80. 誤算
「二部隊、右から回れ、城門の警戒を怠るな」
エラグニウス城エントランス。一番隊と六番隊が中心となりエラグニウス城の攻略が進められている。一番隊はすでに城の奥へ突入、時折奥から怒号が聞こえてくる。城の守備部隊と戦っているのだろう。六番隊は周辺の守備を固めていた。
「マスター!」
「どうした?」
「一番隊が見つけたようです」
「分かった。じゃあすぐに皆をまとめて……」
「いたいた、アイロウ!」
背後から自身を呼ぶ声。振り返るとエクスウェルがラテールと十人程の部下を引き連れ城の中へ入ってきた。
「どうだ?」
「ちょうど良かったですよ、一番隊が見つけたようです。我々六番隊もこれから向かう所でした」
「そうか。で、どこにいたんだ?」
アイロウは報告に来た部下を見る。部下は慌てて話し出す。
「あ、はい、謁見の間です」
「謁見の間ねぇ」
エクスウェルはニヤリと笑う。
「わざわざ玉座でお待ちいただいてる訳か。あまりお待たせするのも悪いな、行こうぜ」
一同はアイロウの部下の案内の元、エラグ王がいるという謁見の間へ向かう。
「入る、道を開けろ」
謁見の間へと続く廊下は一番隊により封鎖されていた。アイロウの呼び掛けに隊員達はすっ、と道を譲る。通り際にエクスウェルは隊員に問い掛ける。
「ブレングは奥か?」
「はい、エラグ王と対峙してます」
「そうか」
「やれやれ、お主では話にならんな。早くエクスウェルを呼ぶがよい」
「だからすぐに来ると言っている! 諦めて武装を解け!」
「ははは、お主のような小者に捕らえられたとあっては、末代までの恥だな」
「何を……貴様!!」
「ハハハハハッ、盛り上がってるな」
怒鳴り声が響く謁見の間にエクスウェル達が入る。奥の玉座にはエラグ王が頬杖をつきながら座っている。そして王を守るように四十人程のエラグの騎士達が玉座の周りを固めている。
対して一番隊とプルーム支部の団員達は、それらを更に取り囲むように展開し対峙している。
「団長!」
「おうブレング、ご苦労だ。さて、大変お待たせ致しましたな、陛下」
エクスウェルはぐいぐいと謁見の間を進み、エラグ王を守る騎士達の手前で立ち止まる。
「待ちくたびれたわ。随分と時間が掛かったな」
「いえいえ、事が事だけに慎重に行動しておりましたので。では早速ですが陛下、その玉座を明け渡していただきたい」
エクスウェルのその言葉に騎士達は怒りをあらわに剣を向ける。
「貴様! 無礼にも程がある!!」
「我が王を侮辱し生きて帰れると思うな!」
「王よ、ご命令を! この不届き者に容赦は要りませぬ!」
「玉座とは……」
エラグ王は静かに語り出す。騎士達は皆口を閉じる。
「玉座とは即ち権威の象徴である。しかし玉座に座ることで権威を身に付けられる訳ではない。権威を振るうに値するだけの力、知略、人望、思い、それら様々な物を持っている者が座ることで、玉座はその意味を得るのだ。故にわしは、より力のある者が国を統べるべきと考える。わしより適任の者がおれば、玉座を明け渡すこともやぶさかではないのだ。
しかしながらエクスウェルよ、いかんせんそなたが座るには器が足りんな、軽すぎる。まぁこやつは言わずもがな、であるが……」
エラグ王はすっ、と左手を挙げる。すると玉座の奥の扉が開き、次々と武装した兵が謁見の間に入ってくる。兵は途切れることなく増え続け、見る間にエクスウェル達は取り囲まれ形勢は見事に逆転した。
「……なぜ軍が……?」
ラテールは呟く。そう、軍は動けないはず。そしてゆっくりと現れたのはエラグ軍を統べる将軍クライールと、縛り上げられたトークスを連れた二人の男。その男達を見るなりジョーカーの団員達はざわめき出す。
「久しぶりだな、エクスウェル」
「アーバン……俺の誘いを断っておいて首を突っ込むのかよ?」
アーバン・テール。南にあるジョーカー三支部の一つ、レコース支部の支部長。南の三支部は横の繋がりが強く、アーバンは三支部のリーダー的な存在となっている。
「それよりも、だ。俺が気になってしょうがないのは、アーバンよりもお前の方だ。お前には軍施設の監視を命じていたはずだ。なのになぜここにいる? いや、どうしてそちら側に立っている! 答えろ! ビー・レイ!!」
エクスウェルは怒りに身を震わせながら怒鳴る。彼がここまで感情を剥き出しにする事はあまりない。そんなエクスウェルの様子を見たビー・レイは、ニヤリと笑いながらトークスを乱暴に跪かせる。更にアーバンはからかうように笑いながら、エクスウェルを挑発する。
「おいおい、久々に会ったってのに何をそんなに怒っている? お前がゼルに仕掛けたのと同じ事をしたまでだ。それとも何か、自分はやっていいがやられるのは嫌だ、って? そんなワガママ言う子だったか、お前は?」
「……てめぇ!!」
ドスの効いた声でそう怒鳴ったエクスウェルは、二、三歩前へ進み出る。するとエラグ兵と騎士は一斉に剣を前に突き出す。さすがのエクスウェルもそれ以上踏み込む事は出来なかった。
「やれやれ……」
ラテールは呆れたように話し出す。
