのような雄叫びと共に一斉に騎馬が走り出す。さながら津波でも迫って来ているかのようなその光景は、本来ならそれだけで敵の士気を挫くには充分である。しかし相手は番号付き、精鋭揃いだ。やり過ぎて悪いという事はない。セイロムは指揮する部隊全てを突撃させた。一気に力押しするつもりだ。
「おうおう、随分思いきったじゃねぇか。でもこりゃあ、やっぱ俺がナメられてるって事なんだろうな……」
単純なセイロムの指揮を前に、ゼルは自虐的に呟いた。そして右手に持った剣を高く掲げる。すると整列している騎馬の隙間を縫うように、次々と弓兵が最前列へ現れる。横一列、騎馬と騎馬の間で弓に矢をつがえる弓兵達。
「構え! ……放てぇぇぇ!!」
ゼルは掲げた剣を前方へ倒す。ギリギリと充分に引き絞られた矢は、その合図と共にヒュンヒュンと音を鳴らしながら一斉に弓から飛び出して行く。斉射だ。
「矢だぁ! 当たんなよ!!」
部隊の中程を走るセイロムにも飛んでくる矢が確認出来た。すぐさま周囲に注意を促す。しかし、そこで気付いた。
(何だ、射角が低い……まずい!)
弓兵が構えていたのは短弓だ。小さい故に扱いやすく連射もしやすい。こういった混戦になりそうな戦場では重宝する。しかし、当然矢の到達距離や威力は長弓に比べて劣る。短弓ならばもう少し上に向けて射なければ、騎乗する団員達には当たらない。低い軌道の矢が多少混じっている程度であれば、射損じたのだと思うだろう。だが、ほとんどの矢が同じ軌道で飛んで来ているのだ、気付いたが遅かった。
ドッ、ドッ、ドスドスドス……
放たれた矢は次々と命中する。ただし騎乗している団員達にではない、馬だ。先頭を走る騎馬は馬を射抜かれ次々と前のめりに崩れて行く。
「うおっ!」
「がっ……!」
騎乗していた団員達は前方へ放り出され、地面へ叩きつけられる。スピードに乗った状態で、馬の背の高さから地面へ落ちるのだ、当然無傷では済まないだろう。運良く軽傷で済み、唸りながら上体を起こした団員が見たものは、休む事なく射かけられる矢の餌食になり崩れ去る騎馬と、自分と同じように前方へ放り出される仲間達。さらに、崩れた騎馬に脚を取られ矢が当たらずとも潰れて行く騎馬達だった。
「止まれ! 止まれぇぇ!!」
セイロムは馬の脚を緩めながら叫ぶ。後続の団員達も前方の異変に気付き皆スピードを落とす。さながら津波のような騎馬による全部隊突撃は、まるで防波堤にでも塞き止められるかのようにその侵食を止めた。崩れた騎馬達が作った防波堤だ。
目の前の惨状をしばし呆然と眺めるセイロム。そして沸き上がる怒り。
「野郎……汚ねぇ真似しやがって……! ゼルゥゥゥゥ!!」
セイロムの怒りの声はゼルの耳にも届いた。
「はっはっは、大層お怒りじゃねぇか。まぁ気持ちは分かるがよ、ただこっちはもう後がねぇ。とっくにケツに火が点いてんだ、今さらキレイだ汚ないだ、言ってる場合でもねぇんだよ」
戦闘において、故意に騎乗中の馬を攻撃する事は卑怯な行為とされている。元々ゼルは正々堂々ぶつかり合う戦を好む。奇襲や不意討ちといった、当たり前に行われている作戦でさえ難色を示すくらいだ。セイロムはゼルの事をよく知っている。こちらの全部隊突撃も、きっと真っ向から迎え撃つだろう、そう確信していた。そんなゼルがまさかこんな卑怯な手を打ってくるとは、頭をよぎりもしなかった。
いや、たかをくくっていたのだろう。所詮甘ちゃん、だと。
「進めぇ! 盾持てよ!」
セイロムはさらに進軍の指示を出す。が、さすがに突撃の指示は出さない。騎馬達は速歩くらいのスピードで、防波堤を迂回したり乗り越えたりしながらゆっくりと移動し、その後徐々に加速する。
「よし、んじゃこっちも行くぜぇ!」
「「「 オォーーーー!! 」」」
ゼルも全軍の進軍を指示。開戦から一方的に攻撃し続けている状況の為、士気は高い。ゼルは今回の作戦の為に槍を用意させていた。騎乗した状態では剣だと間合いが短い。騎馬でぶつかるにはやはり槍だ。各々手にした槍を構え次々と馬を走らせる。
「行けぇぇぇ!」
「押し潰せぇぇぇ!」
そして両軍、ついに全面衝突する。




