85. 暗闇のアウスレイ
「マスター」
「んん? どした、ホルツ?」
ホルツは馬をゼルの横に進める。
「……大丈夫か、あいつら? ちょっと数が少な過ぎたんじゃねぇか?」
「問題ねぇよ。これは奇襲だ、数が多けりゃその分察知されやすくなる。ブロスを付けたし、ライエもあれで腕がいい。カディールは……まぁいいや。どういう訳かエイナも一緒について行ったが……大丈夫だ。きっと上手くいく。と言うか、上手くいかなきゃ俺達に先はねぇ。だろ?」
ゼルはニィ、と笑う。
「ああ……うん、そうだな」
ゼル率いる三番、四番隊の混成部隊は北へ向かっていた。その数百四十名。三番隊、四番隊の総勢百七十名の大半を割いたこの部隊は、言わば囮である。始まりの家の残党は予想通り北へ向かった、とエクスウェル側に思わせる為の工作であった。本命の西支部奇襲部隊、三十名はすでに西へ向かって移動している。
「連中、今頃はリジン支部の南辺りだな。そろそろ進路を南西に変えて、アウスレイまでは……二日ってところか。しかしエイナもよく考えたもんだぜ。囮兼、時間稼ぎの為のこの部隊の足をわざと送らせる為、馬を少なく配備するとはな。北へ向かう残党達は馬を集められなかった。そういう事にしときゃあ、行軍速度が遅くても不自然じゃねぇ」
エイナはゼルの部隊百四十名に対して、馬を四十頭しか用意しなかった。物資を運ぶ荷馬車六台を除いても、大半の隊員は徒、歩かなければならない。その為馬を走らせる事が出来ず、必然的に行軍速度は遅くなる。エクスウェル側がこちらに注目している間に、全員に馬を配備した奇襲部隊に西支部を破壊させてしまおう、という機動作戦だ。
奇襲部隊は西支部の団員達に見つからないよう、やや南よりの進路で西へ向かい、中央から見て手前にあるリジン支部を通過、そこから南西にあるアウスレイ支部を目指す。
「始まりの家に入った西の連中、どっかで見てんだろうな」
ホルツは何気なく、を装い周りを見回す。
「そりゃそうだろうぜぇ。俺達が北に行かねぇと、向こうの策も破綻する。せいぜい上手く騙してやろうや。ま、俺としちゃあスパイがいない事を祈るのみだ。もちろん誰も疑いたくはねぇが……この期に及んで情報だだ漏れ、ってのは楽しくねぇなぁ」
「……ああ」
ゼルの言葉にホルツは言葉少なに答える。なぜならリガロのスパイ疑惑は宙に浮いたままだからだ。
マスターはどう思う?
行軍中何度も喉まで出かかった言葉だが、その度ぐっ、と飲み込んだ。聞くのが怖かったからだ。
◇◇◇
「そろそろだ! 国境越えるぞ!」
夕刻、先頭を走るブロスは後ろを向き叫ぶ。夕日に照らされキラキラと輝く平原をひた走り、前方にいくつもの岩山が見えてきた。あの岩山に差し掛かる辺りが国境線らしい。国境を越えマウル共和国に入るとすぐにアウスレイの街が見える。
「ブロス! 岩山の辺りで作戦開始時間まで待機出来そうな場所見つけてちょうだい!」
エイナが叫ぶと「分かった!」と、ブロスは馬の速度を上げさらに先行する。
◇◇◇
ブロスは四方を岩山に囲まれ、身を隠すのにちょうどいい場所を見つけた。しかも小さな池もあった為、馬にとっても都合が良かった。簡単な夕食を用意し、食べ終わる頃にはすっかりと日も落ち、周囲は暗闇が支配する。さすがにこの時間になると一般人の支部への出入りがなくなる。いらぬ巻き添えを出さない為には、夜間に奇襲を仕掛けるしかないのだ。食後、皆で小さな焚き火を囲み作戦の最終確認が行われた。