「どうりで裏切り者が見つからなかった訳だ、裏切り者を探せと命じられていた者が裏切っていたのだからな。いつからだ?」
ラテールはビー・レイを睨み付けながら問う。
「いつからだと思う?」
ビー・レイはニヤつきながら聞き返す。
「これだけの事をしたのだ、元の鞘には収まらんぞ?」
「何だ? 誰がよりを戻したいと言った? まぁ、フラれて強がるのは分からなくはないが。未練があるんだったら頼んでみればいい。戻ってきてくれってよ、んん?」
二人のやり取りにエラグ王が割って入る。
「済まぬが、痴話喧嘩なら他所でやってくれぬか?」
エラグ王のこの言葉に、兵達からクスクスと笑い声が聞こえてくる。
「ああ、陛下。これは失礼致しました」
アーバンは笑いながら右手を胸に当て、一歩後ろに下がる。ビー・レイも相変わらずニヤニヤ笑っている。エクスウェルは奥歯をギリギリと噛み締めながらその様子を見ている。
「さてトークスよ。お主はエクスウェル以上に玉座には相応しくない。王位が欲しいのであれば傭兵なぞに頼らず、せめて自身の手で全てを行うべきであった。さすればほんの僅かながらであったとしても、お主の正当性は担保されたかも知れん。しかし外の者を引き入れたことで、お主は単なる逆賊へと成り下がり、挙げ句は自身も裏切られる羽目になったのだ」
トークスはエラグ王を見上げながらう~う~言っている。
「申し開きがあるのなら聞こう」
エラグ王の合図で兵はトークスの口を塞いでいる布を外す。
「ぶはっ! お、王よ、違うのです! そもそも私はこのような事は……そう、そうです! 仕方なく! 弱味を握られ仕方なく……」
エラグ王は左手を挙げる。兵は再びトークスの口を布で塞ぐ。
「王よ! どうか……もががが……」
「やれやれ。この期に及んで何を話すかと思えば……もう少し気の利いた事は言えんものか……」
話ながらエラグ王は左手をすっ、と横に振る。すると二人の兵がそれぞれトークスの両脇をガッチリと掴み、傍らに立つ兵は手にしている剣を振りかぶりトークスの首をはねた。
ドスン
床に転がるトークスの首を、エクスウェルは無言で見つめている。
「さてエクスウェルよ。此度の一件、国を騒がせたお主を憎らしく思う反面、実は感謝している部分もあるのだ」
エラグ王は再び合図を送る。すると奥の扉から、今度は拘束された一団が連れてこられた。彼らはエクスウェルが取り込んだ大臣や貴族達だった。
「そもそもお主の立てた計画、潰そうと思えばいつでも潰せたのだ。情報は随時、そこのアーバンからもたらされていたからな。計画が分かっていれば対処は容易である。兵達も眠っておらぬであろう? いつでも潰せるが、今回は敢えて乗ってやる事にした。身中の虫を炙り出すには良き余興だと思うてな」
エラグ王は雑な感じに左手でサッサッ、と払うようなジェスチャー。それを合図に一列に並び跪かされた大臣達は次々と首をはねられる。
「ふむ、これ以上この部屋が血で汚れるのは見るに耐えん。クライールよ、任せてよいか?」
「御意」
クライールは右手を胸に当てて答える。
「ではな、エクスウェルよ」
そう言い残すとエラグ王は謁見の間を後にする。
「ではエクスウェルよ、最後に何かあるか?」
クライールは腕を組み、仁王立ちしながらエクスウェルに問い掛ける。
「ハッ、最後かよ。そうだな……アーバン。お前、目的は何だ? この国に取り入って何するつもりだ?」
「人聞きの悪い……この国は俺の祖国だ。知らなかったか? 故郷をお前の好きにはさせねぇよ。それと、俺も参戦することにした」
「参戦?」
「お前にジョーカーを任せておけば、どんどんおかしな事になって行く。ゼルは論外、それこそ器じゃねぇ。だったら、俺がやるしかないだろ? お前とゼルが乳繰り合ってる間に、しっかりと準備を進めることが出来たぜ。お前の情報を探るためにビー・レイを口説いたら、クーデターなんていう頭の悪い計画が発覚した。お前はどれだけジョーカーの名を汚せば気が済むんだ? という訳で、お前らここで死んでくれ。二番と五番隊も呼んで一網打尽にしようと思ったんだが、逃げられちまってよ。まぁ、お前らだけでも……」
「……逃げたぁ?」
終始眉間にシワを寄せていたエクスウェルの顔に、更に怒りの色が浮かぶ。
「ああ。軍の動きに気付いたようでな、包囲網突破してとんずらしやがった。お前、いい配下持ってるなぁ?」
エクスウェルはアーバンから視線は外さずに斜め後ろに立つラテールに話し掛ける。
「……ラテール。ここからひっくり返す策は?」
ラテールは驚いた。ここからどうにかなど出来るはずがない。しかし答え方は気を付けなければ。自身に力がない、と思われないような言い回しを……
「残念ながら……二番、五番隊がいたなら或いは……ここで打てる一番の良策は撤退かと……」
エクスウェルは奥歯を噛み締めている。それは彼の頬がぐりぐりと膨らんでいることで分かる。やがてエクスウェルは静かに、そして明らかな屈辱に満ちた声色で呟く。
「アイロウ、ブレング、隊をまとめろ……撤退だ」




