88. 親友
「相変わらずでけぇ屋敷だなぁ、おい」
「なぁマスター、ホントにこんな所に知り合いがいんのか?」
ゼルとホルツの目の前に広がるのは、頑丈そうな鉄門と鉄柵に囲われ綺麗に手入れが行き届いた広大な庭、そしてその奥に鎮座する大豪邸。ホルツはあんぐりと口を開けたままその屋敷を眺めている。すると、
キキキィ……
と、細かな装飾が施された大きな鉄門が開く。そしてその先に立つのは一人の男。胸に手を当て深々とお辞儀するこの男は屋敷の執事だ。
「ようこそおいで下さいました、ゼル様。さ、中へ」
(ゼル……様ぁ?)
何が何だか分からず呆気にとられるホルツ。そのまま屋敷の中、応接室に通される。繊細な作りのティーカップに注がれた、今まで嗅いだ事がない程ふくよかな香りの紅茶。旨い、のだろう。多分。だが味どころではない。普段からライエに「何とかしろ」と言われていた自分の格好、それがどんなに贔屓目に見てもこの豪華な応接室には不釣り合いであり、その為この上ない居心地の悪さを感じていた。
(……もうちっとまともな格好考えるか?)
「なぁにソワソワしてんだよ?」
キョロキョロと落ち着きのないホルツの様子に気付いたゼル。ニヤッ、と笑いながら話し掛ける。
「そりゃするだろ? こんな場所……」
「堂々としてりゃいいんだよ」
そう言ってゼルはクイッ、と紅茶を飲む。ここはジノン王国北端の街、メビウシール。そしてこの大豪邸はこの地を治める領主、プラウル・フィンテック辺境伯の屋敷だ。辺境、とは言うが、それはあくまでジノン王国の王都ブレザリーから見たら、という事に過ぎない。南北交易で発展し、かつ隣国とも接しており、経済的にも軍事的にも重要拠点であるこのメビウシールという街は、人も物も多く集まる大都市である。
そんな大都市の領主の豪邸に、大した説明もなく連れてこられたホルツ。彼はただ「馬を引き取りに行くからついてこい」としか聞いていなかったのだ。居心地の悪さを感じてしまうのも当然だろう。と、
バンッ!
勢いよく扉が開いたかと思うと、
「ゼル! 久しいな!」
と、大きな声。応接室に入ってきた、いかにも貴族、といった出で立ちの男は、ずんずんとゼルの下へ歩み寄る。するとゼルはスッ、と立ち上がり胸に手を当てお辞儀をする。
「これはプラウル辺境伯、お久しゅうございます。この度はお時間を作っていただき、誠にありがとうございます」
そんなゼルの様子を見て、ホルツも慌てて立ち上がり同じように頭を下げる。が、普段このような挨拶をした事がない為、どこかぎこちなく見えてしまうのはご愛嬌である。
「はぁ……止めろ、気色悪い」
プラウルがため息混じりに話すと、ゼルは頭を上げニィ、と笑う。
「はっはっは、元気そうじゃねぇか、プラウル!」
「お前もな。しばらく音沙汰がなかったから、エクスウェルに殺られたのかと思っていたぞ?」
「ハッ、そんなヘマはしねぇよ」
話ながら二人はガッチリと肩を抱き合う。ポカンとするホルツ。そんなホルツを気遣いプラウルは話し掛ける。
「こちらの髭の御仁は初めてお会いするな? ジノン王国ティモン領を治めている、プラウル・フィンテックと申す」
名乗ったプラウルはホルツに握手を求め右手を差し出す。ホルツは慌てて握手に応じる。
「あ、え~……ジョーカー三番隊、ホルツ……です」
「なんと!?」
突然のプラウルの大声にホルツはビクッ、とした。
「ホルツとは……もしや曲刀のホルツ殿か?」
「はぁ、まぁ……そんな風に呼ばれていたり、いなかったり……」
「どっちだよ」
ゼルが突っ込む。
「いや、まさか我が屋敷にロバール戦役の英雄殿をお迎え出来るとは。かの戦での獅子奮迅のご活躍、聞き及んでおりますぞ?」
「は、いや、そんな……大したあれでは……」
ホルツは困ったように頭をかく。
「ご謙遜されるな。貴殿のような猛者がおれば、我が領内も安泰と言うもの……いかがですかな? 報酬ははずみますゆえ……」
「おいおい、俺の目の前で口説いてんじゃねぇよ。コイツはジョーカーに必要な人間だ、他所にやる気はねぇよ」
「ふむ、それは残念。ホルツ殿、ゼルを見限った折りには是非、いつでも歓迎致しますぞ」
「は、ははは……」
と笑ってごまかすホルツ。
「あの、二人は一体どういう……?」
これ以上自分の話題は勘弁、といった感じでホルツは話題を変える。
「ああ、前にな、ここの前当主、つまりプラウルの父君からの依頼で山賊狩りした事があってなぁ、そん時に仲良くなったんだ。あの頃はコイツ、尖りまくっててなぁ、傭兵風情には負けん! つってコイツも衛兵率いて山賊狩りに参加したんだ。ところがそれを父君に内緒にしてたから大変だ、後でバレちまって父君ブチ切れてなぁ、後継者はお前しかいないんだぞ、自覚せんかぁ! ってよ。なぁ?」
「よせ、そんな昔の話……思い出したくもないわ。それよりゼルよ、子細聞いた。要望の品は外に用意してある、きっちりとな。しかしながら、金夜亭から使いが来た時には慌てたぞ。この短期間に駿馬百頭などと……」