「――という流れよ。いい、コウ? 最優先は中央棟から右側の建物、宿舎よ。そしてさらにその右側にある厩舎。ただし、馬は全て殺さないこと。伝令を出させる必要があるから。そして重要なのは攻撃後、どれだけスムーズに撤退出来るか、という所。作戦が完了したら今決めた通り六組に別れ撤退、合流地点を目指す。追っ手が出たら速やかに排除、もしくは完全に撒いてちょうだい。それとブロス、分かっていると思うけれど、コウと同時にあなたの役目も重要よ。そして危険も……」
「分かってる、問題ねぇよ」
エイナの話に被せるように、ブロスは面倒くさそうに答える。
「……そ。じゃあ出発……あ、カディール!」
「む、何だ?」
「……魔は出すな」
エイナはカディールを睨みながら低くドスの効いた声で釘を刺す。
「……善処しよう」
カディールは目を合わせず答えた。
◇◇◇
「やれやれだな、よくもこんな場所に支部を置いたもんだ。どっからでも襲撃どうぞ、って感じだな」
「でも、見張りはしやすいよね。何もないからすぐに異変が分かるし」
アウスレイ支部を一望できる小高い丘の上。俺とブロス、ライエ他総勢十名は丘の上で寝そべり支部の様子を伺っていた。
始まりの家を少し小さくしたくらいの規模で、敷地内には複数の建物。暗闇の中、浮かんでいるように見える灯りの元には、この支部の団員達がいるのだろう。
ブロスとライエの会話の通り、アウスレイの街の外れにあるこの支部、周りには何もない。視界を遮るもの、身を隠せるもの、障害物は何もない。つまり何かに隠れながら近付くことは出来ないのだ。月が出ていない、というのが唯一の救いだろう。
「ま、あれこれ考えなくてもいいから、楽っちゃあ楽だ。この状況じゃどっから近付いてもすぐバレっからな、様子を見てタイミングを計る必要がねぇ。こっちの動きたい時に動きゃいい。て訳だ、クソ魔。てめぇの号令で全てが始まる。準備が出来たら言え」
「ああ……なぁ、あれ……ホントに魔力シールド張ってあんの? よく分かんないんだけど?」
支部全体にシールドが張ってあるらしいのだが、目を細めたり、逆に見開いたり色々試すがどうにも……ぼんやりと見えるような、見えないような……
「うん、張ってあるよ。上手く認識出来ないのは、魔道具のオートシールドだからだよ。魔道具のシールドって、人の目には感知しづらいから。敷地の四隅にでっかい魔法石があって、敷地全てをすっぽりシールドでくるんでる。それで外からの魔法攻撃に備えてるんだよ。だから本来魔法使うなら敷地の中、シールドの内側に侵入しなきゃいけないんだけど……本当に外から攻撃出来るの?」
「ああ、多分大丈夫。て言うか、シールド張ってある方が都合がいい。まぁ、ダメなら中に入るよ」
そう、魔力シールドがある方が都合がいい。なぜなら、自分でシールドを張る手間が省けるからだ。今回はエリノスで使った広域攻撃魔法ではなく、別の魔法を試すつもりだ。だからシールドがあった方がいいんだが、そもそもあのデカい建物をすっぽり包めるくらいのシールドなんて、今の俺の力じゃ張れないしな。
「……なぁライエ。お前普通にここにいるけどよ、向こうのチームじゃなかったか?」
「替わってもらった。だって気になるでしょ、コウの魔法。あのドクトルの弟子だよ? 魔導師だったら誰だって気になるよ」
「ふ~ん、そんなもんか? まぁ、いいけどよ。んで、まだかよ、クソ魔ぁ?」
「……よし、行く」
俺は立ち上がり丘を駆け降りる。
「あ! てめぇ勝手に……声掛けろよ! 行くぞ!」
皆も後に続き次々と丘を駆け降りる。




