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流浪の魔導師   作者: 麺見
2章 イゼロン騒乱編
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39. ちみっこの前職

「コウさん! それ、本気でやってらっしゃるんですか!」


「当たり前じゃないですか! 手なんか抜いてませんよ!」


「そんな程度出力じゃ、虫刺されだって治せませんよ!」


「……虫刺されって治癒魔法で治せるんですか?」


「ものの(たと)えですわ! まぁ、治せますけど……」


 治せるんだ……


「では、今日はこの辺にしておきましょう。また明日、しごいて差し上げますわ」


 エス・エリテ滞在三ヶ月、すっかりここの生活にも慣れた。


 午前中はエクシアの治癒魔法講座、ちょうど今終わったところだ。物腰の柔らかそうな見た目とは裏腹に、結構なスパルタでしごかれている。が、正直進捗(しんちょく)はさっぱりだ。そもそも適性がないものを覚えようとしているのだから、時間がかかって当たり前。だが、それにしたって、あまりのできなさっぷりに、若干へこみがちになる。それでもエクシアは毎日丁寧に教えてくれる。性格はちょっと……いや、結構アレだが、基本面倒見が良いのだろう。周りから頼られ、慕われているのも良く分かる。性格はアレだが……


 さて、昼だ。腹が減った。

 魔導師は皆ひょろひょろで食も細い、なんてイメージを持たれがちだが、とんでもない。魔法を使うと相当エネルギーを使う。だからすごく腹が減る。魔導師は大食いが多いのだ。いや、魔導師だけではない。魔法を使う者は皆、大食いだ。もちろん、治癒師も。


 食堂。


 神殿より後ろ側、エリテマ真教徒の居住区、その真ん中にある建物には様々な施設が入っている。図書館、道場、浴場、礼拝堂等々、そして食堂だ。バイキング形式で好きな物を好きなだけ食べられる。しかも無料(タダ)。なんと素晴らしい。しかし、エス・エリテに住む千人からの教徒の生活を支えるには、並々ならぬ努力が必要だろう。広い農場では様々な作物を育て、家畜も多数飼育し自給自足に備え、観光客への土産物の生産に、周辺の街では修道士を派遣し治療院の経営等々……各国の教会から上がってくる布施や寄付金だけでは難しいそうだ。


 食堂に入るとすでに大勢の人で溢れていた。早速列に並び、料理を取っていく。肉、豆料理、サラダ、パン……

 エリテマ真教は、戒律って何? って言うくらい自由だ。肉も魚もガンガン食べる。殺生(せっしょう)しまくりだ。酒も飲むし、結婚もできる。これらは全てエリテマ神のため、だそうだ。

 エリテマ神は人間が好きなのだ。なので時折、様子を見に地上に降りてくるのだ。エリテマ神が好きな人間であるために、信者達はより人間らしく生きなければならない。何でも良く食べ、酒を楽しみ、人を助け、子を(はぐく)み、人生を謳歌(おうか)する。

 つまり、人間らしく生きるということが、エリテマ真教における唯一と言っていい教義(きょうぎ)なのだ。


 しかし、これはどうだろうか……


 料理を取り席に着くと、目の前ではデンバが山盛りの肉だけをひたすら食べている。野菜もパンもない。いくら自由とはいえ、これは身体に良くないぞ。


「コウ、それだけか?」


「うん? 結構な量だと思うけど……」


「もっと食え、力が出ない」


「デンバは野菜食べなきゃダメだよ?」


「草は、いらない」


 草って……



 ◇◇◇



 食後、エス・エリテの外れ、イゼロン山の頂上へと向かう山道の近く。雨の日以外は毎日ここに来る。護身術の鍛練だ。なぜこんな場所で? とは思うが、これは指導教官であるメチルの指示だ。居住区には道場もあるのだが、人がいると落ち着かない、との理由でこの場所での修行となった。

 落ち着かない、なんてデリケートな性格をしているとは到底思えないが……


「遅いっすよ! コウさん!」


 ……何でもういるんだ?


「教官様を待たせるとはいい度胸っす。足腰どころか、腕も頭も上がらないくらいバッコバコにしてやるっすよ!」


「教官様、午後の礼拝は?」


「あ……後でやるっすよ」


「嘘!? まさか忘れたの? 毎日やってることなのに、忘れるかね?」


「夜に二回分やるから大丈夫っす」


「……礼拝にツケはきかんだろ」


「エリテマ神様は寛大なグレート神っす、この程度のミス、ニッコリ微笑えばお忘れになってくれるっす」


 エリテマ神チョロ過ぎだろ……


「とにかく始めるっす。じゃあコウさん、恒例のお触りタイムっす」


「あ~、はいはい」


 お触りタイム。何やらドキドキする名称だが、これはメチルが俺の身体を触りまくり、護身術を教えるに足る身体になっているのか、確認する作業だ。

 エス・エリテに来た当初、俺の身体は(なま)りまくっていた。なんせレイシィと出会ってから二年、魔法の修行しかしておらず、身体はほとんど動かしていなかった。なのでこの三ヶ月は基礎体力向上のため、山頂への道をひたすら登り降り、そこらの岩を押したり持ち上げたり、亀◯人の修行か、と思うようなメニューをこなしていた。正直、すげ~しんどい……

 メチルは俺の身体をさわさわ、にぎにぎしながら、「お?」、「ほうほう」、(など)と呟いている。

 

