76. 脱出
「よ~し、西の連中はふん縛って隅に寄せとけぇ。まだ戦闘中だ、急げよ!」
武器を奪われた西支部の団員達は次々と捕らえられる。
「ホルツ! 助かった……」
「あぁビーリー、生きてたかぁ? 遅くなって済まねぇなぁ」
ホルツはビーリーの肩をポンと叩く。すると横からか細い声が。
「ホルツ、ホルツぅ~……」
カディールの魔に散々追い回され、謝りながら逃げ回っていたエイナ。無事だったようだが目にはいっぱいの涙を浮かべている。
「無事だったか、エイナさん。よく頑張ったなぁ」
(普段はクールで容赦ない感じだが、可愛いとこあるじゃねぇか、エイナさん)
ほっこりとするホルツ。だが、
「カディールを殺して……」
急に真顔になり低い声で呟くエイナ。ホルツ、少し引く。
「お、おぅ……まぁ、後で……な」
(やっぱエイナさんだ……おっかねぇ……)
「遅かったではないか、ホルツよ」
振り返るとカディールが立っていた。この騒動に拍車をかけ混乱を引き起こした張本人。しかし悪びれる様子もなく涼しい顔で話すカディールに、ホルツは腹立たしさを感じた。
「あぁ……もっと早く来るべきだったと後悔して……」
「カディィィルゥゥ! あんたねぇ……!」
ホルツを押し退け、エイナは吠えるように怒鳴りながらカディールに詰め寄る。今にも首でも絞めそうなくらいの勢いだ。
「あ~、エイナさん! まずは脱出だ、それは後でじっくりやろうぜぇ? ビーリー、デーム、エイナさんを頼む!」
エイナは二人に抱えられ引き剥がされた。
「カディール! 覚えてなさい! カディィィルゥゥゥ……!!」
「……ふむ、凶暴な女だ」
エイナに掴み掛かられ乱れた襟を直しながら、カディールは呆れたように呟いた。それを聞いたホルツも呆れたように話す。
「カディールさんよぅ、あんたその内刺されるぜぇ? 何だってあんなことになってたんだよ?」
「貴様が来るまで適当に暴れると言っておいたであろう?」
「……適当過ぎるだろうよ。まぁいいや、さっさと始めようぜぇ?」
「うむ、そうだな。いつまでも連中を押さえられる訳でもない」
「よ~し皆、北門から脱出するぞ! 順番に移動を始めるからな! 番号付きは護衛だ! いいなぁ! おい、お前ら! 馬と馬車だ! あるだけ持ってこい!」
非戦闘員達の脱出が始まった。その様子を戦いながら見ていたセイロムは、慌てて部下に指示を出す。
「まずい、くそっ! おい! 捕虜だ、逃げられちまう!」
その指示を聞いた二十人ほどの西の団員が非戦闘員の元へ走る。当然、ホルツは警戒していた。
「懲りずにまた来たぞ、押さえろ!」
三番隊の隊員達は盾となり西の団員を迎え撃つ。
非戦闘員達が続々と移動する中、ビーリーはその辺に転がっていた剣を手に、周囲を警戒していた。それに気付いたホルツはビーリーに駆け寄る。
「何してるビーリー、ここは大丈夫だ、早く行け」
「そうしたいのは山々だがな、この脚じゃ馬は乗れねぇ。馬車は怪我人を優先だ。走って逃げようったってこの脚じゃあな、どうしたって遅れちまう。足手まといになるくらいなら、このまま残って戦うぜ」
右足の膝から下がないビーリー。義足を装着しているがさすがに走れはしない。
「ダメだ、絶対逃がしてやる。お前は本部棟の顔みたいなもんだろ、お前がいなきゃ始まりの家じゃねぇよ」
とは言ったものの、だ。馬や馬車の数は多くはない上、ビーリーの言うとおり優先順位というものがある。最悪おぶってでも連れ出そうか、ホルツがそう決意したその時、
ガラガラガラ……
「こっちにも怪我人を乗せてください」
デームが荷馬車に乗り現れた。コム商会のベトンが置いていった物だ。
「でかした! お前は本当に使える奴だなぁ、デーム。どっかの暴走マスターにも見習って欲しいもんだぜ」
「恐縮です」
「よし、ビーリー乗れ! 怪我人も乗せろ! エイナさんも! いいぞ、行ってくれ!」
「ホルツ! 後でなぁ!」
走り出す荷馬車の荷台からビーリーが叫ぶ。ホルツは軽く右手を挙げて応える。
「さて、皆行ったぜぇ、カディールさん。俺達もそろそろ……」
「ふむ、そうか。では撤退の合図を出せ。私は連中に置き土産でも用意してやろう」
そう言うとカディールは地面に両手をかざし、何やら再び魔を呼び出そうとする。ホルツはそれを慌てて制止する。
