70. 召魔師
「何だ、知らねぇか? 東側に魔はいねぇのか? まぁいいぜぇ、説明してやる」
ゼルはグラスをテーブルに置いて話し出す。
「この世には魔って呼ばれる存在がいる。が、大抵姿は見えねぇ。それどころか実体がねぇ。その辺をウロウロさ迷ってるらしいんだがなぁ、正直見えねぇから分からねぇ。普通に生活してりゃ絡むことなんてそうそうないんだが、何かの拍子に生きてる者に取り憑くことがあるらしい。魔が差す、って言うだろ? あれは魔が取り憑いて悪さしてるんだ、なんて言うヤツもいるぜぇ。
んで、その魔を呼び出し、実体を与え使役しよう、ってのが召魔師だ。倒した後、死体が消えたろ? 与えられた実体を失ったからだ。
ここからずっと南、内海を渡り密林を抜け、砂漠を越えた辺りに〈召魔の里〉って呼ばれる小国がある。召魔師ってのは全員その国の出身だ。エクスウェルもな」
「召魔師、初めて聞いた……」
「召魔師は数自体少ねぇ。こんな北の方まで来るヤツもそんないねぇだろうし、さすがのドクトルもお前に教える必要がねぇと思ったんだろ? でもジョーカーにはエクスウェル以外にも何人かいるぜぇ、カディールもそうだ。アイツは魔導師兼、召魔師だ」
「四番隊のマスターの人だっけ?」
「そうだ。アイツは純粋な召魔師としての腕はエクスウェルより上なんだが、残念な野郎でな、いかんせんそれを活かしきれてない。宿舎に設けた研究所にこもって一日中召魔実験してたりよ、研究熱心で向上心もあるんだが……」
「いつだったか、エライ目にあったよな、マスター? 今思い出しても腹が立つぜぇ……」
ブロスは腕と足を組み、椅子の背にもたれながら顔をしかめる。
「ん? そりゃあ、どの話だ?」
「ほら、何かすげぇでけぇヤツ呼んでよ、そいつが言うこと聞かなくて、全員で討伐したろ?」
「ああ、あれかぁ。カディールのヘマ話なんていっぱいあるからよ、どれのことか考えちまったぜぇ。確かにありゃ、酷かったな……」
……そんないっぱいヘマしてんの?
「あん時は敵の数が多くてなぁ、どうすっか? って言ってたらカディールの野郎、とっておきのを呼んでやる、つって城壁ぐらいありそうなバカでかい魔を呼び出してよ。蹂躙せよ、なんてカッコつけて指示出したものの、全然言うこと聞かなくてこっちに向かって暴れ始めた。で、結局全員でそのでけぇ魔を倒したんだ。敵倒しながら魔も倒すってどんだけ難易度高ぇミッションだよ」
ああ、ホルツが話してたな、四番隊のマスター、変人とか、バカとか……
「……ホルツにも聞いた覚えがあるんだけど、そんな人にマスター任せていいの?」
「ホルツは言ってなかったかぁ? アイツはすげぇ強ぇんだよ。だから降ろせねぇんだ」
「ああ、言ってたわ、そんなこと……」
「さっき話したけどなぁ、アイツは召魔師としてはエクスウェルよりも上だ。召魔師の優劣の付け方はなぁ、どれだけ強ぇ魔を呼べるか、ってことだそうだ。エクスウェルが呼び出す魔はどれも大したことがねぇ。ただ、数を呼べる。十や二十って単位じゃねぇぞ、百単位だ。だから部隊の穴埋めとして運用できる。
対してカディールは数を呼べねぇ。せいぜい五、六体がいいとこだ。だが、すげぇヤツを呼び出せる。聞いた話じゃ魔人や魔獣っていった類いの、えげつねぇのも呼べるらしいぜ?」
「何それ? そんなのいるの?」
「魔は実体がないって話したろ? 連中は身体が欲しいんだそうだ。だから召魔師の呼び掛けに応じて現れる。召魔師がかりそめとは言え身体をくれるからだ。だが、中には自力で身体を手に入れるヤツがいる。生きてる者に取り憑き、その身体を完全に乗っ取るヤツ、長い時間かけて自分で身体を創り出せる力を持ったヤツ。実体を持った魔、人形は魔人、動物の姿は魔獣って呼ぶんだ。
どんな方法であれ、実体を手に入れた魔は強力だ。普段人と交わることなんてねぇんだが稀に姿を表してな、ハンディル連中が討伐に行ったりしてるが、結構な犠牲が出てるらしいぜ? そんなのを呼び出せるってことは、召魔師としては上等だってことだな」
「ふ~ん……」
そういう話を聞くと、自分は異世界にいるんだ、と改めて認識する。最近この世界に馴れてきたのか、レイシィと出会った頃のある種の違和感というものがなくなってきている。何と言うか、この世界で産まれて育ったような、馴染んできている、と言うか……
「あ~、だったらさ、召魔師がもっと増えれば戦も楽になるんじゃないの? 自分で戦わなくていい訳だし、ある意味安全なんじゃない?」
「そうだなぁ、そうなりゃ確かに楽なんだが、そう上手くもいかねぇんだ。まず召魔の里は、広く世の中に召魔師を浸透させようとは考えてねぇ。なぜなら希少価値を高めるためだ。連中、召魔師を育成して外へ送り出し金を稼いでるんだが、召魔師の力を理解してる国や組織は当然欲しがるだろ? でも数が少ないってなると、どうしたって単価が高くなる。需要は多く、供給は少なく、物の価値を高く維持する簡単な理屈だ。
同時に召魔師の育成方法ってのは、国家機密並みに厳重に管理されてるらしい。他の国で召魔師が育たないようにな」
「国家機密って……いくらでも漏れそうだけど? 外に出た召魔師が喋ったらすぐに広まるでしょ?」
「そう思うだろぉ? ところが広まらねぇ。召魔師は喋らねぇんだ、故郷のことは勿論、どうやって召魔師の力を手に入れたか、ってこともな。カディールにしてもエクスウェルにしても、不自然なくらい喋らねぇ。召魔師としての価値を守るためか、故郷に義理立てしてるのか、それとも他の理由があるのか……」
「その辺にしようぜ」
ブロスはグイッとグラスを空ける。
「夜も更けた、明日も早ぇだろ? 召魔師に興味があるならカディールに直接聞けばいい。ま、何も教えちゃくれねぇだろうがな。それに、戦闘になりゃ嫌でも理解する。召魔師ってのはとんでもねぇ、ってな。同時にカディールのことも理解できるだろう。この人もある意味とんでもねぇってよ」
「はっはっは、上手いこと言うじゃねぇか、ブロス。確かにアイツはとんでもねぇ」
「何でもいいけどよ、掻き回すことだけはしないで欲しいよな。ちゃんと命令を聞ける魔を呼んで欲しいもんだぜ」
◇◇◇
翌日アルマドに入り、ジョーカー本部である始まりの家の様子を知ることになるのだが、その時になり初めて会談で話していたエクスウェルの言葉を真に理解することになる。
「お前の味方は本当に味方なのか?」