「うん、そろそろいいっすね、じゃあ今日から本格的に始めるっすよ?」


 お、やっと合格が出た。これでもう走り回らなくて済むのか……


「甘いっすよ、コウさん。これからが地獄の始まりっす」


 こいつ、エスパーか!? しかも神に仕える修道女(シスター)が地獄って……


「さて、コウさん、護身術って何なんすかね?」


「え? 身を……守る術?」


「じゃあ、身を守れたって、どういう状況っすか?」


「え? 危険が去った?」


「危険が去ったって、具体的にどういうことっすか?」


「え? 何が言いたいの?」


「要は、逃げるか、仕留めるか、ってことっす」


「ほう……」


「逃げるんであれば、戦う必要はないっすね。例えば……あ、ちょっと離れるっす」


 そう言ってメチルは懐から小さな小袋を取り出し、地面に投げつけた。地面に叩きつけられた小袋は、パシッと音を立て破れて、中から何か粉が舞い上がる。


「何これ……ん? 何か、目がしぱしぱ……あ! 痛っ!」


「あ、すまないっす、そっち風下っすね。まぁ、直撃してないんで大丈夫っすよ」


 直撃しないでこれか! 涙が止まらん!


「これ、目潰しか?」


「そうっす。目、鼻、口によろしくない原料を調合してるっす。逃げるなら、こんなのぶつけて相手を行動不能にすればいいっす。これで済むなら楽っすね。まぁ、目潰しの作り方は後で教えるっす。問題は戦わなきゃいけない時っすね。魔法を使えない非力な魔導師が、相手を行動不能にしなきゃいけない訳っすから、一撃必殺が理想っす。何合も打ち合えば、ボロが出て負けるっす。そのためには、いかに相手をだまくらかして、自分に有利な状況を作り上げるか、ってのが重要っす」


「なるほど……」


 ようやく涙が収まってきた。


「と言う訳で、防御も必要っすけど、攻撃も積極的に教えていくっす。例えば……」


 と言ってメチルは足元に落ちていた木の枝を拾い、それを短剣に見立て右手に持ち構える。足を少し開き、斜め半身に、俺に向けられた枝先は上下左右にゆらゆら揺れている。だらんと垂らした左腕は、時折上に行ったり外に開いたりとあまり落ち着きがない。


「こう構えて……こうっす」


 とメチルが言うや否や、次の瞬間にはメチルは目の前にいて、木の枝は俺のみぞおち辺りに当たっている。


「な……」


 言葉が出ない。何が起きたか分からない。メチルとは距離があった。それが一瞬でなくなった。いつ、どうやって間合いを詰められたのか、まるで……魔法だ。


「即死っすね。これが一撃必殺っす」


  と言いながら、メチルは木の枝を俺のみぞおちにツンツンと当てる。


「今、何をしたんだ?」


「じゃあ、やってみるっす。コウさんも木の枝を拾うっすよ」


 メチルに言われるがまま、適当な長さの木の枝を拾う。


「これでいいか? ……メチル?」


 ……いない。え? どこ行った?


「呼んだっすか?」


 背後から声がした。それと同時に、するりと俺の首筋に木の枝が当たる。


「!?」


「……即死っす」


 背筋が凍った。さっきとはまるで違う。蛇が得物を仕留めるため、気配を消してするすると忍び寄る、そんな感覚がした。この瞬間、俺は死んだ。そう納得させるには充分過ぎるほどの、不気味さと、敗北感と、絶望感に襲われた。一気に汗が噴き出る。これ……殺気ってやつか……?


隠術(いんじゅつ)って言うっす。暗殺術の一種っすね。相手の意識の埒外(らちがい)から忍び寄り、一気に命を狩り取るっす」


「暗殺……術?」


「そうっす。あたし、前職は暗殺者(アサシン)っすから」


暗殺者(アサシン)!? 暗殺者(アサシン)って、あの暗殺者(アサシン)?」


「そうっす、暗殺者(アサシン)っす。あの暗殺者(アサシン)っす」


 それはまた、随分とアンダーグラウンドな……


「さっきの、どうなってんの? 俺に枝拾わせて、移動した訳でしょ? 足音とか、全然しなかったけど……いや、その前のやつも、何あれ? どうやって間合い詰めた? 気付いたら目の前に……」


 話の途中で、ふとメチルの異変に気付く。メチルは俺が話すのを不思議そうに眺めていたのだ。


「……どした?」


「いや……聞かないんすか?」


「え? なに?」


「いや、暗殺者(アサシン)すよ? こんなプリティガールが、暗殺者(アサシン)だったんすよ? 何で? とか、どうして? とか、ないんすか?」


「……まぁ、なんか訳があるんだろな、とは思うけど、あんまり人に話したいような内容じゃなさそうだし、過去がどうであれ、メチルはメチルでしょ? あ、話したいんなら付き合うけど?」


「いや、いいっす……」


「ああ、そう」


 しかし、隠術(いんじゅつ)か。あんな技があるとは……なんだろ、暗殺者(アサシン)に伝わる一子相伝(いっしそうでん)の技とか?


「……フフ」


 !? 今……


「ん? なんすか?」


「今、笑ったでしょ? 珍しい……」


 そう言うとメチルは呆れたように話し出す。


「コウさんはあたしのこと、何だと思ってんすか? ピチピチのシックスティーンすよ? 些細なことでも爆笑キメるお年頃っすよ? 笑いまくりっすよ?」


 笑いまくりではないだろ。


「まぁ、いいっす。コウさん、隠術(いんじゅつ)教えるっすよ。短剣術覚えるより、よっぽど使えるっす」


「! あれ、教えてくれんの!」


「……すげー食い付きっすね」


 隠術(いんじゅつ)、いいじゃない。

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