「待て待て、魔は要らねぇよ! 魔法で充分だ、あんた魔導師でもあるだろ?」
撤退の際にまた魔に襲われる、なんて冗談じゃない。
「む? そうか? まぁいい。では三番隊を下がらせろ、連中と距離を取るように指示するのだ」
「分かった。お~し、よく頑張ったなぁ、お前らぁ! もういいぜぇ、撤退だぁ! 退け~! 退け~!!」
交戦中だった三番隊はホルツの号令で一斉に撤退を始める。が、当然セイロムが素直に逃がす筈がない。
「くそが! いいように遊ばれて捕虜にも逃げられ……てめぇら! カディール、ホルツ! あの二人だけは逃がすな! 絶対ブッ殺せぇ!」
「ハハハハハッ、吠えるなセイロム。小者感が際立つぞ? そもそも私を前にして、好き勝手できるわけがなかろう?」
話し終わるのと同時にカディールは魔弾を連続射出。魔弾は次々と色々な物に着弾する。西の団員、地面、魔、本部棟の壁……そして着弾した魔弾はもれなく爆発、辺り一面轟音と爆炎に包まれた。
「さて、我らも行くぞ?」
満足そうな表情で走り出すカディール。眉間にシワを寄せ後を追うホルツ。
(すげぇな、エバルド……よくこんなのを操縦してんな……)
エバルドの苦労が身に染みて理解できた。
北門。苦労人エバルドは部下達とカディールを待っていた。
本部棟の非戦闘員や三番隊、他の四番隊の隊員達はおおよそ脱出させたが、どういう訳かカディールは現れない。まさか何かあったのか? いや、こんなことくらいでどうにかなるようなタマじゃない。いや、しかし……
そしてふっ、と脳裏に浮かぶ最悪の結末。
いや、あり得ない。マスターに限ってそんなこと……しかし、それが起きてしまうのが世の中というものだ。どこで命を落とすかなんて誰にも分からない。
さらにふっ、と脳裏に浮かぶ魅惑の未来。
マスターがいない未来、煩わしいお守りから解放された未来……まさにフリーダム……
エバルドは主の落命にわくわくしてしまっている自分に気付きハッ、とした。自己嫌悪に陥りながらも同時に気付いた。わくわくが少しだけ勝ってしまっていることに。
そんな悲しくも楽しい想像をしていると、前方に人影が。
(チッ、生きてやがった……)
いやいやいや! 違う違う!
(良かった、生きてた……)
こっちこっち!
「何をブツブツ言っておる?」
気付けばカディールはもう目の前にいた。
「ああー、良かったー、マスター、ご無事でしたかー」
「? ……うむ。皆は脱出したな?」
「あ、はい。脱出しました。ですが……マスター何やったんですか? エイナさん俺の顔を見るなり、カディール殺す! って叫んで行きましたけど?」
「ふむ、まぁ多少の行き違いが……」
「おいおい二人とも、のんびりダベってる場合じゃないぜぇ? さっさと行かねぇと……ほら、来やがった」
ホルツが指差す先には西の団員達が。追手だ。
「しょうがない。ここで暫し連中の相手をするか」
カディールは両手を前に出す。
「そうだなぁ……皆を逃がすために時間稼ぐかぁ!」
ホルツは曲刀を抜く。
「はぁ……」
ため息と共にエバルドも剣を構える。ため息の理由は言わずもがな……
「ホルツ!!」
と、突然の聞き慣れた声。北門に現れたのはリガロとその部下十数名だ。
「リガロ! どこ行ってたんだぁ?」
「ああ、戦いながら敷地の中を転々と移動していた。で、ちょうどお前達の姿が見えたんでな」
「そうか、ともあれ無事でよかったぜぇ」
「後は引き受ける、行ってくれ」
そう言うとリガロは部下達を北門前に展開させる。
「おいおい、お前……」
「お前らはセイロムとやり合って本部棟の連中を無事脱出させた。立派な武功じゃねぇか、ちょっとは俺にも良い格好させろよ?」
「でもよぅ……」
躊躇するホルツにカディールが声を掛ける。
「……ふむ。ホルツよ、リガロの覚悟を無駄にするな。甘えさせてもらおうではないか。良いのだな、リガロ?」
「くどいぜ、カディールさん。早く行きな」
「……ではな。行くぞエバルド、ホルツも来い」
カディールとエバルド達四番隊の北門制圧部隊は移動を始めた。暫し逡巡していたホルツだが、意を決してリガロに背を向ける。
「リガロ、後でなぁ」
振り返ることなくそう言うと、ホルツは走り出した。