「ああ、そりゃ済まなかったなぁ。でも出来ねぇ事は頼まねぇよ」
「ふん、どれ程苦労したと思っている? まぁいい、取り敢えず確認してくれ」
三人は屋敷の外に出る。庭の西側、厩舎にはびっしりと馬が並んでおり、厩舎に入りきらない馬は、厩舎の周りにいくつも作られた屋根だけの簡単な馬房に繋がれていた。そして屋敷の使用人達が総出で馬に鞍を置く作業をしている。
「はっはっは、こりゃあ壮観だなぁ」
満足げなゼルに対し少しだけイラッとしながら、かつ呆れ気味のプラウル。
「笑い事じゃないぞ、こいつらの世話で屋敷はてんやわんやだ。さっさと連れていけ」
「分かったよ。ホルツ、皆を連れてきてくれ」
「ああ。ではプラウル……さん、お借りします」
「ホルツ殿、存分に使ってくれ」
ホルツは馬に跨がると、街の中央広場で待機している仲間の下へ馬を走らせる。ホルツを見送ると、ゼルは堪えていた笑いが溢れ出した。
「はっはっは、しかしアイツ、本当こういうの苦手だなぁ!」
「お前、知ってて連れてきたんだろ? 意地の悪い奴だ」
「今後偉いさんと絡む機会も増えそうだからな、馴れてもらわねぇとよ」
「ほう、ではホルツ殿は昇進か?」
「ああ、そのつもりだ」
「まぁ、そうだろうな。なんせロバール戦役の英雄だ。だが、それもお前次第だろう? そして、俺がジョーカーに出資する条件もだ。忘れてはおるまい?」
「当然だ。ガッポリふんだくってやるぜぇ?」
「ふん、だったらさっさとエクスウェルを倒して上に座れ。全てはそれからだ」
「分かってるよ」
「そして我がメビウシールに支部を置け。北のボーツ支部まではかなり距離がある。この辺りに中継地点があっても良かろう? 特別に税諸々は免除してやる」
「ハッ、その代わりこの街を守れ、ってんだろ?」
「そうだ、ギブアンドテイク、良好な関係性を築くには大切な事だ」
「支部を置く、ってのはやぶさかじゃねぇが、敵対しちゃあ意味がねえ。ジノン王はどう考えてる? まだアルマドを欲しがってんのか?」
ジノン王国はかつてアルマドを支配する為、幾度となく派兵している。
「いや、現王は先王とは違い外征を考えていない。戦に依らず国を富ます政策に舵を切った。メビウシールが僅か数年でこれだけの発展を遂げたのもそのおかげだ。すでにアルマドに執着してはおらんよ」
「そりゃあ何よりだ。戦は金が掛かるからなぁ、負けでもしたら金をドブに捨てるようなもんだ。とにかく、今後も仲良く出来そうでよかったぜぇ」
◇◇◇
しばらくするとホルツが慌てて戻って来た。
「マスター! 斥候が戻って来たぜ! バウカー兄弟が動いた、予想通り西だ、数は三百!」
「三百ぅ!? ずいぶんと多いじゃねぇか、何があった?」
「分からねぇ。けど、始まりの家は実質放棄したようだぜ」
「う~ん……」
(何だ? 始まりの家を棄ててもいいくらい、西の方が大事……て事か?)
この時点ではまだ、バウカー兄弟が南支部が敵方にまわったと勘違いしている事に、誰も気付いていない。故にゼルは、部隊の大半を西へ向けたバウカー兄弟の意図を掴めない。しかしすぐに、それはどうでもいい事だと切り替えた。何故なら状況は確実にエイナが立てた策通りに進んでいるからだ。
作戦の概要は、エクスウェル側のラテールが立てたであろう策に乗る振りをし、ゼルが大半の部隊を率いて北へ移動、バウカー兄弟が安心したその隙に奇襲部隊が西支部を破壊、バウカー兄弟が後詰めとして西へ向かったら、ゼルの部隊は反転しバウカー兄弟を追い掛け攻撃、あわよくば奇襲部隊と挟撃する、というものだ。バウカー兄弟はまんまとその策通りに釣り出された。そしてゼルはバウカー兄弟を追いかける為、昔馴染みのプラウルに馬を用意するよう頼んだのだ。ここまでは見事なまでに策がはまっているのである。
「ま、いっか。エイナの策通り進んでるし、その程度の戦力差はどうって事ねぇ。皆は?」
「ここに向かってる。徒だから、少し掛かるだろうな」
「おし、んじゃホルツ、南門で待機してる騎馬と馬車隊に西門へ移動するよう伝えてきてくれ。西門から出発すんぞ。こっからはスピード勝負だ、バカ兄弟が西にたどり着く前に、連中の汚ぇケツに噛みつかなきゃなんねぇからな」
「了解だ、行ってくる」
ホルツは再び馬を走らせ、プラウルの屋敷を飛び出して行く。
「ゼル、馬はそのまま使っていいぞ」
「おう、んじゃ後で請求書届けてくれ。俺達が始まりの家を奪還した後でな」
「必要ない、くれてやる。た……先行投資だ」
手向けだ、と言い掛けて、プラウルは言葉を変えた。状況が芳しくないと言うのは、金夜亭の使いから聞いていた。少しでも力になりたかったが、照れ臭かったのだ。
「はっはっは、そりゃ助かるねぇ、ありがとうよ。持つべきは金持ちの友人、いや、親友だなぁ?」
「止めろ、気色悪い……」




